古城(こじょう)家 3

「相ちゃーん! あー君! 早く早くー!」


「スイコちゃん! 転ばないでー!」


「あー君止まって! 靴紐が解けてるわよー!」


 多くの子供達で賑わうテーマパークにやってきた三人。

相は、素顔がテレビで報道されている為、深い帽子とサングラスは欠かせない。

 それでも、モデルの相は、素顔を隠しつつもお洒落な服を身に纏っている。

服だけ見るだけで、その人がどんな職に就いているのか分かる程。


 一方の藍はというと、相と正反対な服装。

シンプルな無地シャツにジーパン。

 履きなれたスニーカーの紐は、まるで糸こんにゃくのように緩々。

新しい靴を買いに行くのが面倒で、破れない限り使い続けているだけなのだが。 


「あー君、その靴、まだあったの?」


「え・・・だってまだ使えるから・・・」


 呆れる相と、何故呆れられているのか分からない様子の藍。

二人のファッションに関する価値観は、全く真逆である。

 常に流行についていく為、靴でも服でもすぐに買い替える相。

一方の藍は、破けるまで・壊れるまで使う主義。


 その異様なチグハグぶりは、人混みに紛れても目立つ。

ある意味、『贅沢をする嫁と、節約を強要されている旦那』にも見える。


「ねぇねぇ、私もお母さんみたいに、帽子とサングラス、つけたほうがよかった?」


「スイコちゃんには必要ない。」「スイコちゃんには必要ない。」


 揃えて言う二人に、スイコは笑った。

まさかスイコを見ただけで、二人を特定できるわけがない。

 まだ二人はスイコに関しての情報を、ちょっとしかメディアに話していない。

しかし、ちょっとの情報で特番が組める事に、二人はメディアの凄さを感じた。 


 相はメディアに顔を晒しているから仕方ないものの、藍の場合はメディアにあまり

 顔を晒さない。

だから、帽子やサングラスはつけなくても、外で声をかけられる事はあまりない。


「それにしても、良い天気に恵まれてよかったわねー!

 スイコちゃんって、もしかして晴れ女?」


「天気が悪かったら『水族館』に行こうとしたけどね。

 俺は水族館の方が好きだけど。」


「でもせっかく天気が良いんだから、外で遊ぶのも大切じゃない。

 ねぇ、スイコちゃん。」


「そうそう。あー君、いつも部屋の中から出てこないんだもん!

 お日様を浴びないと不健康になる・・・って、学校の先生も言ってるよ。」


「あー君にとっては、ぽかぽかな陽気でも灼熱地獄に感じちゃうんだから。

 あー君もスイコちゃんを見習って、時には外ではしゃいでもいいのに。」


「俺そんな貧弱じゃないぞ!」


 ___とは言うもの、テーマパークに入場してすぐ、人々の熱意に負けて、ちょっ

 と息が荒くなっている藍。

一方の相はというと、学生時代はテーマパークで何度も撮影している為、見て回るのにも慣れている。


 二人はとにかくスイコに引っ張られながら、一緒にアトラクションを楽しむ。


 相ジェットコースターで、顔が真っ青になる藍。

 顔出しパネルで変顔を披露する相。

 着ぐるみを露骨に嫌がるスイコ。


 二人の休みが重なるのが久しぶりだった為、相も藍も、時間を忘れて楽しんだ。

スイコの体にある『力のタンク』には底が見えず、スイコは終始はしゃぎっぱなし。

 一通りのアトラクションを全制覇しても、まだまだ余力はいっぱいあるスイコ。


 これには、まだ若い二人でも、歳の差を感じていた。

十歳ほど年齢が違うだけで、体力にも気力にも大きな差が出る。


 相は子供の時からモデルとして活動していた為、藍よりもその差を痛感している。子供の頃からインドアな藍は、シンプルに『自分の体力の無さ』を痛感している。




 そして、一通りのアトラクションを、三人が十分に堪能した頃には、もう太陽が赤

 く染まっていた。

三人以外の入場者も帰る支度を始め、まだ帰りたがらない子供が、門の前で駄々を捏ねている。

 

 でもスイコは、駄々をこねる必要がないくらい、たくさん楽しんだ。

全部のアトラクションを楽しめた、美味しい物も食べられた。

 もう十分すぎるくらい。


 大人の相と藍も、歳を忘れて楽しんでいた為、身体中が痛い。

はしゃいでいる間は感じていなかった疲労感が、閉園時間が近づくと共に、じわじわと体を染める。

 

 腰に手を添えながら苦い顔をする藍と、アトラクションで叫びすぎて喉が痛い相。


「あぁー、明日撮影あるから、今日は早めに寝ようね、スイコちゃん。」


「そうだな、スイコも明日から学校だから。」


「あー君はいいなー。家で仕事ができるんだから。」




 チャン チャチャ チャンチャラチャンチャン チャチャチャチャチャン

チャン チャチャ チャンチャラチャンチャン チャチャチャチャチャン


「あ、私のスマホ。」


 スイコは、一旦テーマパークの門から離れ、トイレへ向かう。

その理由は、門から流れている軽快な音楽。

 その音をスマホがキャッチしてしまうかもしれない。


 相が鳴っているスマホを手に取り、画面を見た直後にその場を離れる・・・という

 一連の流れを見た藍は、彼女の電話の相手を悟った。

そしてスイコを引き連れて、先にテーマパークから出ていく。


 相手は、彼女の所属しているモデル会社か、モデル業の関係者。

家族か友人だったら、そこまで慌てない。

 大事な電話だから、軽快な音楽で邪魔されたくなかったのだ。


「相ちゃんね、大事な仕事の電話があるみたいだから、俺と此処で待ってようねー」


「うん。

 _____ふわぁーあああぁぁぁ。」


「あははっ、眠いんだ。ほら、俺の背中に捕まって。」


 大きなあくびをするスイコを、藍が背負い、相が門から出てくるのを待つ。

その間、すれ違う子供たちも、クタクタな様子。

 大人の場合、アトラクションで疲れたのではなく、子供の世話でクタクタ。

駐車場に停まっている車も徐々に少なくなり、テーマパークがどんどん寂しくなる。


 来園者やスタッフのいなくなったパーク内は、恐ろしさすら感じる。

昼間はカラフルに見えるパークのアトラクションも、暗くなると黒く塗りつぶされてしまう。

 

 観覧車が、夕陽の逆光で『単なる鉄の輪』にしか見えない。

昼間は軽やかな顔で駆け回るメリーゴーランドも、夜になると不気味になる。


 誰もいないテーマパーク内を見るのが初めてだった藍とスイコは、その不気味さが

 怖くて、門を背にしながら相を待つ。

他の客が颯爽と出ていくのに、自分たちだけ帰れない状況が、ますます不安を煽る。


 相はなかなか電話が終わらないのか、トイレから出てこない。

テーマパークのスタッフも、心配して女子トイレの前で待機している。

 

 藍の背中に捕まっているスイコは、なかなかトイレから出てこない相にヤキモキし

 ていた。

そんなスイコを、藍は揺さぶりながら宥めてあげる。


「相ちゃんまだー?」


「大人の電話っていうのは、すっごく長いものなんだよね。

 スイコちゃんも、大人になれば分かるよ。






 _____ねぇ、スイコちゃん。

 君に聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


「___何、あー君。」


「スイコちゃんはさ、本当に『相の親戚』なのか?」


「__________どうしてそんな事を聞くの?」


「いや、深い意味はないんだ。ただ、ちょっと気になっただけ。

 ___で、どうなんだ?」


「_______________






 もし言ったら、私は相ちゃんから愛されなくなっちゃう。」


「え??」


「だから言えない、いくらあー君でも、私は『相ちゃんとの約束』を優先する。」


 藍の思考が、一時的に止まってしまう。

今、自分の背中に背負っているのが、本当に『まだ幼い少女』なのか疑った。

 スイコの言葉は、とてつもなく重く、とてつもなく深い思考が込められている。

喋ったのは二言だけにも関わらず、その言葉だけで、藍は全てを悟ってしまう。


 相とスイコには、少なくとも何らかの関係性がある。

『親戚』と言う言葉では片付けられない。

 それは他者には決して立ち入ることのできない、秘密な関係。

だが、それは『愛情』なんて綺麗なものではない。


 深い深い闇に埋もれたスイコの言葉は、藍を身震いさせてしまうほど冷たい。

藍の頭では、もっと問い詰めるべきか、もう聞かない方がいいのか、そのどちらも選べない状態。


 ___いや、本心ではスイコを問い詰めたかった。

嫌われてでも良いから、真実を知りたかった。でもできなかった。


 聞いたら『自分の迷い』は解決するかもしれない。

だがその代わり、『大きな問題』を抱えてしまいそうで。

 それこそ、藍一人では抱えきれないような、重い闇を。

この生活に十分満足している事も、藍を混乱させる一因であった。




「いやぁー、ごめんごめん! 

 秋に開催される『地元のキャンペーン』に参加する話が中止になった話だけなら、

 まだこんなに長くならなかったんだけど・・・

 なんか会社が勝手に、中止になったキャンペーンとは別のキャンペーンの参加予定

 組んじゃって。


 確かにぽっかり予定が空いちゃうのも嫌だけど、勝手に決めないで欲しいよ。

 ___まぁ、美味しいもの食べて、感想言うだけだから良いんだけどさ。」


「た、大変だね・・・・・」


 藍は、悟られないように平静を装うとしたが、相が一方的に仕事の愚痴を言ってく

 れるおかげで、不審に思われずに済んだ。

彼女を警戒していたのは藍だけではない、スイコも、『母との約束』を守るため、両親二人を注視していた。


 結局、事の重大さを知らないのは、相一人だけ。

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