古城(こじょう)家 2
藍と相は、互いに同じ名前の読みである為、女性雑誌のCMで仕事を共にすると、
すぐさま世間に広まる。
業界もそれを狙って、藍と相を組ませて仕事をさせていた。
その影響もあり、すっかり二人は『ペア』 もしくは『カップル』としての認知度
が高まった。
別々で仕事をしていると、メディアから「今日は藍さん(相さん)と一緒ではないんですか?」と言われるのが当たり前に。
二人が同棲を始めたのは、そんな周囲の後押しがあったから。
互いにもう成人している為、二人に結婚を勧める声も多かった。
藍は1年ほど前から、相の家に同居。
そこからまた養女を取り入れることで、家はもっと賑やかに。
相の建てた家は、一人暮らしでは広すぎる為、部屋の心配をする必要はなかった。
「それにしても、相ってこんな大きい家に、ずっと一人で住んでたの?」
「当時は色々と舞い上がっちゃって、建築業者の言われるがままにしていたら・・・
でも、結果的にあー君とスイコちゃんが住める家になったんだから、まぁ結果オー
ライでしょ!」
相は、目を泳がせながら、グラスに入っていたワインを飲み干す。
藍は相の家に同居してからというもの、料理に精を出している。
彼にしてもれば、『野菜の切れる音』や、『お肉が焼ける音』にも、ちゃんと音程
がある。
キッチンは、藍にとって『演奏部屋』のようなもの。
最近は、キッチンにも『白紙の五線譜』を積んで、アイデアが浮かんだ時に備えて
いる。
だが、あまりにも不釣り合いな組み合わせに、スイコは遠くで首を傾げていた。
「スイコちゃん、音楽は好き?
お父さんね、音楽を作る仕事をしてるんだ。」
「うーん・・・・・『子守唄』とか?」
「好きなアニメの歌とかはないの?」
「スイコちゃんはアニメより、本が好きだから。ねーっ!」
「うん!」
少し際どい会話になった際には、相がすかさずサポートに入る。
スイコも藍に悟られないよう、母に合わせた。
相が話を切り替える技術は、もはや違和感すら抱けないほど。
「それにしても、『スイコちゃんの親戚』も酷いもんだ。
育児放棄した挙句、アパートに置き去りにするなんて・・・」
その『設定』は、相が『知り合いの社長夫人』から取ったもの。
名前の部分を『社長夫人』から『スイコの親戚』に変えただけでも、藍は納得する。
何故ならそんな事案が、当たり前になっている現代だから。
『育児放棄』 『虐待』
今のニュース番組で、この二つの単語を聞かない日なんてない程、深刻になってい
る問題。
もはや『子供を持たない家』でも他人事ではない。たった一本の電話で、救われる命だってある。
だが、運が悪ければ、大人の身勝手な都合で子供の命が潰えてしまう。
現代社会において、大人が生きるのも大変だが、子供が生きるのも大変な時代。
それは決して、一般家庭だけの問題ではない。
どんなにお金や地位があったとしても、子供を蔑ろにする大人は、そこら辺にいる。
まともな大人が、どんな対策をしても、『価値観の違い』によって、なかなか進ま
なかったり。
そんな時こそ、まともな大人が動かなければいけない。それこそ、『子供の命綱』
相や藍だけではなく、多くの著名人が、苦しむ子供たちを救おうと画策している。
相は女子高生向け雑誌で、女の子たちの悩みに耳を傾けたり、藍は音楽を通じて、子供たちの考えを世に広めている。
そんな二人だから、スイコとの初めての夕食でも、途切れる事なく会話を楽しめて
いる。
スイコもちゃんと相の言いつけを守りながらも、記念すべき晩餐を楽しんでいた。
料理を作ったのは藍だが、材料の提供は相。
仕事で地方を渡り歩いた経験のある相は、どの県のどの食材が旬なのか、無意識に把握している。
藍は話を聞きながら、スイコの行きたい場所、興味を持ちそうな所をメモする。
相も相で、スイコに次から次へとご馳走を薦めるその姿は、『里帰りしてきた子供を歓迎する親』
その日の晩餐は2時間も続き、テーブルの上のご馳走が全部無くなる頃には、もう三人のお腹はパンパンに膨れ上がっている。
スイコは、同時に襲いかかって来る満足感と眠気で、目が何度も白目になる。
「俺が洗い物やっておくから、相はスイコちゃんをお風呂に入れてあげな。」
「そうね、このままだと、テーブルに突っ伏して寝ちゃいそうね。」
眠気と戦うスイコを浴室まで案内すると、またスイコの目がぱっちりと開く。
何故なら、さっき家のなかを探索した際には見ていなかった『洗面台の中』には、多くの『美容グッズ』や『癒しグッズ』が詰め込まれていた。
それこそ、雑貨店に並んでいる物を全て買い占めた量。
モデルである相の使用するバスタイムグッズは、選び始めたら止まらないくらい多いのは当然。
洗面台の中に収納されているのは、シャンプーやリンスだけではなく、体をもみほ
ぐす小型のマッサージ機や、良い香りの入浴剤も収納されていた。
日本で販売されている物だけではなく、英語がプリントされてある入浴剤もいくつかある。
相が入浴剤を選んでいる間、スイコは彼女から貰った服を、丁寧に脱いでいく。
予め浴室に用意されているパジャマも、相ブランドの物。
子供が安心して眠れるように、余計な飾りは無し、質と軽さだけで勝負した逸品。
その上、汚れも落としやすく、パジャマを着たままの食事でも安心。
お風呂に入ると、スイコは再び目を疑った。
壁に貼り付けられているリモコンに、普通のお風呂では見られないような、幾つものスイッチがある。
それだけではない、壁には防水のテレビや、折りたたみ式のローテーブルも設置さ
れていた。
まず最初に、どれを触れていいべきか悩んでいるスイコに、相が指差したのは、『ジャグジーバス』のボタン。
「このボタン、押してみてごらん。」
「_____爆発しない?」
「はははっ! どうしてお風呂を爆発させるボタンがついてるのよ!」
相はケラケラ笑っていたが、スイコは至って真剣である。
大人でも、よく分からないボタンを押してしまうと混乱するのと、同じ感覚。
スイコが意を決して、恐る恐るボタンを押すと、お風呂からジェットが吹き出て、
びっくりしたスイコはバスタブから飛び出る。
それを見て、相は更に大爆笑。
「はははははははっ!」
「お、おおおおお尻が押されて・・・・・」
スイコにとっての『初めてのジャグジーバス体験』は、刺激が強すぎた。
色々な意味で。
その他にも色々とボタンはあるのだが、スイコは決して触ろうとしなかった。
ちょっといたずら心が出てしまった相が、またジャグジーのスイッチを押そうとす
ると、スイコは察知してバスタブから飛び出る。
そのやりとりがつい面白くて、その日は長風呂してしまったスイコと相。
「つ、疲れた・・・・・
お母さん酷いよー!」
「___あっ。お父さん、仕事始めたみたい。」
「えぇ?! うるさくしちゃった!」
スイコは慌てて、自分の口を両手で押さえるが、心配はいらない。
「大丈夫、お父さんの部屋は、音が入らないようになっているから。
だからお喋りしても大丈夫なの。
ほら、それより髪を乾かさないと・・・」
二人がお風呂から出てくる頃には、もう既に藍は自室に篭って仕事をしていた。
相はスイコと一緒に身支度を整えると、部屋にスイコを連れ込む。
そして、今日一日、きちんと演技ができた事を、褒めて褒めて褒めまくる。
「スイコちゃんなら、いずれ立派な『役者』になれるわ!
そうだ! 今度テレビの撮影があるから、スイコちゃんも一緒に行きましょう!
そこでプロデューサーの目に留まれば、スイコちゃんも『子役』になれるかも!」
「え?! 本当?!
じゃあ私、もっともっと愛されるようになるかな?」
「もちろんよ!」
二人の会話は、一般家庭からすれば、少し変わってはいるものの、ほんのりとした
優しい会話。
だが、二人の関係は、少しどころではなく、明らかに歪だった。
歪にしている一番の原因は、相である。
スイコは相の言葉を鵜呑みにして、愛される為に、藍との会話に気を使う。
その関係が、果たして純粋なものなのか。
それとも狂っているのか。相にも分からない。
でも、結果的に今日は大成功。『相の目的』も、無事達成できた。
彼女の目的、それは
藍を繋ぎ止める事
「相ちゃんは、どうやってあー君を好きになったの?」
「どうやって・・・か・・・・・
まぁ、スイコちゃんも大人になれば分かる気持ちだよ。」
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