古城(こじょう)家 1

『こんどからこのノートは、見つからないようにする。

 ランドセルのふたの中にいれておこう。


 つぎのお家も、お金もちみたい。

 つぎはどんな子になれば、『あい』がもらえるのかな?

 つぎのお家には『ライバル』がいないみたいだから、だいじょうぶ




 _____って、わたし、なんかいおもったんだっけ?』






「これから、スイコちゃん・・・って、呼んでいい?」


「うん! これからよろしくね!」


「あら、まぁ。礼儀正しい子!」


 ご機嫌で高級車を運転する一人の女性。

その細い腕と細い脚は、彼女の努力の形である。

 当然だ、彼女は今売れに売れているモデル。


古城 相(こじょう あい)


 高校生でモデルデビューした彼女は、その後着々とキャリアを残し、今では自分の

 ブランドを持つほどの有名人。

様々なテレビ番組にも出演しては、自らの美貌とセンスを売り出している。


 施設に足を踏み入れた当初、孤児の皆にもみくちゃにされる程の有名ぶり。

だが、そんな施設のなかで、『一人』だけ、彼女を知らなかった『女の子』がいた。

 相が施設の職員に、その女の子の事情を聞くと、すぐ納得した。


 女の子の名前は『スイコ』


 あの『デパート社長殺人事件』が起きた一家に引き取られていた子。

せっかくお金持ちの家に引き取られ、今までよりも豪勢で安心な暮らしが約束されていた筈。

 

 なのに、引き取り主が起こし事件のせいで、また孤児へと逆戻り。

相は、その子が不憫で仕方なかった。他人事とは思えなかった。


 何故なら、事件で亡くなってしまった社長とは、一回程度だが仕事で手を組んだ事

 があったから。

社長の経営するデパートで開催された『夏のビアガーデンパーティー』にも参加させてもらうつもりだったが、その日は生憎、別の仕事で参加できなかった。


(きっとそのパーティーに、あの子も参加していたのかもしれない。

 その時は、あんな悲劇が起きるなんて、想像もしなかっただろうな・・・)


 そう思うと、ますます不憫に思えてしまう。

子供にとって『最高の夏』になる筈が、『最悪の夏』になってしまったのだから。


 だから相は、数ある孤児のなかで、スイコを選んで引き取った。

事件の関係者ではないものの、社長の知人の一人として、『大人にできるせめてもの償い』をしたかったから。


「どう? その洋服、着心地良い?」


「なんか・・・不思議な感じがする。」


「あはははっ! まぁ、施設に居た頃はそんな豪勢な服は着られなかったからね。」


 スイコは、着せてもらった純白のワンピース。これも相のブランド作品。

だが、施設にいた頃はブランド物を買ってもらえるような贅沢はできなかった為、スイコは見慣れないフリルが気になっている様子。


 当然、相も施設へスイコを迎えに行くだけにも関わらず、服も化粧もバッチリ決め

 込んでいる。

赤信号で車が停止するたび、バックミラーで化粧や前髪を確認する相の指には、まるで宝石のようなネイルが施されている。


「さ、もうちょっとでお家だから、先にお家で待っている『お父さん』に、ちゃんと

 挨拶してね!」


「あれ? お父さん、会社は?」


「お父さんはね、家でもお仕事できるの。

 だから会社には、週に一回くらいしか行かないかな?」


「へぇー」


 相が車を止めたのは、大きな一軒家。

世界でも名前が通っているモデルなだけあり、家も豪勢。

 庭はないものの、駐車場には高級車が『2台』も置かれている。


 玄関に表札はないが、佇まいだけで、とんでもなくVIPな人が住んでいるのが予想

 できる。

門を開けるだけでも、カードキーと指紋認証設備があり、門だけでも相当お金がかかっている。


 門が開いた先には、3階建ての大きな家。ビルと間違われてもおかしくない。

彼女が済んでいる地域自体、お金持ちの一軒家が並んでいる。

 そのなかで相の家は、群を抜いて立派な佇まい。

普通、『3階建』の民家なんてない。




「__________ねぇ、スイコちゃん。

 玄関を開ける前に、『約束』してほしい事があるの。」


「え、何?」


 二人が車から降りて、玄関に向かう最中、相はスイコの方へ振り向くと、跪いて彼

 女の両肩を掴む。

その力は、スイコの顔が歪むくらい強い。


 だが、それよりも強かったのは、相の眼力。

突然真剣な面持ちになった相に、スイコは息を呑んだ。


「いい、よく聞いてね。

 お父さんには、私とスイコちゃんは、『親戚』っていう事にしているの。」


「_____?」


「つまり、『元から家族だった』っていう事。


 だからね、『施設に居た時の話』は、なるべくしないでほしいの。

 『幼い頃からずっと一緒に生活していた』という『設定』で、このお家で過ごして

 ほしい。


 そうねぇ・・・・・私のことは『お母さん』じゃなくて、『相ちゃん』って呼んで

 くれる?

 あ、今喋っているこの会話も、お父さんには話しちゃダメ。

 まぁ、あんまり深いことは考えず、私を『本当のお母さん』だと思ってほしい。」


「___もし、施設のことを喋っちゃったら、お母さんは私を、どうするの?」


「もう一度施設に返す。貴女が喋った、その時点で。」


 無感情な瞳と、力の入っている表情をスイコに見せる相。

まるで『般若のお面』にも見える相のその表情は、モデルとは思えない、険しい顔。

 彼女の表情に、スイコは思わず震えてしまう。


 その痛いくらい強い眼差しは、明らかに普通ではない。

___いや、彼女が提示した条件も、明らかに普通ではない。

 相の言葉にどんな意味があるのか、それはまだ現時点で、スイコには分からない。


 だが、スイコの返答は意外にも・・・


「__________じゃあ、お母さん・・・・・『相ちゃん』も約束して。

 私は相ちゃんとの約束を守るから、私をちゃんと愛してほしい。


 私、愛されたいの。」


 その交渉に、相の頭には、一瞬だけ『?』が浮かんだ。

しかし、すぐに笑顔になった相は、冷たいスイコの体を抱きしめてあげる。


「もちろんよ! 

 約束を守ってくれさえすれば、私とお父さんで、いっぱい貴女を愛してあげる!

 一緒にご飯を食べて!、一緒にお出かけもしようね!」


 相の提案に、スイコは首を大きく縦に振る。


「でも、約束を破ったら、すぐ施設に戻すからね。分かった?」


「うん! 分かったよ、相ちゃん!」


 相は、安心した表情でスイコの頭を撫でる。

そして『自分の小指』を、スイコに差し出す。

 スイコは相の小指に、自分の小指を絡め、『指切り』をした。


 スイコにとって、相手からどんな約束をされようとも関係ない。

何故なら、約束自体にそこまで興味はないから。 


 スイコが一番気にしているのは、『愛』

その有無で、スイコは首を縦に振るのか、横に振るのか・・・で分かれていた。


 相の出した条件は、スイコにとっては大したことではない。

『愛』があれば、どんな条件でも飲み込む。

 それがなかったら、すぐ施設に戻されても構わなかった。


「よしっ、じゃあ開けるねー!」


 相が玄関のドアを開けると、やはり目の前に広がるのは、リッチとセンスの塊のよ

 うな光景。

ピカピカな床に敷かれている絨毯(じゅうたん)は、市販では出回らないような、繊細な模様。

 

 玄関の脇にある靴箱は『クローゼット式』 

中には多種多様の靴が押し込まれている。

 棚の上には、造花の『四葉のクローバー』が飾られていた。


 壁に飾られている額縁のなかには、『日本人』だけではなく『外国人』もいた。

額縁のなかにいる相は、どれもこれも、豪華絢爛なドレスを見に纏っている。

 そして、ドレスを着ている相の手には、決まって『トロフィー』が握られていた。 


 相とスイコが、一緒に玄関で「ただいまー!」「ただいまー!」と言うと、奥のド

 アが開き、奥から『一人の若い男性』が姿を現す。

部屋の奥からは『美味しそうな匂い』が漂い、男性はエプロンを外しながら、スイコに歩み寄る。


 男性は、ちょっと気難しそうな顔をしているものの、まだ小さなスイコと目線を合

 わせるた為、膝を床につけて話す。

その口調や声色も、不思議と優しく感じる。


「おかえり。えーっと・・・スイコちゃん・・・でいいかな?」


「うん! 『お父さん』!」


「あははっ、もう俺『お父さん』になっちゃったかぁー、困ったなぁー」


 頭をかきながら照れ隠しをする男性は、『作曲家』であり、相の彼氏である


 歌潟 藍(うたかた あい)


 彼は今日の朝から、スイコを迎える為、ご馳走を作って待っていた。

子供が気に入りそうな『ハンバーグ』は、早朝から作って冷蔵庫で寝かせて、オムライスに使うチキンライスは、施設へ迎えにいく前の相と一緒に作ってある。


 この日の為に、二人はリビングの内装も変え、高価な置物や割れ物は全部別の場所

 へ押し込んだ。

二人は仕事がら、色々なものを色々な人から貰う為、今日から『飾りっぱなし』にはできない。


 それだけではなく、床も滑りにくいカーペットを敷いた。

リビング内でリラックスできるように、藍の作成した音楽をリビング全体で聴けるように、設置型の大きいスピーカーも設置。


「___ねぇ、スイコちゃん。」


「なにー?」


「スイコちゃんは、その隣にいるお姉さんの事、『いつも』何て呼んる?」


 スイコの耳は、とある単語を聞き逃さなかった。 『いつも』

相とスイコは、施設で知り合った、まだ浅い関係の筈。

 なのに藍は、「『いつも』何て呼んでいるの?」と聞いた。

つまり、相が玄関で話していた『約束』は、決して悪ふざけなんかではなかった。


 相はスイコの事を、『施設で育った孤児』ではなく、『親戚の不幸で孤独になって

 しまった子供』と説明したのだ。

スイコは藍の一言で全てを察し、違和感なく答える。


「『相ちゃん』だよー!」


「そっかー、じゃあ困ったなー

 俺も『藍(あい)』なんだ、だからスイコちゃん、呼びにくいでしょ?」


「だったら、『あー君』なんてどうかしら?」


 相が提案した呼び方に対し、藍は照れつつも、納得した様子。


「うーん・・・・・ま、いっか。

 じゃあ、改めてよろしくね、スイコちゃん。」


「うん! よろしくね、『あー君』!」


 二人のやりとりを見ていた相は、心のなかで心底安心していた。


 玄関で交わした口約束を、スイコはしっかり守って、藍と仲良く会話している。

子供であるスイコが、ちゃんと自分との約束を守ってくれるのか、家に入ってから、ドキドキが止まらなかった相。


 だが、スイコの『演技』を見て、ようやく安心できる。

相は履いていたブーツを脱いで並べ、スイコを洗面台へ連れて行く。

 一方、藍は今夜の『歓迎会』の準備をする為、また奥のキッチンに籠ってしまう。




 洗面台で手を洗うスイコを、相は異様なくらい褒める。

藍には聞こえないように、小さな声で。


「スイコちゃん、上手い上手い! さすがねー!」


「えへへっ! 私すごいんだよ!」


 手を洗い終えると、相はスイコに家を案内して回る。

彼女の職業がモデルという事もあって、リビングには『トレーニング機器』や『ヨガマット』がある。

 

 窓の外には小さな庭が見えるのだが、花などは植えられておらず、ただ草地と塀が

 あるだけ。

少し殺風景だが、緑があるだけマシ。


 そして、藍の仕事部屋は『防音』になっている。

どの部屋よりもドアが分厚く、壁に設置されている掛札の表には『仕事中』、裏は『入ってきてもOK』と書かれている。


 藍の仕事は、とにかく自分の世界に集中する事が大切。

その集中力が少しでも削がれただけで、やる気が失せて仕事に手がつかなくなる。

 だが、強引に作曲しても良い作品が作れるわけでもない。

藍は仕事部屋に入る際は、必ず相に報告して、スマホの電源も落とす。


 スイコも、ちょっと部屋を覗いただけで、相に止められる。

彼の世界にある物を少し動かしただけで、彼の調子は狂ってしまう。

 かなり古めかしい『本』も、『グシャグシャの楽譜』も、彼には必要なのだ。

だから、例えスイコであっても、この部屋には入れない。


 相の部屋には、写真に写っていた数々のトロフィーが、ガラスケースの中で保管さ

 れている。

幼い頃からモデルとして活躍していた為、獲得したトロフィーの数も数知れず。


 相はガラスケースの中からトロフィーを一本だけ取り出し、「持ってみる?」とス

 イコに手渡そうとしたが、スイコは拒否する。

落としたらとんでもない事になりそうな上に、トロフィー一つ一つが丁寧な作りをしている為、少し力を入れただけで壊れそうだったから。


 そして部屋の中にも飾られている額縁には、『家族』で様々な場所へ旅行に行った

 思い出が飾られている。

モデルである相の両親も、揃いも揃って美形揃い。


 家族で日本中あちこち旅行に行ったのか、壁に飾られている写真を見るだけで、日

 本国内の観光名所を網羅(もうら)できる。

写真に写っている、まだ幼さの残る相も、今と変わらず綺麗なルックスをしていた。

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