三宮(さんのみや)家 6

「酷い話っすよ。自分の子供を家に置き去りにした挙句、男と遊んでたんだから。」


「でもまぁ、最近は『こうゆう大人』も、珍しくはないからな。」


「ニュースでは、あんまり細かく報道されませんけど、報道されたら、それはそれで

 問題が出そうですもんね。


 ___ていうか、この事件って、掘れば掘るほど闇が深そうですよね。

 正直俺、もうあんまり関わりたくないですよ、怖いですし。」


「おいおい、『こうゆう仕事』に就いている人間の宿命だぞ。」


 二人の刑事が見つめている先にあるのは、『ホストクラブ』

そこから出てきたのは、『鉄の鎖』を巻きつけられた、派手な女性。

 だが、容姿や化粧は派手でも、かなり荒れている。

片目のつけまつ毛だけが外れ、豪華な服にはワインが染み付いていた。


 パトカーが何台も出陣する騒ぎではあるが、夜に栄える繁華街では、それほど珍し

 くはない光景。

警官も、慣れた手つきで野次馬を誘導している。

 

 この繁華街は、『男と女の情念が交差する場所』 トラブルが起こらない筈ない。

だが、今パトカーへ押し込まれている女性は、その度合いが常軌を逸していた。


「まさか、あの派手な女が、かつて『社長夫人』だった・・・なんて。

 信じられませんよね。」


「女は化粧でいくらでも化けられるからな。」


「___先輩、それ言ったら世界中の女性から石投げられますよ。」


「_____すまん。」


 だが、先輩刑事が言っている事も、あながち間違いではない。

女性の中途半端に剥がれた厚化粧は、まるでペンキや絵の具をそのまま顔に塗りつけたように、ドロドロしている。


 その溶け出した場所から見える素顔は、まだ少し清楚な感じが残っていた。

無理やり厚い化粧で、自分を偽っていたのが垣間見える。

 だが、女性が偽っていたのは、自分の素顔だけではない。

そもそも、彼女が厚化粧で自分自身を隠していたのには、別の理由があった。




 彼女は数ヶ月前、自らの旦那であり、都内のデパートを所有していた男性を殺害。

更には、前に住んでいたタワーマンションのベランダから落下して死亡。

 元旦那との息子の死に、何らかの関わりがあると見て調査している。


 更に警察が捜索を進めていると、倉庫の中からは『男児の死体』が発見される。

それは数年前、行方不明だった『三宮家の次男』である事が発覚。

 次男の死にも、母親が何らかの形で関わっている事は、ほぼ確定だ。


 だが、若手の刑事の言う通り、探れば探るほど出てくる『上流階級の闇』に、ネッ

 トも大騒ぎ。

金持ちを批判するネットユーザーもいれば、『都市伝説』を流布させるユーザーも。

 

 おまけに、事件で亡くなった社長の一族、三宮家は、事件の真相究明を恐れて行方

 知れず。

関係者は何人も見つかっているのだが、社長の父母やは未だに見つかっていない。


 今回の件で、一番大打撃を受けているのは、やはり容疑者の家系。

容疑者自身も、かなり良い家系の人間である為、都心の経済事情が混沌としている。

 都心の経済を担う人間の死と、上流階級の容疑者・・・という、ダブルパンチ。

都心だけではなく、日本中の経済がパニック状態に。


 また、亡くなった社長が経営しているデパートは、外国人にも人気のスポット。

凄惨な事件をきっかけに閉店となった事件は、海外のニュースでも取り上げられる事態に。


 都会の大きな『お出かけスポット』が失われ、『旅行代理店』や『ブロガー』は、

 焦って内容を書き変える必要がある。

その混乱は、未だに収束できる見込みがない。


 今のところ、デパートは封鎖されたまま、解体か、経営者を変えて営業するのかも

 決まっていない。 

解体するにしても、その莫大な費用を誰が出すかで揉める。

 

 経営者を変えるにしても、闇の深いデパートの経営なんて、誰も手を出さない。

デパートの周辺事態も、一種の『心霊スポット』と化して、治安も悪化の一途を辿っている。


「でも残念ですね。俺の元彼女、あのデパートで働いていたのに。」


「あれ? もう別れたのか?」


「だって、「嫁姑問題とか育児問題とか、今は結婚するのも億劫な時代なの」とか言

 われて、俺も冷めちゃったんです。」


「あははは・・・・・」


 先輩刑事は、乾いた笑いを浮かべる。自分にも、そんな『実体験』があるから。

家庭を持ち、子供を教育しなければいけない立場になると、繁華街に立ち入ることはなくなる。

 

 だが、それは当の本人や、家庭の事情によって異なるから、何とも言えない。

世の中には、『夜の仕事』で子供を育てている親も沢山いる。


 繁華街自体に来るのが、だいぶ久しぶりな先輩刑事。

未婚時代、『付き合い』で何度か来ていた。

 

 だが、先輩同僚の一人は、家庭を持っていても、しょっちゅうこの場所に来ている

 話を耳にしている。

『刑事』という身分上、下手に酔っ払って暴れてしまえば、人生がぶち壊れる。


 後輩刑事の場合、彼女は今まで何人もつくってきたが、なかなか『結婚』まで漕ぎ

 着けない。

本人はその気なのだが、彼の場合、『女性との価値観』のギャップに苦しんでいる。


 実家へ帰る度に、

「結婚まだ?」「隣の息子さんは、もうすぐ『パパ』になるのよ」

 と、両親からネチネチと小言を言われている後輩刑事。


 そうは言っても、今と昔で『教育の価値観』が違うのと同じで、今と昔では『結婚

 の価値観』も違う。

『結婚すれば安泰』なんて時代は、とっくの昔に過ぎ去ってしまった。


 後輩刑事のため息に、人生においても、職務においても先輩の刑事は、苦笑いする

 しかない。

特にこうゆう場所では、そんな話題がつい口から出てしまう。


 繁華街の警察沙汰は、毎日のように起きている。

そのどれもこれもが生々しく、時には『幼い命』が絡んでいる事もあり、愚痴を言わないとやっていけない。


「かつて二人に雇用されていた『運転手』2名の証言によれば、彼女が家を出た直

 後、『何かが弾ける音』がしたと同時に、彼女はその場で車から降りたそうだ。

 そのままタワーマンションまで走って行って、それから行方が分からなくなって、

 もう数ヶ月も過ぎたんだな・・・」


「それだけ聞いただけだと、息子の転落死とは、関係ないように感じますね。」


「いや、分からないぞ。

 死んだ息子さんは、私立校でトップの成績を誇っていたんだ。

 『教育方針』が原因で、自ら身を投げた可能性も捨てきれない。」


「そうゆう話を聞いていると、お金持ちって本当に幸せなのか、疑っちゃいます。」


 通報を受け、駆けつけた刑事のなかに、たまたま先輩刑事もいた。

自分の目で現場を確かめたからこそ、色々と推測できる。


 仏さんを回収した後、現場を色々と捜索した。

だが、男の子の飛び降りに繋がる、明確な証拠は見つからなかった。

 

 だが、飛び降りた息子の部屋からは、大人ですら頭を抱えるくらい難しい問題集が

 いくつも見つかっている。

そして、壁には『中学受験まで あと○○○日!!!』という張り紙だったり、受験に挑む高校のパンフレットが貼られていた。


 かつて一生懸命勉強したであろう机には、筆記用具の他に、『絆創膏』や『包帯』

 も置かれていた。

勉強するのに、普通は絆創膏も包帯も必要ないはずなのに。


 現場であるベランダの窓は開いており、ベランダの柵は壊れていた。

しかも、柵には細工がされた痕跡まで発見される。

 明らかに、御曹司の死は、何者かの手が加えられていた。

『生まれ育った環境』と『机の上の治療道具』を考えれば、考えは絞られる。


 だが、謎が多ければ多いほど、どこから手をつければ良いのか分からない。

自分の足で捜査するのは基本中の基本。

 だが、今回の件に関しては、様々な場所を渡り歩いても、有力な情報は得られず。


 何故なら、殺された社長や容疑者の家族は、都心で相当な地位を持っている。

下手に探りを入れると、警察側にも圧力がかけられてしまう。


 いくら『天下のお巡りさん』であっても、警視庁や交番を建てる為に必要な『土

 地』や、犯人を捕まえる為の『資金』は欲しい。

彼らに頭を下げなければ、警察としての仕事は成り立たない。


 しかし、そんな肩の荷が重くなるような案件とおさらばできる事に、安堵する二人

 の刑事。

事件を起こした容疑者が捕まったのなら、警察ができる事はもう終わりに近い。

 

 この件は、大衆から多くの注目を集め、ニュースなどの報道番組では、連日のよう

 に報道されていた。

何故大衆がこの事件に釘付けだったのは、お金持ち一家の起こした『昼ドラ』のような展開だから。


 ___というのもあるが、もう一つ、多くの人々が、心配している事があった。

それは、事件が起きた一家が引き取った、『養女』

 母親に連れられて行ったのか、共に行方不明だった。


 双方の実家にも行っておらず、ATMに残された大金は全部引き出されていた。

警察は、防犯カメラや目撃者の証言を集めに集め、慎重に慎重に、関係者から話を聞き出した。

 

 そして、ようやく居場所が絞り込める・・・と思った矢先。

児童相談所から警察に、一本の相談が寄せられる。


「アパートの一室に住んでいる女性がなかなか家に帰らず、部屋に小学生の女の子

 が、何日も置き去りになっている。」


 そんな通報を受けるのも珍しくなくなった警察としても、「あぁ、またか・・・」 

 という感覚で、ア パートへ向かった。

アパート自体はかなり年季の入っている、ひと一人が住むだけでやっとの広さ。


 容疑者がよく目撃されている繁華街からかなり近いこともあったが、警察は通報を

 受けた当初、別件のつもりで、そこまで気張らずに挑んだ。

ドアをノックしても、案の定保護者は出て来ず、出て来たのは、小さな女の子。


 その子を保護して、保護者を突き止め、その後の判断は児童相談所

 ・・・となる筈だった。


 恐る恐るドアを開けた女の子の顔を、警官の一人が覚えていた事で、事態は急展開

 を迎えた。

その女の子は、社長殺人事件の容疑者である妻が、連れて行った養女。

 

 警察はすぐさま、その子に事情を聞き、家宅捜索を急遽行なう。

すると、部屋の押し入れの奥深くに、『使用された痕跡のある包丁』を発見。


 そして、そのアパートの周囲を捜索したところ、繁華街のホストクラブへ、毎日の

 ように通っている証言が取れた。

こうして、デパートオーナー殺害事件は幕を閉じ、容疑者の女性は、『殺人容疑』と『育児放棄』で逮捕される。


「毎度思うけど、こうゆう事件の一番の被害者って、やっぱり子供ですよねぇ。」


「そうだな、せっかくお金持ちの家に引き取られた女の子も、一変して『犯罪者の

 娘』になってしまったもんな。」


「それにしても、どうして女は、女の子も一緒に連れて逃げたんでしょうか?

 逃げるだけなら、現場に置き去りにしても・・・」


「さぁな。逃げた当初は、女の子だけでも守ろうとしたのかもない。

 でも繁華街で働いているうちに、育児に手が回らなくなったか、男にうつつを抜か

 したか・・・だろうな、きっと。


 ___まぁ、どっちにしても、許されない事ではあるけどな。」


「ところで先輩、保護された女の子って、なんて名前でしたっけ?」


「えっと、確か・・・・・




 あれ? 何だったっけ?」

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