三宮(さんのみや)家 4

 パーティーの騒動が起きてから、一ヶ月の月日が流れた。

いよいよ夏も本番、学校も夏休みに向けて、色々と動いている。

 デパートの新事業も上々で、礼都もすっかり、いつも通りの父親になった。


 旦那の機嫌が治ったことで、一番安心しているのは、やはり柴衣。

しばらくの間、彼女は夫が帰宅する音を聞くだけで、全身に鳥肌が立っていた。


 夫と二人きりになるのを恐れ、何かと理由をつけて、子供たちの側に居た。

いつも勉強中は邪魔しない柴衣が、何故急に勉強へ介入するのようなったのは、二人は何となく察している。


 三宮家で一番地位が高いのは、やはり礼都。

彼の機嫌や意向次第で、家族の今後が大きく変わるくらいの力を持っている。

 だから、誰も彼に口出しなんてできない。妻であっても、子供であっても。

柴衣の家も、都心では割と名家なのだが、三宮家には逆らえない。




「___じゃあそろそろ行ってきます。お手伝いさんがもうすぐで来る筈なので。」


「あぁ、気をつけてな。」


 礼都は、実家へ少しの間帰省する柴衣を玄関で見送る。

柴衣の実家も、色々な土地の手続きや調査で、時折忙しくなる。

 その時には柴衣も召集されて、書類整理を手伝わされる。


 家族の間でしか公開できないような書類も多い。

だから本人たちの目で確認して、本人たちの実印を押す。


 だが、柴衣の実家も、実質的に三宮家の支配下。

柴衣の実家が忙しくなると、礼都も手を貸すのだが、今回は少し事情が違う。


 世間が夏休み前となれば、礼都も忙しくなる。

嫁の家業も大事ではあるが、やはり自分の事業が一番大事。

 デパートでは既に、『水着』や『アウトドア』のフェアに力を注いでいる。

夏本番になれば、もっと集客が見込める。礼都も礼都で忙しい。


 それに、夏休み前ともなれば、闘士とスイコの学校で、夏休み前の準備をする。

荷物や宿題を家へ持って帰り、参加するイベントなども決めなければいけない。

 長期休みの間だけ塾に入る生徒もいれば、海外で勉強する生徒も。

三宮家も例外ではない、礼都は子供たちの夏休みプランを、毎年考えている。


 今年は、家族が一人増えての夏休み。

今の闘士とスイコなら、グループ活動が重要視される『ボーイスカウト』や、『海外の短期留学』も視野に入れられる。


 だから、今回は柴衣だけが実家へ行き、礼都は子供たちとお留守番。

スイコはまだ、母親の実家に顔を見せたことはないが、闘士は何度かある。

 しかし、闘士はあまり母親の実家が好きではない。

母親の実家に居る人々から気遣いされすぎて、逆に『腫れ物扱い』に感じるから。


 闘士は柴衣の息子であるのと同時に、三宮家の後継。

いつかは父の持つ幾つものデパートを管理して、母親の実家も支える存在。

 そんな彼に、将来を期待する大人は多い。

ゆくゆくは、母親の実家でも実権を握る。


 だからこそ、今からゴマをすっていれば、何年後・何十年後かには、倍の見返りが

 返ってくるかもしれない。

そう、あのパーティーの参加者と、同じ思想。


 しかし、すられたゴマを差し出された本人は、そのあまりに異様な気遣いと思いや

 りが、腹の底をムカムカさせる。

そして、『言いたくても言えない事』ばかりが日に日に増えていくばかり。


 だから、闘士は出来る限り、母親の実家には行かない。

行く予定があるとしても、「学校の宿題があるから」「少し体調が悪いから」

 と、言い訳を連ねる。


 そんな息子の駄々を、甘んじて受け入れている柴衣。

彼女も、幼い頃から『名家の娘として受けてきた教育の心地悪さ』を分かっている。


 柴衣がしばらく家にいない時は、家事・手伝いを雇う。

___と言っても、仕事の大半は『子供の子守り』

 礼都は様々な人との会合やパーティーで、夕食を家族で共有する事はあまりない。

家に揃えられている最新家電がちゃんと動くのなら、人間が家事をする必要はない。


 だが、やはり子供たちだけを家に置いていくのは不安。

だからお手伝いを雇って、『留守番』をしてもらう。

 雇った人間の使い方も一風変わっている三宮家。

だが、雇われた側にとっては、高時給で楽な仕事。


「じゃあ、お父さんもこれから仕事に行くから。

 お手伝いさんが来るまで、良い子にしてるんだぞ。」


「スイコは俺が見ているから。」「お父さん、行ってらっしゃい!」


 礼都は身支度を整え、柴衣の後に家を出る礼都。

その日は土曜日なのだが、デパートに新しくオープンする高級中華料理店のオープン記念感謝祭に参加する。


 中華料理なら、闘士もスイコも大好きだが、そのお店は『お酒』をメインにしてい

 るお店だから、未成年の二人は参加できない。

「シュウマイ買って来てあげる」と言って、礼都が家の鍵を閉めた瞬間、二人は一息ついた。




 ___いや、一息ついたのは、スイコだけ。

闘士はというと、何故か妹を凝視していた。

 そんな兄の異変に気づいたスイコは、彼に首を傾げる。すると・・・


「___スイコ、ちょっとこっちに来てくれないか?」


 と言いながら、スイコの部屋のドアを開ける。

まだ兄の意図が分からないながらも、スイコはすんなり部屋に入る。

 闘士はもたれかかるようにドアを閉める。

スイコが振り向くと、闘士は真剣な表情を浮かべながら、唇を噛み締めている。


 部屋に二人きりになってから十数分が経過して、ようやく話す決心がついた闘士

 は、おもむろに背中に手を回す。

それは、闘士が朝から、シャツと背中の間にずっと隠していた物。


 闘士がスイコに見せたのは、何の変哲もない『ノート』 

市販で売られている、ありふれた物。

 だが、そのノートを目の当たりにした瞬間、スイコは焦った。

そして、とんでもない勢いで闘士に飛びついた。


 だが、闘士は『予め察していた』のか、スイコの飛びつきをヒラリと交わす。

ノートを闘士が手にした瞬間、スイコの瞳から、一瞬にして光が失われる。

 そして、パーティーで激昂した礼都と同じく、顔から感情がパッと消える。

まるで、スイッチ式の電灯のように。


 当然闘士は、こんな妹の表情を、今まで一度も見たことはない。

最初、このノートを闘士が開いた時、

(スイコではない、別の誰かが書いた物なんじゃ・・・?)

と思った。


 だが、文字はスイコが書いたものでほぼ間違いない。

何かの『ドラマ』や『映画』のセリフを、面白半分で書き写した感じでもない。


 まだ幼さが残る字で記したとは思えないくらい、『意味不明』で『黒々しい心境』

 が書かれていた。

闘士はノートを適当に開くと、スイコに見せつける。




『こなら家・さいこう! 

 お母さん・さいこう! お父さん・さいこう! おじいちゃん・さいこう!



 はんせい点

 おしゃべりしすぎ。

 でも、どうしてみんな死んじゃったのかは、わたしにもあんまりわからない。

 だからつぎのお家では、あんまりしゃべりすぎない、おちついた女の子になる。


 つぎのお家は、お金がたくさんあるみたい。

 でも、もう『むすこ』がいるんだって。しんぱい。



 2月3日

 さんのみや家・まぁいい

 お母さん・さいこう! お父さん・ちょっとこわいけど、たぶんだいじょうぶ

 お兄ちゃん・きけん 



 3月5日

 お兄ちゃんとなかよくなれてうれしい。

 この家なら、わたしのねがいがかなうかも。



 6月18日

 この家には、『もう一人のお兄ちゃん』がいた。しらなかった。

 わたしは見つけた。もう一人のお兄ちゃん。でも、もうあいさつもできない。




 この家もだめだった。ここにながくいるひつようはない。

 ___となると、どうするべきか。

 『まえの家』ではうまくぬけられたけど、こんかいはむずかしいかもしれない。


 でも、なるべく早くでていかないと、あの『れいぞうこでかたまっていた子』と同

 じように


 わたしも消されてしまうかも。』


 漢字や文字の形は小学校一年生レベルなのだが、内容があまりにも生々しい。

だから、闘士はずっと黙っていた。

 妹を信じて、このノートは、見なかったことにしていた。しかし、できなかった。


 ノートを発見して以来、彼の心に溜まっていた不安は積もっていくばかり。

勉強にも影響が現れ始め、『妹を真実気持ち』より、『真実を知りたい気持ち』の方が、ある日突然勝った。


 それに、これは闘士だけの問題ではない。三宮家の家族全員が関係している。

何故なら、このノートに書かれている事は、決して彼女の妄想ではない。

 その内容は、スイコがまだこの『家に来る前』を、詳細に書き記していた。


 もしこれが、外の世界に流出してしまえば、家族の危機では収まらない。

三宮家の崩壊も過言ではないくらい、とんでもない『大罪』

 今までその情報が流れ出なかったのは、礼都に権力があったから。

目に見えない存在ではあるが、権力に怯えない人はいない。


 『三宮家の秘密』も、『スイコの秘密』も、そのノートに濃縮されている。

このノートを他人に見られて困るのは、スイコだけではない。

 何故スイコがこの秘密を知っているのか、この際そんなのどうでもいい。

闘士たちにとって重要なのは、起きてしまった事実を隠す事。



「___スイコ、お前に、優士(ゆうし)の話をした事は、一回もなかった筈。

 それなのに・・・何故・・・???」


「__________




 秘密にしていれば、罪がなくなるとでも?」


「はぁ?!」


「はぁ・・・・・やっぱりこの家も駄目みたいだな。

 もう何連敗したんだっけ・・・?」


「スイコ・・・お前・・・!!!」


「まぁ、いっか。また他を探せばいいし。




 やっぱり、私の邪魔をするのは、いつだって貴方たちみたいな『子供』なのね。」


「お前・・・!!!」


 闘士は怒りに身を任せて走り出す。

そしてスイコの胸ぐらを掴み、問い詰めようとした。

 しかし、それよりも先に、スイコは自分の後ろにある『窓の鍵』を素早く開ける。

そして、そのまま窓を開け、スイコも窓と一緒に横へスライドする。


 勢いよく飛び出した闘士は、そのままベランダへ投げ出される。

そのままベランダの柵にぶつかったと同時に響く『固い物がひび割れる音』


 普通、マンションやアパートのベランダには、必ず『手すり』や『落下防止柵』が

 設置されている。

しかも此処は、お金持ちが多く暮らすタワーマンション。

 

 こんな場所で事故が起これば、マンション側は大ダメージを負う。

だから、最上階のベランダに設置されている柵も、子供の力程度では壊れない・・・


 筈だった




 ガシャン!!!


「えっ???」


 闘士は、自分の身に何が起きているのか分からない状態で、空中に浮かんでいた。

気がつくと自分の脇腹には、『鉄の棒』が引っかかっている。

 その両端は『荒々しく切られた跡』が刻まれ、闘士の体は重力に従い落ちていく。

闘士が意識を失う前、最後に見たのは、自分を哀しい目で見つめる、妹の姿だった。

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