三宮(さんのみや)家 3

「スイコ! ほら、襟のリボン捻(ねじ)れてる!」


「あ・・・・・」


「しょうがないなー! お兄ちゃんが直してあげる!」


 新しい家族を引き取ってから約一ヶ月。

闘士も、すっかり『お兄ちゃん』として定着。

 家を案内も、学校を案内も、勉強も、ほぼ全て闘士が率先してやってくれた。

これには、学校の関係者もクラスメイトも、驚きを隠せない。


 そんな闘士とは違い、あまり自分の意思を主張しないスイコ。

そんな彼女の気持ちを代弁するのも、お兄ちゃんの役目。

 スイコも、すっかりお兄ちゃんの後ろが定位置に。

いつも闘士の後ろにピタリと付き添っている。


 何をするにも、「お兄ちゃんと一緒がいい」と言うスイコ。

そんな妹のわがままを聞いてあげる闘士。

微笑ましい二人のやりとりに、礼都も柴衣も、すっかりデレデレ。


 二人にお揃いのストラップを、オーダーメイドで買ってあげたり、写真館で写真を

 撮影したり。

たくましい闘士の成長ぶりにも、両親は毎日感動していた。


 ほんの少し前までは、『三宮家の後継』として、ちょっと不安があった。

勉強もできる、好奇心も旺盛。親の言うこともきちんと聞いている闘士。

 しかし、勉強の次に大切な『人付き合い』は、なかなか解決案が見出せず。


 両親は闘士を『林間合宿』や『水泳教室』に通わせたりもした。

だが、なかなか友達ができずにいた。


 そんな闘士にとって、今回の養女の迎え入れは、彼の大きな成長に繋がった。

友達は難しくても、『妹』や『弟』になら、しっかり接してくれるかもしれない。

 そんな二人の思惑は、見事に大当たり。

だが、ここまで上手くいくとは思っていなかった。


「お兄ちゃん、トイレ。」


「えぇ?! もー、しょうがないなー」


「頼んだぞ、『お兄ちゃん』」


 そう言われ、礼都に頭を撫でられる闘士。

照れながらもしっかり妹をトイレに連れて行く。

 これには、側で見ていた二人の関係者も、ニコニコしながら眺めていた。




 今日は、礼都や柴衣の親戚や、デパートの関係者を集めたパーティー。

夏に開催される『デパートonバーベキューイベント』のテストも兼ねている。

 デパートの屋上を『ビアガーデン』にして、全国各地から取り寄せた品々をバーベ

 キューで楽しむ。


 昼間は家族連れをターゲットに、屋台が並べるスペースも確保。

夜は仕事帰りの社会人をターゲットに、お酒の提供の他に、一人で夜景を楽しみながら一杯飲める、『独り呑み』スペースが設置できるようにした。


 暑さを緩和する為、昼間にはボタン一つで屋根が張られ、『虫を寄せ付けない音』

 をスピーカーから流すことで、思う存分ビアガーデンを楽しめる。

一角には、子供が遊べるスペースも用意され、買い物に疲れた奥様たちの喫茶スペースにもなり、一年中どんな天気でも収益が望める場所。


 集まった人々は、礼都や柴衣にペコペコと頭を下げる。

二人のご機嫌を伺いながら、ビアガーデンの良さをあれこれと主張。

 まるで、小学生が我先に発言しようと必死になっている様子にも見える。


 お呼ばれされた招待客は、全員が豪勢な手土産を担いで来た。

なかには、闘士やスイコが気にいるような、可愛らしいぬいぐるみやポシェットも。

 三宮家の一員として、すっかり溶け込んだスイコ。

スイコを引き取る前は、かっこいい『靴』や『帽子』が多かった。


「それにしても、闘士くん、いつの間に、随分立派になられましたねー」


「本当、私もびっくりしましたわ。」


「子供の成長は早いですからね、少しでも多く思い出を残しておかないと・・・」


 息子を散々褒められ、柴衣もご満悦な様子。

当の本人はというと、大人たちの『異様な空気』を避ける為、スイコと一緒にご飯を楽しむ。

 

 次々と焼き上がるご馳走の数々に、いつもは『腹八分目』を意識する闘士ですら、

 箸が止まらない。

スイコも、まるでリスの様にほっぺを膨らませながら食べている。


 この場で料理を『純粋な気持ち』で食べてくれるのは闘士とスイコのみ。

大人は、礼都と柴衣を褒め称えるのに必死で、食事にはあまり手をつけられない。

 

 礼都が今日のために雇った料理人にとって、こんな世界は日常茶飯事。

しかし、闘士とスイコが、自分たちの料理を熱心に味わっている様子には、思わず涙が出そうになる。


 料理はそっちのけで、必死な様子で三宮一家を持ち上げるゲスト。

こうゆう場所も、色々と『チャンス』に繋がる。

 良い印象を此処で残しておけば、後々何らかのチャンスになって帰ってくる。

『海老で鯛を釣る』というよりは、『鯛で仕事を手に入れる』という感じ。


 まだ子供である闘士とスイコは、そんな『大人たちの汚い戦略』を知らない。

___いや、闘士は薄々気づいている。

 会場に呼ばれた人が、イベントを楽しむため『だけ』に、此処に来ているのか。

それとも・・・


 両親を見るゲストの『欲をひた隠しにする目』は、もう散々見ている闘士。

そんな大人を見ているより、ぼんやりと光る月や星が浮かぶ夜空を見ていた方が、心が軽くなる。


 今日は雲ひとつない星空が見渡せる。

だが都心では月や星の輝きより、電灯の明るさの方が勝ってしまう。

 

 屋上から見えるネオンの光も、三宮家の窓から見える景色と同じくらい綺麗。

闘士はデパートの看板を指差しながら、スイコに「あっちのビルはな・・・」と、一つ一つのビルを説明している。


 眠らない町は、これから『大人の時間』となり、派手に着飾った大人たちが跋扈(ばっこ)する。

ネオンに交じる、パトカーのランプが、今日も夜の街を蛇行している。


 子供はもう、お家に居なくちゃいけない時間帯。

しかし、三宮家に、一般常識は通用しない。

 闘士は、ネオンで光り輝く都心を、何度も見てきた。

彼は赤ちゃんの頃から、夜のパーティーに参加している。


 夜が深くなると、礼都と柴衣もお酒に手を伸ばし始める。

礼都は家で、しょっちゅう頂き物の酒を呑んでいる。

 だが、柴衣は、特別な時にしか飲まない。

パーティーが始まってから1時間も経つと、酔いが回って参加者の声が大きくなる。


 そして、だんだん『化けの皮』が剥がれてくる。

装っていた自分がどんどん剝がれて、腹の内が見え隠れする。

 礼都が参加者にお酒をふるまうのにも、『そうゆう意図』があるのかもしれない。


 実は当初、キッズスペースを建設する予定はなかった。

しかし、スイコを三宮家に迎え入れてから、礼都のビジネスにも変化が生まれる。

 デパート内で新たにオープンしたお店も、小さい子供が使う日用品が並ぶ雑貨店。


 闘士は、公園で遊んだことがない。

だから、滑り台やブランコの使い方を知らない。


 何度か遊んだことがあるスイコが、ブランコに乗った闘士の背中を押してあげた

 り、滑り台の上でおっかなびっくりになっている闘士を見てクスクス笑う。

しかし、闘士は微妙な顔をしていた。何を楽しめばいいのか、分からない様子。


 「いやはや、羨ましい限りですなぁ。うちの一人、迎え入れてみようか・・・」


「女の子が一人増えるだけで、家族が彩りますね。」 


「いずれは、闘士と共に、三宮家を支える、大事な柱となるでしょう。」


 スイコは、突然私立の学校に入学しても、しっかり授業についていけていた。

そして、テストでも学年で一番という、優秀な成績を残している。

 学校に宿題もしっかり提出して、教師の手伝いをする事も。

親の言う事はきちんと聞いて、大人の付き合いを幼い頃から理解している。


 これ程まで優秀な子供を二人も持っていれば、嫉妬されるくらい羨ましく思われて

 も仕方ない。

大人たちが向ける視線のなかに、そんな『チクチクする目』がある事に気づいた闘士は、そっと洞窟の中へ隠れる。


「お兄ちゃんお兄ちゃん、見て見て! 床が光ってる!」


「あ、本当だ。___あ、踏むと別のライトが光るんだ。」


「あはははっ! 楽しーい!」


「おいおい、はしゃぎすぎて転ぶんじゃないぞ!」






「その話はやめろ!!!」


 突然、礼都が大声で怒鳴った。

洞窟の中にも、その声が反響して伝わってくる。

 さっきまではしゃいでいた闘士とスイコは、一瞬にして動きを止めた。

そして、二人で穴から外の様子を伺うと、礼都は真っ赤な顔をしている。


 だがそれは、お酒に酔っているからではない、怒りに震えている顔だった。

闘士やスイコを躾ける時でさえ、大声で怒鳴ったりしない父親。

 そんな礼都が、ゲストの一人に向かって激怒する。

しかもその怒り具合が、普通では考えられないくらい、目が血走っていた。


 これには、遠くで見ていた子供二人は、怖くてその場から離れてしまう。

他のゲストは、顔を真っ赤にして怒鳴った礼都を注視している。

 そして、怒鳴りつけられたゲストは、きょとんとした顔をしたまま固まる。

「自分、何か気に触ることをしましたか?」と言わんばかりの顔。


 礼都が激怒した理由を知っているのは、きょとんとしているゲストのみ。

だが、柴衣だけは、聞き逃さなかった。

 たまたま聞いていたのではない、『ある単語』を、耳がキャッチしたのだ。

その単語というのが


『ゆうし』


 呆然とする人々をよそに、礼都はゲストの一人を追い出した。

しかし、誰も意見しない。

 

 追い出されたゲストは、デパートの中で待機していた警備員によって、連れ出され

 てしまう。

話を聞いていなかった警備員でも、礼都のただならぬ形相に、黙って従うしかない。


 だが、『柴衣以外の参加者』は、まだ信じられないような顔をしていた。

社長としての歴が長く、ある程度『不謹慎な言葉』に慣れているはずの礼都が、社交の場で大声を上げたことが、誰も信じられない様子。


 デパートの中へ避難した闘士とスイコは、ベンチに二人で寄りかかりながら座る。

せっかくの楽しいパーティーが台無しになってしまったのもショックではあるが、我を忘れた父の、鬼のような形相が、二人の脳裏に焼きついて離れない。


 薄暗い空間で、マネキンはポーズを決めた姿勢のまま動かない。

昼間はあんなに華やかに見える高級バッグも、薄暗い空間では、バッグなのかも分からない。

 

 二人は、ガラス越しに外の様子を伺う。

だが、いくら時間が経っても、外の空気が変わる気配がない。






 結局、パーティーはお開きになり、二人も礼都と一緒に家へ帰る。

柴衣はというと、参加してくれた人全員に、深々と頭を下げながら見送った。


 どんな理由があっても、せっかく足を運んでくれた人々に、十分なもてなしができ

 なかった事にかわりない。

だが礼都は、そんな妻を放って、子供二人を連れて家へ帰ると、一人でまたお酒を飲み直す。


 二人はお風呂に入り、そのままベッドに逃げ込む。

ただ、その日は、スイコと闘士、一緒のベッドで寝た。

 いつもは別々の部屋で、別々のベッドで寝ている。

だが、スイコは闘士の寝ているベッドに潜り込んだ。 


 闘士のベッドに潜り込んだスイコは、まだガタガタと震えていた。

そんな妹を、闘士は優しく布団のなかで出迎え、頭を撫でてあげる。

 闘士も、不安な気持ちが無いわけではない。

あんなに怒った父親の姿を見たのは初めてだった。


 あのゲストが何を言ったのかは分からないままだが、闘士は『大人の世界の怖さ』

 を実感する。

あれだけ準備していたパーティーは、礼都のたった一声でお開きになってしまう。


 二人がベッドで震えている間、大人の二人は、リビングデ沈黙している。

しかし、時間が経っても尚、礼都の怒りが鎮まることはなかった。

 柴衣は、礼都が心配で、側に居てあげる。でも、かける言葉が見つからない様子。

気まずい沈黙が流れ続け、ようやく礼都は口を開いたのだが・・・・・


「___スイコに、『優士(ゆうし)』の話は、聞こえなかっただろうな?」


 その問いに、柴衣は勢いよく体を痙攣させ、急に縮まった。

だが、礼都は相変わらず、無感情な視線で妻を見下ろしている。

 妻に向けていい目ではない。


 問われた柴衣はというと、何も言えずにいた。

___いや、何か言いたいが、言い出せない様子。やはり柴衣も、夫が怖いのだ。

 

 いつまでも返事をしない柴衣に業を煮やした礼都は、妻の胸ぐらを掴んで、彼女に

 耳打ちする。

その光景は、側から見れば完全に『脅し』か『恐喝』


「いいか、『あいつ』の事は、誰にも口にするんじゃないぞ。

 あの子にもだ。


 もし一言でも溢せば、その時はお前の家も、どうなるか分からないんだぞ。」


 妻を掴み上げる礼都は、『激昂に怯えていた闘士やスイコ』と同じく、怯えている

 様子。

柴衣よりも、何かに怯えている礼都。だが柴衣にとって、一番恐ろしいのは礼都だ。

 

 彼女がブンブンと、首を勢いよく上下に振ると、礼都は柴衣をソファに投げる。

ずっと首元が苦しかったのか、咳き込む柴衣。

 しかし、礼都はそんな妻を心配するどころか、咳き込む柴衣の口元を塞ぐ。

そして子供たちが寝ているであろう、廊下のドアを注視していた。

 

 しばらくして、何の変化もない事を確認すると、礼都もソファに身を投げ出す。

天井を見上げ、ようやく落ち着いた様子の礼都。


 礼都の頭の中を、グルグルと廻り続ける、あのゲストの言葉。

ゲストは、彼の気を逆撫でようと、あんな言葉を発したわけではない。


 当然だ、あのゲストは、『表の三宮家』を知らない。

三宮家は、大々続いている、由緒ある家系。

 そんな家系に、『黒い噂』や『黒い歴史』が、無いわけない。

雑誌やテレビでは、『バラエティーの一環』として、面白く報道される事もある。


 だが、時々『裏の三宮家』が顔を出し、自分の存在を主張する。

『言葉』であったり、『風景』であったり。

 特に礼都は、自らの手で、『三宮家の闇』を作り出してしまった。

そんな彼が、『自らの罪』の片鱗を垣間見れば、正気ではいられない。


 ゲストが発した言葉は、たった一言




「優士(ゆうし)君が生きていたら、もっとに賑やかな仮定になったでしょうね。」






 だが、小さな探索者は、『既に見つけていた』

最上階で、唯一使われていない部屋がある事を、『小さな探索者』は、既に発見している。

 

 そして、部屋の中に何があったのかも、ちゃんと確認済み。

一見すると、ただの『物置』のようにしか見えない。

 しかし、押し込まれた道具や家具のなかで、一つだけ『違和感のある物』がある。

 

 それは『冷蔵庫』


 その冷蔵庫は、決して開けられないように、『ガムテープ』で何重にも目張りされ

 ているだけではなく、扉が開く部分を壁に向けている。

まるで『なかのモノが出られないようにしている』様に。


 やっとの思いで開いた冷蔵庫の中にいた『ソレ』は、冷たくて、固くなっている。

『安らかに眠る場所』すら与えられなかったソレに、思わず動揺する探索者。

 その孤独と苦しみを、人一倍理解しているから。

探索者は、冷蔵庫の中身に向かって手を合わせ、静かに扉を閉じる。


 そして、探索者は来たときと同じ様に、『南京錠』と『6桁のナンバー錠』で、倉

 庫を施錠する。

南京錠の鍵が隠されていたのは、柴衣の部屋の机のなか。

 

 引き出しの『中』ではなく、『裏』にガムテープで裏に隠されていた。

そして、鍵を隠していたガムテープに書いてあった『6桁の番号』

 何故それを持ち続けているのか、『捨てる』という選択肢もあった筈なのに。 

『罪滅し』の為か、もしくは『秘密を守る』為か。


 人は、隠しておかなければいけないモノを、あえて『自分の近く』へ置く。

推理小説で、犯人が必ずと言っていいほど、自分が犯罪を犯した証拠を、自らが持っているのと同じ。



 スイコもそれを分かっていた


 『あのおじいちゃん』も、『同意書』を捨てられなかったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る