三宮(さんのみや)家 2
学校が終わると、担任の教師が保護者全員に、『授業終了のお知らせメール』一斉
送信する。
すると、両親やお手伝いが、こぞってまた学校に来る。
お見送りの時とお出迎えの時で、服装が違う奥様もいれば、違う車で来る奥様も。
そしてまた、駐車場でマウント合戦の再戦。
学校の周りはとても静か、周囲にあるのは木々や公園、大きめの遊歩道。
コンビニやスーパーなどはない。これも、学校のイメージを守るための『策略』
人で賑わう場所があるだけで、周囲の治安は、必然的に悪くなってしまう。
それに、闘士たちは自らの足で学校まで行ったことがない。
だから『寄り道』も『買い食い』もできないし、知らない。
それも策略の一つである。
闘士たちは、『着いたよメッセージ』が来ても、すぐ教室を出て行かない。
何故なら、迎えが来ても、すぐ家に帰れるわけではない。
マウント合戦がひと段落しないと帰れない。
それに、放課後も自習や予習に打ち込んでいれば、明日の授業が辛くならない。
私立というだけあって、授業内容も量も、桁違いに多い。
「今回だけなら・・・」と、予習や復習をサボると、次の日の授業についていけず、それを挽回するのも一苦労。
闘士も、今日の授業で受けた範囲を復習しながらチラチラと外を見ていた。
学校の向こう側に目を凝らすと、街路樹や街灯が並ぶ歩道がある。
しかし、闘士は一度も、この歩道を歩いたことはない。
都にあるのは私立の学校だけではない、一般的な『公立』もある。
しかし、公立に通う学生は、私立の区域には立ち入らない。
何故なら、恐ろしいから。そう親に、口酸っぱく言われている。
もし、私立の物を壊したりなんてしたら、お金がいくらかかるか分からない。
『見えない壁』で隔てられた世界の向こうを、闘士はぼんやりと見つめていたい。
木の枝を持ち、遊びながら楽しく帰る、自分たちと対して歳の差のない小学生。
しかし、生まれ育つ環境が違うだけで、放課後の過ごし方は変わる。
ぼんやりしている時間すら惜しい闘士は、ドリルをする手を止められない。
静かな教室に、ほんのちょっとだけ響く、公立の小学校に通う子供たちの笑い声。
その声に、羨ましさすら感じる生徒は、闘士だけではない。
公立より恵まれた学習環境・学習内容・設備・教師。
でも、それが時に、自分たちを苦しめている事を、幼いながらに分かっている彼ら。
ブーッ ブーッ ブーッ
闘士の胸ポケットが震える。スマホを確認すると、母からのお迎えメッセージが。
しかし、すぐには出て行かない。ある程度区切りがついてから、教室を出る。
そそくさと教室から出ていくと、クラスメイトからの視線が痛い。
だから、なかなか皆がクラスから出て行かない。
闘士も、誰かクラスから出るまで待っていたかった。
だが、今日はいつもと違う『特別な日』
教科書やノートを鞄に詰めると、ゆっくりと教室から出ていく。
なるべく足音をたてないように階段を降り、靴を履き替え、駐車場へ向かう。
母はいつも通り、朝送った時とは違うお洒落な服装で待っていた。
だが今日は、いつもより豪華。学校には不釣り合いなほど。
「あら、三宮さん。もう行くの?」
「えぇ、これから用事があるので。では失礼。」
闘士は助手席に乗り込むと、今度こそ一息つく。
学校から解放されて、ようやく自由の身になれた。
「闘士は家に帰ったら、しばらく自分の部屋で宿題していてね。
宅配業者が来るから。」
「そんなに荷物がいっぱいあるなら、俺も手伝うよ。」
「あなたは気にしなくていいのよ、いつも通り、きちんと宿題やりなさい。」
柴衣は、新しい家族にウキウキしている様子だが、闘士は微妙な顔をしている。
まだ実感が湧かないのだ、自分に『妹』ができる事に。
しかもその妹は、母親の子供ではない。施設から来る年下の女の子。
赤ちゃんの頃から接していれば、違和感なんて感じない。
だが、突然自分と年の近い女の子が、同じ屋根の下で暮らす事が、まだ信じられない様子。
三宮家が養子縁組を迎えるのは、一種の『生存戦略』である。
不景気と、独身層の増加によって、三宮家の家計にも、徐々に影が落ちつつある。
特に二人の家系は、どちらも歴史がある。どうにかして家系を未来に繋ぎたい。
もちろん柴衣も頑張っている、しかし、柴衣も人間。無理はできない。
今は著名人だけではなく、お金持ちの家庭事情に、マスコミも目を光らせている。
だから柴衣に無理をさせて、体が壊れてしまうと、一気に情報が拡散されて、デパートのイメージダウンに繋がってしまう。
そこで、三宮家の長男である礼都は、『社会貢献』も兼ねて、施設の子供を引き取
ることに。
そうすれば、世間から温かい視線を向けられ、家系問題も少しは緩和される、まさに一石二鳥。
もちろんこの行為に『いちゃもん』をつける人も少なからずいる。
しかし、そんな声はもう慣れたもの。構うだけ無駄。
しかし、柴衣も心配している事がある。
それは、今日引き取る子に対してではなく、息子に対して。
母親である柴衣の前では、生意気なことがポンポン言える闘士。
だが父親の前では、『怯える子猫』のように縮こまってしまう。
父の威厳に恐れ慄いている事もあるが、闘士と礼都の会話は、毎回ぎこちない。
家に時々来るお手伝いさんに対しても、挨拶はするが、それ以上の会話はしない。
学校でも、クラスメイトとは『報・連・相』に関する会話しかしない。
___そもそも、他愛のない会話すら、話している暇はない。
彼はいずれ、父の跡を継ぎ、デパートを切り盛りする。
そうなった時、取引先や従業員とまともに会話ができないようでは、『社長』どころか『社員』としても使えない。
今のうちからどうにかするには、やはり『無理でもお喋りできる環境』は必要。
それに、兄弟姉妹なら、『親には言えない悩み』も、打ち明けてくれる。
柴衣も礼都も一人っ子だった為、幼い頃から兄弟姉妹が羨ましかった二人。
自分の息子には、あんな寂しい思いはしてほしくない。そんな二人の気持ちもある。
闘士の『コミュ障』のためにも、三宮家の将来のためにも。
今のうちから動いておかないと、今後が苦しくなる。
それに、闘士に無理をさせない為、柴衣と礼都は、迎え入れる子は吟味した。
ちなみに、『女の子』を迎える案は、礼都からの提案。
「家に男ばかりなのも、柴衣が苦しくなるだろう?」と言われ、柴衣は心のなかで(確かに・・・)と呟いた。
そして、なるべく闘士と仲良くできるように、引き取る子の性格も吟味した。
ヤンチャで活発な子は、闘士にあまり合わない。
闘士自身、やんちゃではないものの、一度スイッチが入ってしまうと止まらない。
幼稚園生の時、闘士はヤンチャな子と喧嘩して、怪我まで負う一大事になった。
つまり、ヤンチャの逆、お淑やかで静かな子が好ましい。
三人で話し合って、色々と条件が積み重なってしまったものの、どうにか引き取る子を探し当てた。
三人で施設へ見学へ行った時、ただひたすら、三人をジーッと見つめていた女の子
がいた。
彼女は実の両親が『自殺』して、身寄りが全くいない子。
そのショックが抜けきれていないのか、人をジーッと観察するのが癖らしい。
闘士は、勇気を振り絞って挨拶すると、その女の子は、ペコリと頭を下げた。
それが闘士には嬉しい事だったのか、母や父に自慢していた。
「俺だってちゃんと挨拶できるんだぞー!」と。
そんな闘士の顔を見せられては、もう一択しかない。
幸い、三人の住む階にはいくつも部屋がある。
その一室を彼女の部屋にしても、全く無問題。
もう必要なものは買い揃えている為、あとは業者に任せるだけ。
「闘士、ネクタイの後ろ、捻(ねじ)れてる。」
「分かってるって!
_____あれ? あれ??」
「もー、ちょっとじっとしてて。」
荷物は業者が全て運び終わり、設置も完璧。お出迎えの準備はバッチリ。
柴衣がスマホを確認すると、礼都は今日の仕事がどうにか終わりそうな旨のメッセージが届いていた。
闘士と柴衣が、施設で女の子を引き取った後、ホテルで合流することに。
いつもは淡白なメッセージしか送らない礼都だが、今日は違っていた。
「俺もスーツを新調した方が良かったか・・・」
「やっぱり、『お父さん』と、すぐには言われないだろうな。」
「学校に馴染めるかな? 闘士とも、仲良くできるかな?」
一人で困惑している様子の礼都が目に浮かび、笑いが込み上げてしまう柴衣。
お付き合いしたての頃を思い出してしまい、堪えられない様子。
そんな母を、『正気を疑うような目』で見る息子の闘士。
「なんだかんだ言って、あの女の子を我が家にお出迎えするのを、一番楽しみにして
いたのは、お父さんかもしれないわよ。」
「えー・・・???」
闘士が首を傾げるのも仕方ない。礼都はあまり表情を表に出さない。
テレビや動画を見ながら大笑いするのも、2・3年に一度程度。
でも、クリスマスや誕生日には、必ずプレゼントを用意してくれる。
貴重なお休みには、家族サービスを忘れない。
まだ子供である闘士からすれば、無口で無表情の父は、『怖い対象』なのだ。
尊敬できるところも確かにあるが、やっぱり子供からすれば、元気で明るい父親の方がいい。
そんな、『子供の理想とする父親』とは真逆の父親が、見ず知らずの他人(養女)
を我が家へ迎え入れるのが、まだ受け入れられない闘士。
養子縁組の話を闘士に宣言した際、彼が最初に発した言葉が
「父さんが?! 何故そんな事を?!」
と、目を丸くして、大声でびっくりしていた。
礼都は、そんな息子の衝撃発言に、何とも言えない表情になる。
しばらくすると闘士も、「つい言ってしまった・・・」と後悔する。
だが、そんな微笑ましい会話をするのも、随分久しぶりな三宮一家。
闘士が小学校に入学した当初は、バタバタしつつも家族で協力して、息子の学校生活を手助けしていた両親二人。
必要なものは全て揃え、家で勉強する環境も整え、家庭教師選びにも熱心だった。
そんな両親の力添えもあって、闘士の成績は、クラスで毎回トップ。
闘士は今年で小学2年生になるが、去年(小学一年生)は『小学校高学年レベル』
の数式や漢字にも着手。
『漢字検定』や『英語検定』にもトライした。
そんな闘士を、親戚の人々は『神童』と呼んでいる。
「彼がいれば、三宮家の将来は安泰決定!!」と言われる程。
しかし、成績が良くても、勉強ができても、世の中が上手く渡れる保証はない。
それはある意味、本人次第なところはある。
でも、子供のうちから、あらゆる才能を伸ばす事は、『将来への投資』でもある。
闘士に『妹』ができる事が、三宮家に、どんな変化が生まれるのか。
「じゃあスイコちゃん、これからよろしくね。」
「よろしくお願いします。」
これから三宮家の一員となる少女 スイコ は、迎えに来た二人に対し、きちんと
頭を下げる。
スイコも緊張しているのか、目が四方八方に泳いでいた。
柴衣は、そんな彼女の頭を撫でてあげる。
スイコが闘士に目を向けると、闘士は気まずそうに目を逸らす。
「あら、闘士。もしかして、照れちゃってるの?」
「えぇ?! い、いや別にぃぃぃ!!」
誰の目から見ても分かる照れ具合に、施設の職員も思わず笑ってしまう。
しかし、照れながらも、闘士はスイコをチラチラ見ていた。
一方のスイコはというと、ずーっと柴衣の方を見ている。
時々闘士に目を向けるものの、彼女も恥ずかしいのか、目が合うと逸らしてしまう。
そのやりとりが、まるで本当の兄妹のようで、柴衣は安心した。
闘士がどうゆう反応をするのか、少し心配だった柴衣だった。
しかし、彼も少しずつ、成長している様子。
車に乗り込む時、彼はスイコを後部座席に案内する。
母の隣である、助手席のポジションは譲れない様子。
スイコは『柴衣の後ろ』の座席へ座り、窓の外をジーッと眺めていた。
これから父と待ち合わせした『ホテル』へ向かい、そこで一緒に夕食を食べる。
「___あ、あれ父さんの車だ。」
「あら、本当。私たちの方が早く着くと思ってたんだけど・・・・・」
普通の車のなかから高級車を見つけるのは、意外と簡単。
形も違うが、雰囲気が違う。
車の窓からは、スマホをいじる父の姿が、闘士には見えていた。
妻の車が到着したのを確認すると、礼都は車から出てくる。
その車の後部座席には、『プレゼント箱』が置かれている。
礼都もスイコを歓迎しようと、わざわざ自らの足で、プレゼントを買いに行った。
スイコは、車のなかからなかなか出られずにいた。怖がっている様子。
そこで闘士は、彼女に手を差し伸べる。
スイコが恐る恐るその手を掴むと、闘士は丁寧に彼女をエスコート。
その光景に、礼都は呆然としながら驚いていた。
「偉いじゃないの、闘士! さっすがお兄ちゃん!」
「これくらいできないと、お兄ちゃんにはなれないから。」
「___そうか、闘士も『お兄ちゃん』か。」
礼都は、久しぶりに闘士の頭を撫でてあげる。
闘士は父親の手の温もりを感じるのが久しぶりだったからか、目を丸くして驚く。
その隣で、スイコも負けじと、礼都に頭を向ける。
子供二人からおねだりされ、礼都も笑みが隠しきれない様子。
礼都は滅多に笑わない、職業柄、あまりヘラヘラしていられないから。
だから、妻である柴衣も、礼都の笑顔は稀に見られる『スーパーレア』
普段はクールな礼都でも、子供たちに囲まれる姿は、『普通の父親』
その日は改めて、全員が『家族の時間』を満喫できた。
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