三宮(さんのみや)家 1

「母さん、コーヒー牛乳まだある?」


「あるわよ、冷蔵庫開けて見てみなさい。


 ___ちゃんと自分で取りなさいね。」


「はい・・・・・」


 母親は知っている。

あえて「コーヒー牛乳取って」と言わず、「まだある?」と聞いた理由。

 つまり、「自分は取りたくないから、お母さん取ってきて」という意味。

 

 何故ストレートに言わないのか、それは隣で新聞を読む父が怖いから。

何かと手間を省こうとしたり、ズルしようとすると、父から冷徹なお叱りを受ける。




 此処は、都心のとある『タワーマンション』

階が高くなればなるほど、収入の多い人が住む。

 都心に住んでいる人でも、なかなか立ち入れる場所ではない。

そんなタワーマンションのてっぺんを支配している、都内でも指折りの『大富豪』


 一家三人が住んでいるのは、マンションの『最上階』

広すぎるくらいのリビングから見える外の景色は、まさに『絶景』である。

 家具の一つ一つに至るまで、一般家庭では決してお目にかかれないような品々。

家電も、どれもこれも最新型。日用雑貨に至っても、全てがブランド品。


 新聞を読みながら、淹れたてのコーヒーを味わう、この家の大黒柱


 三宮 礼都(さんのみや れいと)


 身につけているスーツからは、『金持ちオーラ』全開。

ボタンからラインストーンに至るまで、手の込んでいるものばかり。


 そして、その隣で朝食を食べているのは、一家の長男。息子の 


 三宮 闘士(さんのみや とうし)


 彼の足元に置いてあるランドセルや、身につけている制服は、都内で有数の私立小

 学校のもの。

私立校が指定している物なだけあり、生地はすごく丈夫でツヤツヤ。

 

 そして、礼都の妻であり、闘士母親である 


 三宮 柴衣(さんのみや しえ)


 食器洗浄機から次々と食器を取り出し、棚へ片付けていく。

棚のなかにある食器も高価なものばかり。

 一般家庭なら、一つあるだけで自慢できるような品々。

どれもこれも、パーティー等で手に入れた、言ってしまえば『貰い物』 


 様々な機能が備え付けられている冷蔵庫にも、貰い物の『ハム』や『ワイン』が貯

 蔵されている。

3人で食べきれるか分からないくらいの量。


 それもその筈、礼都は都心のデパートのオーナー。

日本人だけではなく、外国人も来日すると必ず訪れる、有名なデパート。


 不景気が続きながらも、三宮の一族は、代々東京で『商売事業の筆頭格』としての

 確執を得ていた。

闘士は、そんな三宮家の『後継ぎ』として、私立の小学校に通うエリート。


 まさに誰もが羨む、上級国民の一族。

生まれた時から何不自由なく、毎日を優雅に、贅沢に過ごしている。

 もちろん、父母揃ってエリート学校を卒業。

だが、逆に言ってしまえば、エリートの道以外に選択肢がない世界。


 そんな彼らにとって、ニュースで報道されている『集落の事件』は、まさに『別の

 世界の話』



「ほーら、闘士。早く支度しなさい! もう車の準備ができてるんだから!」


「はーい・・・」


 闘士はパンを口に押し込め、食器をそのままにして・・・行こうとした。

だが、途中できちんとシンクに入れる。

 そのままにして、カバンを背負ったところで、残された食器を睨みつける父にゾッ

 としたから。


 彼の通う小学校では、『親やお手伝いのお見送り・お迎え』が基本。

もちろん車は高級車、子供を学校に送るだけなのに、ばっちりブランドに身を包む、それが『私立ママの世界』


 当然私立には、一般家庭の子供もいる。

彼らは自らの足で学校に通い、自らの足で家に帰る。

 そんな一般家庭の子供たちを、セレブママは見向きもしない。

教師でも、生徒の家庭によって対応が異なる。それを私立に通う生徒も弁えている。


 世の中の子供たちの大半は、まだ大人の世界の片鱗ですら理解できない。

しかし、お金を持った家庭に生まれた宿命は、こんなに早い段階で表れる。




 闘士と柴衣はエレベーターへ乗り込み、地下の駐車場まで下る。

四方がガラスで囲まれているエレベータから見える都心は、まるで生きているように見える。

 

 その絶景も、二人にとっては見慣れている光景。

柴衣は、気にせずスマホをチェックして、闘士は次々と変わる階数を見ていた。


 遠くで見える高速道路では、既に車が蛇のように連なっている。

大きな交差点を行き交う人々の半数は『灰色』 通勤中だ。

 そう、都会は『一つの大きな生命体』 『日本という国の形』である。

そのなかで生きる人々は、体の調子を整え、悪いものを排除する『細胞』



 ピンポーン



 まだ地下には到達していないが、エレベーターが『44階』で止まる。

そして、開いた扉の向こうから、中年の男性が、エレベーターへ入ってきた。

 男性の服装もかなり上品なのだが、その顔色はあまり良くない。

目の下のクマからは、疲労が垣間見える。


 40階から下は、5世帯が住むのだが、40階から上は、丸々一階で1世帯が住む。

つまり、40階から上に住んでいる世帯は、まさに『上の上』

 

 そして、40階から下に住む人々は、自分たちより上に住んでいる人に対し、ペコ

 ペコと会釈をする。

それが、このタワーマンションの、奇妙な因習。


 男性は、一人でマンションに住んでいる、都心の大きな病院に勤めている『医師』

『高収入の代表職』でもあるが、その実態は、あまり休みの取れない、『ブラック企業』も裸足で逃げだす世界。


 休みを取りたくても、患者の容態は待ってくれない。

もし待ってくれるなら、世の中の医療関係に勤めている人は、誰も苦労しない。

 その男性も、婚活ができる余裕なんてない。

もうすぐ60代を迎えそうなのに、未だに独り身。


 疲れのせいなのか、ストレスのせいなのか、お腹には脂肪が多く張り付いている。

婚活できる可能性が0に近い事を、自ら自覚しているからなのか、外見はあまりよろしくない。


「おはようございます。」


「おはようございます。ほら、闘士、ちゃんと挨拶しなさい。」


「___おはようございます。」


 闘士は、照れながら挨拶をして、母の後ろに隠れる。

姿だけ見れば、普通の子供なのだが、身につけている物で、大人っぽく見える。

 そんな奇妙な感覚も、このマンションでは日常茶飯事。

闘士の母は、「すみません・・・」と言いながら、闘士の頭を撫でてあげる。


 男性にとって、三宮家の人間ですら『高嶺の花』

エレベーターでも一定の距離を取り、失礼のない言葉を探すことで、頭がいっぱい。

 男性がエレベーターに入った瞬間、一瞬だけ室内が揺れる。

エレベーターも、男性の重さにびっくりしているのだ。




「そういえば、もう『養女』さんはそちらにいらっしゃるのですか?」


「あぁ、今日の夕方にお迎えするんです。

 そしてそのまま、『四人』で外食でもしようと・・・」


「いいですなぁ、羨ましい。

 私はまだ、これから相手を探さないといけないのに・・・」


「お医者様なら、きっと良い相手が見つかりますよ。」


 柴衣が浮かべる笑顔は、もちろん『愛想笑い』

仕事が忙しいうちは、相手を見つけることも、趣味を探すこともできない。

 お金持ちであっても、『時間』がなければ何もできない。

『時間があるお金持ち』こそ、『本物のお金持ち』 柴衣のように。


 他愛のない会話を交わし、エレベーターが地下駐車場に停まると、男性からそそく

 さと出ていく。

医師は『勤め先(病院)』へ、二人は『小学校』へ。


 助手席に乗り込んだ闘士は、すかさずランドセルからタブレットを取り出し、今日

 の授業を予習する。

柴衣の運転する高級車の隣を走るのが怖いのか、彼女の運転する車の周りはガラガラだった。

 

「___母さん、本当に今日来るの?」


「前々から「今日来るからね」って言っていたじゃない。」


「__________」


「___もしかして、不安なの?」


「べっ、別にぃ!!」


 助手席で強がる闘士の頭を、柴衣は優しく撫でてあげる。

そして、母親である柴衣は分かっている。

 強がってはいるけど、ちゃんと仲良くなれるか不安な息子の気持ちを。 


 闘士は、ちょっと気が短いところがあり、幼稚園生の頃は、何かと他の園児と喧嘩

 していた。

喧嘩自体は些細な原因なのだが、毎回闘士が相手に喧嘩をふっかけていた。


 小学生に上がったと同時に、それは少し落ち着いてはきているものの、今度は『心

 配性』になりつつある事も、柴衣は知っている。

特に『女の子』に対しては、恥ずかしがり屋になる。


 日々の生活で垣間見える、息子の『心』の成長に、感慨深くなる柴衣。

今日家に来る『妹』に、闘士は『よろしくねカード』を、こっそり制作している事も知っている。

 

 柴衣も、家に帰る際に『小さい花束』を購入するつもり。

いつもは忙しい礼都も、今日は会社を早く切り上げてくれる。


「『お兄ちゃん』がそんなんじゃ、『妹』も困っちゃうんじゃない?」


「___そう、かな?」


「大丈夫、いつも通りの闘士でいれば。だってこれからは、毎日一緒にいるのよ。

 喧嘩もするし言い合いもするんだから、きっと。


 でもね、それが『家族』ってものなの。

 友達と喧嘩するのとでは、色々と違うのよ。


 今日引き取る子はね、そんな日々も、楽しみなんじゃないかな?

 家族がいないと、喧嘩もできないからね。」


 そうこうしているうちに、闘士が通う小学校へ到着。

明日からは『三人』で車に乗り、『二人』で登校する。


 家から車で向かっても、たった十数分しかない距離。

だが、柴衣が車で送り迎えするのには、それなりの理由がある。


 小学校の敷地内にに設けられた『保護者専用駐車場』は、デパートの駐車場と同じ

 くらいの広い。

教師の運転する車の駐車場よりも広く、既に止まっている車もほぼ高級車。


 そして、駐車場では既に、ママ達による『マウント合戦』が繰り広げられている。

お金も時間もいっぱいある奥様方の趣味は、時に貶され、時に褒められる、そんなマウント合戦。


 その内容も様々で、旦那や子供の自慢話から政治に関わる事まで。

奥様方も、有名な学校や企業就職の経歴がある、そんなエリートばかり。

 エリート同士のマウント合戦は、まさに『底の見えない沼』


 柴衣自身も、マウント合戦を繰り広げるママ達と並んで、高学歴のエリート。

柴衣は、通っていた『美術大学』を卒業した後、礼都が切り盛りするデパートのワンフロアで、『呉服店』を営んでいた。


 お偉いさんが多い東京では、和装の礼服はかなり需要がある。

その上、身につける人間もエリートの場合が多い。

 エリートの大事な和装を決めるには、それなりの知識とセンスが必要。

柴衣は呉服店のオーナーとして、礼都以外の様々な男性とも交流していた。


 彼女が礼都を選んだのは単純、彼との付き合いが、一番深かったから。

そして、都会の経済を支える三宮家の一員となれば、柴衣の家も安泰。

 『愛』がなくても、結納が成立してしまう。それが礼都たちの世界。


 柴衣の家系も、代々から伝わる『地主』だった為、双方の両親も了承。

親や祖父・祖母世代から続く『エリート家庭』の二人。

 生まれた時からその品格を兼ね備えている。


 跡継ぎが生まれるまでの間、しばらく周囲からのお節介や目線に耐えてきた柴衣。

跡継ぎが生まれたら、今度は教育が待っている。

 だが、礼都も子育てには積極的で。

休みの日になれば家族サービスをして、時には礼都が息子の勉強を見てあげる。


 私立に子供を通わせているママ達も、礼都や柴衣と同じく、由緒正しい家庭出身が 

 大半を占めている。

だから、一般人の趣味では物足りない。

 

 ママ友を、まるで『動物の観察』のように観察して、時には皮肉を吐いたり、時に

 はベタ褒めする。

こうして相手の気持ちを揺さぶり、どんな反応をするのかを楽しむ。


 駐車場で井戸端会議に花を咲かせている母親を放って、闘士は学校へ。

闘士と同じく、私立に通っている生徒たちも、『金持ちオーラ』を発している。

 

 彼と同じ、『二年M組』の女子生徒は、モデル並みに髪をバッチリ整えている。

女子だけではない、同じクラスの男子生徒は、校門にいる先生に対して、完璧なまでの会釈を披露。


 そう、彼らの『お受験戦争』は、もう始まっている。

小・中・高・大と、揃って私立に通わせる事こそ、子供だけではなく、通わせる両親にとっても大きなステータスになる。


 当然、学校を卒業して、社会人になってからの道のりも、苦難の連続。

しかし、ある程度の学歴を持っているだけで、大抵の問題はどうにかなる。

 それが彼らの世界。

凡人には決して理解できない世界のなか、生き残るために日々頑張っている。


 一般家庭の子供達が、まだ将来に『ありえないくらい美しい夢』を抱いている最

 中、そんな綺麗な夢を抱けない子供たちもいる。

これもある意味、『格差』なのかもしれない。


「三宮さん、『養女』をお迎えしたって本当ですか?」


「えぇ、今日の夕方、家族全員で迎えに行くんですよ。」


「まぁ、闘士君もお喜びになったの? もめたのでは?」


「しばらくは新しい生活に慣れるのに大変かと思います。

 でもあの子なら『良いお兄ちゃん』になってくれますよ。」


「ほほほっ、まだ闘士君は『二年生』ではないですか。

 そんな重荷を背負わせるのは可哀想・・・」


「いいえ。

 今のうちからでも、『年下の子を思いやれる心』というのは、育てておいて損はあ

 りませんよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る