小楢(こなら)家 5

「___じゃあ、そうゆう事で。」


「_____うん。」


 窓から差し込む夕日の真っ赤な光が、部屋に差し込む。

その光が照らしているのは、居間のテーブル。

 テーブルの上には、『葬式参加へのハガキ』が、何十枚も重ねられている。

ただ、ハガキに住所は書かれていない。これから二人で渡しに回るから。


 仁と原太は、ついさっきまで、つぼみの『葬式』について語り合っていた。

___いや、仁が一方的に用意をして、原太はただ聞いているだけ。


 まさか、つぼみが着る筈だったドレス代や式場代が、葬式に使われることになるな

 んて、思いもしなかった二人。

原太の精神も、まだ不安定なままではあるが、葬式だけでも開いてあげようと、仁も頑張った。


 壺をこのまま家に置いておくのも、つぼみに申し訳ない。

気持ちの切り替えも踏まえ、『きちんとしたお別れの場』を設る。

 そして、息子の心を整理させてあげたい。

この葬式には、仁のそんな気遣いがあった。






「_____お父さん?」


「あぁ、スイコちゃん。ごめんね、帰ってきたの全然分からなかった。」


 ランドセルを担いだまま、障子の隙間から二人を見つめるスイコ。

原太は一瞬だけスイコを見たものの、再び視線を落としてしまう。


 ついこの前まで、健康体でがっしりした体つきだった原太。

だが、退院しても顔色は悪いまま。

 仁よりも痩せ細り、今にも倒れてしまいそうに見える。

スイコは、そんな父を見て焦った。障子を勢いよく開け、父に擦り寄った。


 それでも原太は、意に返さないまま。

意図的に無視しているのか、それとも単に、意に返す気力すら湧かないのか。


「お父さん! ただいま!」


「__________」


「私ね、この前、テストで100点とったんだ! 偉いでしょ!

 先生も沢山ほめてくれたんだー! 凄いでしょー!」


「__________」


「_____だからね、お父さん。また『前』みたいに、なかよ


「黙れぇぇぇ!!!」


 原太は、大の男の全力で、腕に掴まっていたスイコを放り投げる。

すると、スイコはそのまま障子を突き破り、廊下へと投げ出されてしまう。

 仁は慌ててスイコに駆け寄ると、スイコは自分の部屋へ逃げてしまう。

娘に、あんな非道を行った原太を、仁は叱る気にもなれず、仁もその場から離れた。


 そして、仁がスイコの部屋を覗くと、彼女は布団のなかで震えている。

仁は、申し訳なさと不甲斐なさで、彼女を引き取った施設に連絡しそうになった。


 施設の職員に対し、あれだけ「幸せな人生を送らせます!」と豪語していた。

だが、その決意が果たせるどころの話ではなくなってきている。

 原太のあの様子から、前のような生活に戻れるのは、何年も先かもしれない。


 原太のためにも、スイコのためにも、もう一度『元の鞘(さや)』に収まった方

 が、互いのためになるかもしれない。

_____と思った仁だったが、どうしても『発信ボタン』が押せずにいた。


 ボタンに親指を乗せた途端、四人で過ごした幸せな毎日が過る。

スイコが手を握ってくれた時に感じた、無邪気で純粋な温もり。

 それを手放すの事が、どうしてもできなかった。できる筈もない。


 つぼみがどんな理由で、自らの命を絶ったのかは分からず終い。

だが、つぼみもスイコを、心の底から愛していた。

 スイコの将来か、それとも自分の気持ちか。

その二つを天秤にかけても、一切動く気配がない。


 仁は、廊下でしゃがみ込みながら、静かに泣いていた。

優柔不断な自分が、許せなかった。

 孫も大好きだけど、息子も大好き。どちらかを比べる事なんてできない。

そんな状態が続けば続くほど、互いに苦しくなるのはわかっている筈なのに。






 そんな状態で迎えた、つぼみの葬式。

集落の住民が全員参加して、つぼみの遺影に手を合わせいた。

 案の定、原太は呆然としたまま、つぼみの遺影をずーっと見ていた。


 原太の後ろ姿を見ていると、その場にいる気にもなれなかった集落の住民。

手を合わせて仁に一言二言告げると、そそくさと帰ってしまう。


 子供たちは、集落の一家に集合させられている。

特にスイコは、骨だけになった母に、会わせる事なんてできない。


 祭壇の上には、つぼみの生前の写真と、骨壷のみ。

祭壇の周りに飾る花は、注文できなかった。

 仁にとっては、一刻でも早く、息子の気持ちを切り替えてほしかったから。

それに、これ以上集落に迷惑をかけるわけたくなかった。


 本来、集落で執り行われる葬式は、もっと豪勢で、もっと賑やかな筈。

集落の住民全員が、故人との思い出を語り、それぞれの家でご馳走を持ち合う。


 しかし、故人であるつぼみとの思い出はあっても語れない状況。

誰もご馳走なんて用意しておらず、まさに『流れ作業』だった。

 いつも葬式が一通り終わると、子供たちがご馳走目当てに駆け込んでくる。

だが、今回はそれがない為、待っている子供たちは首を傾げている。


 最近の仁は、色んな人に頭を下げてばかり。

おかげで彼の毛髪は、あっという間に薄くなり、顔色も悪いまま。

 せめて仁にだけでも、慰めの言葉をかけてあげる住民。


「仁さん、これから色々と大変だとは思うけど、頑張ってね。」


「私たちも、できる限りのことはするから。」


「『須田さん家』の件も、早く解決してくれないかしらね・・・・・」






「おじさん、どうも。」


「___あぁ、種村君、来てくれてありがとう。

 今の息子に寄り添えるのは、君しかいないんだ。」


「俺にそんな大役が務まるかどうか分かりませんけど、頑張ってみます。

 あいつ、大切な物を無くしたり壊したりすると、塞ぎ込む癖がありますからね。」


 この集落で生まれ育った人でも、集落を出て別の場所で就職する人の方が圧倒的に

 多い。

原太の幼馴染である『種村』は、二人揃って、大人になってからも集落で生活している、数少ない若手。

 

 ちなみに種村家は『林業』を営み、種村の両親は、彼が大学生の頃、土砂崩れに巻

 き込まれて亡くなっている。

唯一残された息子は、両親が続けてきた林業を続け、今までお世話になった集落に恩返しをする意味合いも込めて、集落に住み続けていた。


 原太が結婚を前提とした女性と同棲していたのも、養女を迎え入れたのも、種村は

 知っていた。

大人になってからの二人は、よく種村の家でお酒を飲み交わしていた、その時に散々自慢していた原太。


 衝撃的な事件に悲しんでいるのは、種村も同じである。

原田がほろ酔い状態で語るパートナーの自慢話からも、彼がどれほどつぼみを愛していたのかが、十分すぎるくらい伝わっていた。


「昨日は俺のために、スイコが『ハンバーグ』を作ってくれたんだ!」

「明日、スイコと一緒に買い物に行くんだけど、お前も一緒に来る?」

「もしスイコを森で見かけたら、連れ戻してほしい。

 あの子、好奇心が旺盛すぎて、危なっかしい時があるから・・・・・」

 

 嬉々として家族のことを語る原太を見ていると、独り身の種村も、『パートナー』

 や『子供』が欲しくなってしまう。

それくらい原太の家は、集落の住民から羨まれる、『理想の一家』だった。


 原太が痩せ細るまでショックを受けている理由も伝わってくる。

でも、幼い頃からお世話になっている、仁の気持ちも伝わってくる。

 種村にとっては、どちらも大切な存在。

だからこれからも、二人でずっと一緒に、この集落で暮らしてほしい。


 種村は小楢家に足を踏み入れ、祭壇の前でぼーっとしている原太を見つける。

その時の原太は、以前の彼とは別人状態。

 いつもは目を合わせただけで、笑顔で駆け寄って来る原太。

だが、今の原太は、幼馴染が視界に入っても、何も反応もしない。


 まるでロボットの様になってしまった幼馴染の姿に、種村もショックを隠せない。

しかし、今こそ長年の恩を返すべく、種村はひと肌脱いだ。


「___おい、せめて挨拶くらいしたらどうなんだ?」


「__________」


「お前の親父から聞いたぞ。

 食べるもんも食べねーで、娘に手をあげるような事までやりやがって。」


「__________」


「今のお前見たら、亡くなった彼女も、きっと幽霊になってでもぶん殴りにくるぞ。

 _____まさか、血縁関係がないからって、あんな良い子に手をあげたんじゃな

 いだろうな?!


 辛いのはな、お前だけじゃないんだぞ!

 血が繋がっていないとしても、あの子の母親が突然いなくなったんだ!!

 そんな時、父親がそんなんじゃ、失格にも程があるぞ!!」


「__________」


「おい!!」

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