小楢(こなら)家 3

「ふぃー・・・・・沢山買ったなー

 ___というか、なんで今日に限ってこんなに混んでるんだよ。

 トイレに行くだけで何分も待っちまった。」


「仕方ないわよ、今日は休日なんだから。」


 つぼみとスイコは、大きな通りの真ん中に置かれたソファで休んでいた。

スイコは疲れ切ってしまったのか、つぼみに寄りかかってウトウトしている。

 周りがガヤガヤと騒がしいなか眠れるのは、『子供の特権』かもしれない。


 スイコの衣服の背中に、汗のシミがある。かなり歩き回って、汗をかいた様子。

夏のショッピングモールにはクーラーが効いているが、人混みの熱で、冷たい空気がすぐ熱くなる。

 

 スイコは衣服の胸元をパタパタと仰ぎながら、乱れた髪を整える。

短い髪も、汗でピッタリ張り付いている。


 つぼみ・原太・スイコの座っているソファ以外にも、あちこちのソファで、休憩し

 ている家族連れの姿が。

やはり子供連れが多く、子供たちはまだまだ遊び足りない様子だが、大人はもう『萎れた菜葉』のように、ぐったりしている。


 午前中・午後はファミリー層が多いが、もうすぐ来るであろう夕方になると、今度

 は夕飯の食材を求めに、主婦が押し寄せる。

既にあちこちのカフェでは、タイムセールを狙おうとする主婦たちが、会議に花を咲かせている。


 満席状態のカフェから漏れる、奥様方の『ちょっと生々しい』会話。

疲れたスイコたちもカフェに寄ろうと思ったが、その時にはもう主婦で埋め尽くされていた。


 スイコ達がショッピングモールに来たのは、午後の一時頃。

午前中は、ウエディングドレスの専門店で、つぼみのドレスを選び回っていた。


 その間、スイコはお利口に待っていた。

他のドレスにベタベタ触るでもなく、飾られている小物をいじる事もなく、綺麗に着飾る母親を、ただじっと見ているだけ。


 まだ幼い女の子なら、豪華絢爛なドレスを見たら、じっとしてはいられない。

ウエディングドレスやティアラは、大人子供問わず、女性にとっては『憧れ』


 特に、小さな女の子が見るような『ロマンチックなアニメ』や『可愛いバトルアニ

 メ』などの影響で、ドレスを着こなすプリンセスやヒーローは、女の子たちにとっ

 ては『将来の夢』


 スイコも女の子、テンションが上がって、お店に多少迷惑がかかる事も覚悟してい

 た二人。

予め、専門店には『そうゆう旨の話』も根回ししていた。


 しかし、いざ店内に入ってみると、スイコは椅子にチョコンと座ったまま。

走り回ったり、物にベタベタ触るような事もしない。

 これには店員も


「こんな立派な娘さんがいれば、将来安泰ですね!」


 なんて言っていた。

おかげでウエディングドレスや小物は無事決定。

 その後は仁と合流して、次はショッピングモール。


「___そういえば父さん、午前中何してたんだろう?」


「「用事がある」とは言ってたけど・・・・・」


「まぁ、そんなに気にする事ないな。

 もしかしたら、つぼみのウエディングドレス姿は、当日のお楽しみにしようとして 

 いるのかもな。」


「そんな・・・・・そこまで綺麗なものでは・・・

 それより、スイコちゃんの『あのワンピース』

 当日には、チャペルをバックに撮影したいわ!」


「父さんもつぼみも、ここぞとばかりにスイコに色々着せるんだから。

 そりゃ疲れるよ、なぁ?」


 原太はスイコの頭を撫でるが、スイコの反応はない。完全に熟睡している様子。

今日は結婚式用のワンピースだけではなく、ワンピースに似合う靴やコサージュも勢いで購入。


 おかげで予算はだいぶオーバーしてしまったが、有意義な時間を過ごせた四人。

ただ、お金もそうだが、体力もかなり消費した。

 さすがにスイコも、くたびれて動けない様子。


 仁とつぼみは、綺麗で可愛い、子供用のドレスの数々に、もう歯止めが効かなくな

 っていた。

何着も何着もスイコに着せては、

「あっちがいい」「こっちがいい」「もう少し裾が長いのはない?」

と、店員も振り回す二人の勢いに、原太もスイコも唖然とするしかなかった。


 まるで『着せ替え人形』で遊んでいる子供のような二人。

原太は、『保護者』のような立ち位置になり、二人を宥めるのに必死だった。

 普段は自分の服に何のこだわりもない父が、ニコニコしながら服を選んでいる。

息子である原太にとっては、新鮮な光景だった。


 その光景を見て、原太だけではなく、つぼみも改めて『孫パワー』を感じた。


「ところで原太さん、お父さんは? また何処かに行ってしまったけど・・・・・

 「ちょっと見たいところがある」とは言ってたけど、何処に?」


「それがな・・・・・

 さっきからスマホを鳴らしてるんだけど、なかなか出てくれないんだ。

 こうゆう時くらい、一人でフラフラどっか行くのはやめてほしいんだけどな。」


「あははは・・・・

 もしかして、モールの音楽に混じって聞こえないのかも。」


「多分な、まぁどうせ言っている場所は『地酒コーナー』だろう。

 俺ちょっと行ってくる!」


 原太は、食料品コーナーへ向かう。

つぼみは、もう暇つぶしでスマホを見る気力すら残っていない。

 だから目だけを動かし周囲を行き交う人々をずっと見つめていた。


 カフェでの会議を終え、食料品コーナーへ向かっていく奥様方。

買えるのを渋る子供たちと、それを強引に宥めようとする親たち。

 ショッピングモールの店員も、夕方ごろになる疲れが顔に出てくる。

だが、疲れている様子なのは店員だけとは限らない。買い物をする側も疲れるのだ。


 人混みがあまり好きではないつぼみ。

でも、このショッピングモールだけは、何故か平気だった。


 彼女が都会に住んでいた時は、外へ出るのも億劫だった。

ちょっとコンビニに行くだけで、何十人・何百人の人とすれ違う、そんな世界。

 『人の目なんか気にしない』という言葉を、何度も何度も胸に刻んだ。

でも、何処でも人の目がある世界では、胸に刻んだ言葉が無意味になってしまう。




 田舎へ嫁ぐ娘を、最初は反対していたつぼみの家族。

だが、つぼみがどんどん明るくなっている様子に、原太へ娘をあげる決心を固めた。

 今はもう、つぼみを心配する小言はだいぶ減っている彼女の両親。

それでも養子縁組を結ぶ話をする際、つぼみの両親は苦い顔をしていた。


 「他の家の厄介事に、巻き込まれるんじゃないのか?」と言われた。

しかし、スイコには親戚はおろか、両親すらいない。

 つまり、厄介事がそもそもない。


 スイコの家庭の事情は、つぼみの両親の心さえ動かしてしまう。

テレビ電話で、画面越しに見たスイコの笑顔に、つぼみの両親は


「いいか、相手はお前やお父さんたちと同じ『人間』だ、『ペット』ではない。

 きちんと愛情を注ぐことも大事だが、その子の将来を考えた『躾』や『教育』も大

 事なんだぞ。

 

 式が終わった後、家族揃って、きちんと挨拶ができるくらい、つぼみが『お母さ

 ん』になるんだ。」


 と、電話で力強いエールを送っていた。


「_____私、ちゃんとお母さん、やってるよね。」


 そう呟きながら、父親からの激励のメッセージを眺めるつぼみ。

ちゃんと式が開催される日が決まったら、つぼみは両親に招待状を送るつもり。

 

 だが、彼女の母親の体調が、最近あまり宜しくない。

つぼみは一人っ子だから、今現在、体調の悪い母親の面倒を見ているのは父親。

 体質は、母親譲り。

原太とも相談した結果、式が終わったら、三人で向こうへ挨拶に行くことに。

 

 彼女の両親も、原太のことを気に入っている。

「良い彼氏に巡り会えたわね」と、つぼみの母親が電話越しに言うほど。






「___ねぇ、お母さん。」


「あ、スイコ、起きたの?」


 つぼみがボーッとしていると、スイコが真っ黒な目でつぼみを見つめていた。

その目はまだ眠気を帯びて、頭も少しクラクラしている。


「まだ寝てていいよ。お父さんね、おじいちゃん連れて来るみたいだから。」


「_____ねぇ、お母さん。




 お母さんは、私が『自分で産んだ子供』だったら、嬉しかった?」


「__________え?」


 つぼみは固まった。

一瞬だけ、頭の中が停電状態になって、何も受け付けなかった。

 しかし、スイコの哀しげな顔を見て、すぐ我にかえる。


「私ね、昨日聞いたんだ。お父さんとお母さんの話。

 _____私もね、『本当のお母さん』が欲しかった。

 『本当のお父さん』が欲しかった。

 

 でも、それは無理なんだって、大人の皆がね、無理だって。」


「_______」


「でも、私は『今のお母さん』も、『今のお父さん』も、『今のおじいちゃん』も大

 好きだよ。

 すっごく大切だし、ずっと一緒にいたいよ。


 _____でもね、私はお母さんの『本当の子供』にはなれなかった。

 私、お母さんとは『本当の家族』になりたかった。でもできなかった。

 どうしてできないのか、知りたいくらい、悲しい。


 お母さんの子供として生まれていたら、きっと幸せだったんだろうな。

 ハイハイするところも、初めて立ち上がるところも、見せたかった。

 でも、もう見せられないんだね。」






「おーい!! 父さん見つかったぞー!」


 原田の予想していた通り、仁は地酒コーナーで色々と吟味していた。

いつの間にか時間が過ぎていた事も忘れていた仁は、慌てて清算。

 

 地酒コーナーでずーっと立っていたこともあって、仁は痛む腰を堪えながらエコバ

 ッグに地酒を詰め込んで、つぼみ達と合流。

つぼみは原太を見た瞬間、ソファに座っているスイコを放って、原太のもとへ駆けつける。

 

 ずっとつぼみに寄りかかっていたスイコは、つぼみが急に離れた勢いで倒れた。

まだ頭がぼーっとしているのか、スイコは横に倒れたまま、起き上がろうとしない。

 そのまま寝てしまいそうなくらい、スイコは疲れ果てていた。


「ちょっ、つぼみさん! 急に立ち上がるからスイコが倒れちゃったぞ。

 スイコちゃん、大丈夫か?」


 仁は重いエコバッグを持ちながらも、駆け足でスイコのもとへ向かう。

つぼみはというと、原太が二度見してしまうくらい、顔が青ざめていた。


「おじいちゃん! よく寝ました!」


「ごめんなー、おじいちゃんのお買い物にも時間かけちゃって・・・」


 仁はスイコの頭を優しく撫でるが、つぼみはまだ青ざめた状態で震えている。


「___つぼみ、どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」


「_____ちょっと疲れただけ。」


 つぼみは、自分の顔を隠すように、そっぽを向く。

その様子に、原田は「もう疲れたから帰ろう」と、仁とスイコに提案する。

 だが仁は、「ここでもう晩御飯も食べて帰ろう!」と言い出す。

原太はつぼみにも意見を聞いたが、相変わらずつぼみは、上の空状態。








 その数日後、つぼみは自殺した。

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