満開の桜の下

若槻きいろ

第1話 満開の桜の下

「願い事を言うと叶えてくれるんだって」

 中高生の間で流行っている、遊びみたいなおまじない。実際遊びなのだろう。誰も本気にはしない。 


 冬休みが終わると同時に親の仕事の都合で急遽、今は卒業した中学へ転校した。昔住んでいた町だったが、知り合いなんて覚えておらず、三学期という短い期間に気の合う友達なんて出来るはずも無く、卒業まで空気の様に過ごした。既に終わろうとする季節に余所者がやってきても、所詮は余所者。打ち解けることは出来ず、心にしこりだけを残して数ヶ月いた中学を去った。得たものと言えば、蔓延っていた噂話だけ。

 だから、ここに来たのはちょっとした遊びなのだ。

 入学した高校の近くの裏山。そこに噂の木があるという。とても大きな桜の老樹。それが願いを叶えてくれると言うのだ。

 願いを叶えるためには守らなければいけないことがある。

 一つ、人に見られないこと。

 二つ、ハッピーターンを持っていくこと。

「何故ハッピーターン?」

 物を持っていくのはわかる。お供え的な意味で。だがそれがハッピーターンである理由がわからない。

「冗談だろ」

 笑うしかない。


 まだ慣れない家から高校まで自転車で駅二つ分の距離を走らせる。走らせること三十分。時計を見ると、夜八時。学校からも少しだけ離れているこの場所は、不気味なくらい静けさで満ちていた。

「願いを叶えてくれるようには見えないけどな」

 目の前にあるのは確かに幾ばくかの年月を得た大樹だ。

 だがもう季節だと言うのに、枝に蕾こそあるものの開花する様子はない。

「まさか、枯れてるんじゃないだろうな」

 わざわざこの時間に来た俺の意味はなんなんだろうか。というかこの呪いは当の木が枯れていても叶えてくれるのだろうか。そして本当に叶えてくれるものなんだろうか。

「ともあれやるか」

 木の根元にハッピーターンの袋を置き、その隣に腰をおろす。

 この願い事は木に向かって願い事を言うのではなく、背を向けて言うのだそうだ。

 目を瞑り、手を合わせる。ひとつ息を吸って、吐く。よし。

「……友達が、できますように」

 言ったそばから恥ずかしくなってきた。誰かが聞いたら笑うだろう。俺だって笑う。願いを叶えてくれる木にこんな事を願うなんて、と。冷静になったら馬鹿馬鹿しいと思えてきた。これはちょっとした遊びだ。だから馬鹿馬鹿しくても何ら問題はない。

「何やってんだ、俺」

 帰るか、と立ち上がる。その際にうまくバランスが取れなくて、少しよろけてしまう。

 そのときだった。

 ひら、と目の前に何かが過ぎ去った。

 地面に落ちたそれは淡いピンク色の花びらだった。後ろを振り向くと、先ほどまであるかないかだった蕾が一斉に膨れ、見事に咲き誇っている。

 それは次第に増していき、花びらが雨の如く頭上に降り注いだ。空気までもが桜に染まっているかのように、一面が桜の花びらで埋め尽くされていく。

 暫くの間見惚れていたのだろう、背後の方にある視線に気がつかなかった。 

「だ、誰だ?」

 自分の声がわずかに震える。こんな時間に、その上人気がない場所に。いったい誰が。

「わあぁ、ごめんなさいぃ」

 樹の後ろを覗くと出てきたのは同じ年頃の野郎だった。黒い髪をおかっぱに切り揃え、長めの前髪の隙間からまん丸の目が覗く。暗がりの中で良く目を凝らすと、おかっぱ髪が着ている制服は俺が今日入学した高校と同じものだった。

「道に迷っていたらなんか人がいたから! 友達ができますようにとか聞いてないから!」

「しっかり見てんじゃないかよ!」

うっかりなのか何なのか。こいつは自分が何を言っているのかわかっているのか。あー、くそ。

「ふ、不可抗力だよう。たまたま来たらおまじないをやっている人

がいたから終わるまで隠れようとしたんだ。でも君ってば気づいち

ゃうんだもん」

 僕悪くないよ! とおかっぱ髪は涙目で訴えた。

「お前のせいで」

 言いかけて、何でもない。と続ける。これはこいつのせいじゃない。もとよりこんなことで友達ができるなんて考える方がおかしかったのだ。だから目の前の奴に八つ当たりするのは間違いなのだ。……むかつきはするが。

 俺が黙っていると、おかっぱ野郎はそれにしても、と口を開いた。

「このおまじないってそんなに人気なんだねぇ。この前も女の子たちがたくさん来てたよ。ま、みんな諦めたみたいだけどね。君も、かな?」

「……だったらなんだよ」

 あー、と納得したように、といった面持ちで聞いてきた。

「もしかして友達いないの?」

「ああそうだよ悪いか」

 投げやりに答える。今の流れで普通わかるもんじゃないのか。そしてだったらどうなんだって言うんだ。前の学校にはそれなりに仲がいいやつらがいた。小学生の時から一緒だった奴らだった。だからこんな年になって友達の作り方なんて覚えちゃいないのだ。

 それを聞いた目の前の奴はにぱーと嬉しそうに笑った。この上なく腹が立つ顔だった。殴りたくなる衝動を抑える。大人になれ、俺。

「じゃあさ」奴が言う。

 手を差し出し、おかっぱは少し恥ずかしそうにはにかむ。

「僕と友達になってよ」

 ポカン、と呆気に取られた俺をお構いなしに喋り始めた。

「僕最近引っ越してきたばっかりでさ、こっちに友達がいないんだ。だからさ、よかったら友達になってほしいなぁ。や、嫌だったら仕方ないんだけどね、でもね」

 もじもじと指をつんつんしながら照れて下を向いて言い訳のように言う。お前は女子か、とつっこみたくなる。しかしこれはおかっぱ野郎なりの一生懸命なのだ、と分かったから、気づけば答えていた。

「いいよ」

「え、まじで?」

 ばっ、と顔を上げ、やたー、とおかっぱ野郎は万歳する。一人で楽しそうだ。

「友達になるのはいいけどお前名前教えろよ。わかんなきゃ呼べないだろ」

「名前。あ、そっか。無いと呼べないよね」

 忘れてたや、と言い、こほんと一つ咳払いをする。

「僕は佐倉慶太。慶太って呼んで」

 ニコッ、と笑う。春の訪れを思わせる、そんな笑顔だった。

「俺は佐久間悠だ。よろしく」

「佐久間、悠」

 おかっぱ髪、もとい慶太が俺の言葉を反芻する。どうかしたか、と聞くとなんでもないよ。と返ってきた。

「よろしくね、悠!」

 桜の花弁はいつまでも俺らの頭上に降り注いでいた。

  


 ざあぁ、と木々が風でざわめく。あちこちの木から、白いものがはらはらと絶え間なく降り注ぐ。上から覗く月の光が、それを優しく包むように光っていた。昔聞いた、おとぎ話のお化けを思い出す。美しいところにはお化けが居る。そんな話を。

「悠っ」

 自分の名前を呼ばれて振り返る。一際大きな木の近くに、黒い髪の、同じ年ぐらいの男の子がいた。顔はぼやけてよくわからない。

「今日は何して遊ぶ?」

 相手は俺の反応を心待ちにしているようだった。ああ、これは夢だ。うんと小さい頃、この町を離れる前の。

「ごめん、今日は」

 何を言ったかわからない。でも黒髪の子がしょんぼりしたのが見てとれた。男の子は何か言おうと口を開く。その瞬間、ふっと視界が暗転した。


 少し高校生活を始めてみると、わかってくることがある。そのひとつに、世の中にはできる奴とできない奴が居る、ということだった。クラスの自己紹介の後、クラスの奴らはすぐさま周りに話しかけていき、グループを作っていった。

 俺はまだ一人ではクラスに慣れないでいた。話しかけてくれる奴は居たが、少し話すと、興味をなくし他の奴の方に行く。そうして少しずつ孤立していった。

「すいませーん、悠居ます?」

 突然知っている声が教室に響いた。声の方を向くと、慶太が教室のドアの方からひょこっと顔を覗かしていた。そして俺を見つけると、にぱぁと笑った。

「いたいた。遊びに来ちゃった」

 えへへ、と笑いながら俺の席へと近づいてくる。

「お前自分のクラスんとこ行ってろよ」

「悠に会いたかったんだよ」

 呆れる俺に、いいじゃない、と慶太は笑う。

「友達はできた?」

 少し声を落とし、慶太は俺に聞く。それを聞くのか。

「いや」

「何だ。佐久間の知り合いか?」

 まだ、と答えようとしたら同じクラスの奴が割り込んできた。俺が人と話しているのは珍しいらしく、周りも俺たちをちらちら見ている。こっちは話の途中だっての。

「うん。悠の友達! よろしく!」

 初めての相手だというのに、屈託のない笑顔でそう挨拶した。クラスの奴は話しやすいと判断したのか、明るい調子で慶太に話しかけてきた。こいつこんな風に話すのか。と傍から見て思う。そうだよな、慶太の方が話しやすいもんな。そのとき、俺の中に一つの疑問が生まれた。慶太は俺が友達で本当にいいのだろうか?

 それからというもの、慶太はよく俺のクラスにやってくるようになった。慶太は見かけによらず社交的な人間だった。平然と、まるでそこが自分の居場所かというように、慶太は俺のクラスの奴らと仲良くなっていった。

「慶太、放課後カラオケいかね?」

 ある日、クラスの奴が遊びに来ていた慶太にそう聞いているのを聞いた。

「悠はどうする?」

 いつものように、慶太は俺に聞く。ちらりと誘ってきた奴の方を見るとお前はいらない、という目をしていた。ま、そうだよな。

「ごめん、俺パス」

「だってよ、慶太行こうぜ」

 クラスの奴は慶太にもう一度そう言った。それでいい。邪魔者は退散するさ。もういい加減慣れた。これが俺の人生ならば、受け入れてやるさ。

「うーん、僕もいいや。また誘ってね」

 なんで。慶太の顔を見る。慶太は俺を信じられない、とでも言うような目で見ていた。なんでそんな目をすんだよ。

「悠」

「なんだよ」

 慶太は何も言わなかった。しばらくして、口を開く。

「ちょっと来て」


「本当にいいの?」

 人気の少ない階段の踊り場で、慶太は俺にそう切り出した。

「いいの、って何が?」

「悠は友達欲しいんでしょ。なのに、なんで誘い断るの」

 それは俺宛じゃなかったからだ。誘っていたのは慶太だけだった。なのになんで俺が行かなきゃいけない。そう言えばいいのに、声が出てこなかった。

「悠、君はあの木に願っていたよね。でも、きっかけががいくらできても、自分から行動しなきゃ何も手に入らないんだよ」

「それは出来る奴の言い分だろ。もういいだろ、ほっといてくれよ」

 慶太は社交的な人間だ。その気になればもっと交友関係を広げられるだろう。だったら、俺なんかと一緒にいない方がいい。

「あの木の噂は嘘っぱちだったんだ。あんな馬鹿馬鹿しい噂を信じた俺が馬鹿だった」

「嘘じゃないよ」

 慶太は叫んだ。とても悲しそうな、泣きそうな顔だった。

「嘘だったら、僕と悠は友達になれてないよ」

「あんなの偶然だろ」

「偶然でもさ」

 慶太の目は真剣だった。初めて会ったあのときみたいに。まっすぐで純粋だった。

「噂を少しでも信じてなきゃあそこには来ないよ。たまたまでも、結果的に僕たちは友達になったんだ。そこに嘘はないし、馬鹿馬鹿しくなんてないよ」

 慶太は少し笑う。

「君は少しだけ臆病だね。自分ばかり被害者になって。そんなんだから、周りの優しさに素直になれないんだ」

「うるさい」

 そんなことは知っていた。みんな話しかけてくれた。気にかけてくれた。それを拒否したのは俺だ。思い出すのは、寒い教室。一人きりで座る。周りの雑音。うるさかった。消えてしまいたかった。転校なんてしたくなかったのに。

「大丈夫だよ、僕が居るんだもの。君だってできるよ」

 慶太の目は優しい。俺は怖かった。また一人になったらどうしようって。あんな寒さは二度とごめんだった。

「俺さ」

 声が自然と震えた。

「中学の最後のときにこっちに引っ越してきたんだ。転校なんてしたくなかったから、馴染むもんかって態度が出てたんだと思う。それじゃあ友達なんてできるはずないよな」

 慶太は黙って聞いていた。足がしびれるように冷たくなってゆく。風だけが何も知らず暖かくそよいでいた。

「そんで高校に入ってもさ、それが抜けなくてさ。もうこんなんずっと続けていくんだろうなって思った。でもお前は違ってた。いろんな奴と話そうとしてた。それ見てたらさ、慶太はもっとほかの奴と接するべきなんじゃないかって思ったんだ」

 慶太はぽかん、として、次の瞬間笑いだした。

「なんだよ、笑うなよ」

「まさか悠がそんなこと思ってたなんて知らなくて」

 くそ。恥ずかしい思いをするのはいつも俺だ。

「あはは、ごめんごめん。でも僕は悠がいいな」

 目尻を拭い、お腹を抱えて慶太は言った。

「不器用で優しい、誰かを想って行動する、君がいい。自分をそんなに追い込まないで。ねぇ、悠。今は春だ。新しい季節だ。なんでも始められる。これから変わっていこうよ」

 ね、と慶太は笑った。出会ったときと同じように。

 ほら、もういかなくちゃ。教室に急ぐ慶太の後を追いかける。ふと窓の向こう側を見る。枠の外の桜は、もうじき終わりを迎えようとしていた。



 最初の一ヶ月も半ばまで過ぎた。

 あれから俺は自分の態度を改めるようになった。この頃には幾つかの固定グループが出来ていて、俺も慶太がいなくても同級生に話しかけられるようになっていた。

 その頃からだろうか、慶太は段々元気を無くして行った。話しかけても何処かうわの空。

「慶太、大丈夫か?」

 本日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後になる。

 慶太はいつも通り俺の教室にやってきたが、俺が話しかけても、今日は始終ぼーとしていた。もしかして風邪でもあるんじゃないか? 元気に見せているだけじゃないのか?

「あ、悠」

 なあに、と慶太はへらっと笑う。

「大丈夫だよぉ。ちょっと疲れちゃっただけで。なんともないよ」

「無理すんなよ。新学期始まってそうたってないんだから」

「うん。気をつけるよ」

 大丈夫、と慶太は答えた。

 翌日、俺は慶太を見なかった。


 朝から慶太は一度も俺のクラスに遊びに来なかった。三組を訪ねてもクラスメイトは首を捻るばかり。いつもとは違いすぎて、その日は授業にあまり集中できなかった。

「佐久間って意外と面白い奴だよな」

 帰る支度をしているとき、同じクラスの奴に言われた。確か楠木だったか。

「覚えてるか? 俺たち中学同じだったんだぜ。あん時のお前すげー暗くてとっつきにくかったけど、今全然違うな」

 あのとき、俺は友達なんてできないと決めつけていた。たぶん、自己紹介のときにそんな態度が出ていたんだろう。

 変われたのは、慶太がいたからだ。

「慶太のおかげだな」

「ん? 誰だ? 慶太って」

「誰って佐倉慶太だよ。俺とよくいたろ」

 何を言っているんだ。お前もよく話していたろ。そう言っても楠木は不思議そうに首を捻るばかりだった。

「いや、ずっとお前しかいなかったよ」

「そんなはずは」

 だってずっと一緒に居たのだ。この学校でたくさんしゃべって、昼も食って。見間違えるはずなんてなかった。じゃあ俺は誰と居たんだ?

「どうした人間違えか?」と楠木は笑う。それに、と楠木は続けた。

「この学校に佐倉なんて一人もいないぜ?」

 その言葉に腑に落ちることはあった。慶太が在籍するはずの三組で、いくら慶太のことを聞いても、困った顔をされるばかりだったのだ。

「嘘だろ……」

 後ろに一歩下がると、がたんと自分の机にぶつかった。その拍子にバササ、と音を立てて、机の中のものが少し落ちてしまった。

 こんなときに、とあわてながら机から出たものをしまおうとする。その時、見覚えのない紙に目がとまった。大丈夫か、と声をかけてくれた楠木を他所に折りたたまれた紙を開く。

『満開の桜の下』

 紙にはそれだけ書かれていた。なんだそれ、と楠木が言ったのが後ろで聞こえる。

 この紙を置いていったのは一人しか居ない。思い当たる場所はあそこだ。

「ごめん、用事思い出した! 先帰るわ!」

「お、おー。じゃあなー」

 荷物をまとめ、言いながら走って教室を出る。戸惑いつつも楠木が手を振っているのが見えた。


 暗くなりかけた山道は初めて訪れたときのように不気味だった。日が落ちかけた山は薄い暗闇に包まれる。足元を掬われないよう、気を付けながら道を進む。

 小さい頃、俺はここに来たことがあった。まだ引っ越す前だった。この町を離れたくなくて、どこへともなく彷徨った挙句にたどり着いたのがここだった。

 暗い森を抜けたその先に慶太は居た。

 淡い蕾が綻び、花びらが光を帯びているかのように輝く。深い夜に際立つそれは幻想的だった。何かに似ている、と思った。そうだ。雪に似ているのだ。淡いピンクの花びらは月光に当たって白っぽく、地面にそっと降り積もる。

 慶太はその上に佇んで居た。

「やぁ」と振り返り俺を見る。

「来てくれたね」

 慶太はいつもの様に笑っていた。

「お前、なんで」

「僕なんだよ。願いを叶えてくれる桜の木、ってのは」

 驚いたかな、と慶太は言った。


 少し昔話をしようか、と慶太は言った。

「君に最初に出会ったとき、もう十何年前かな。その時僕すごく暇でね。ご覧の通り僕は老樹なのだけど、その昔はいろんな人から拝まれる木だったんだ。願いを叶える力も、長い年月の中でいつの間にかついていた。だから昔は人がたくさん来たけど、最近はめっきり人が来なくなって、淋しかったんだ」

 だけど、と慶太は言う。

「君が来てくれた。僕すごく嬉しかったよ。子どもと遊べるなんてずっとなかったことだから。一緒に遊んで、君が持っていたお菓子を一緒に食べて。とても嬉しかった。でも君が居なくなると言ったときは悲しかった」

 慶太はそっと目を閉じた。何かを想うように。

「僕には人を引き留めることは出来ない。もう力はなくても、僕はこの場所の主だ。僕はずっとここで見ていく。でもそれももうじき終わる」

「おい、」

 慶太の肩を触れようとする。でもそれは叶わなかった。慶太の体は透けていた。

「ああ、もうこんなんになっちゃったか」

 自分の身体を見渡し、あはは、と笑う。笑い事じゃないだろ。

 以前見た時より、咲いている桜の木が減っているような気がした。今桜が咲いているのは慶太が自分だと言った木だけだった。

「もうね、寿命なんだ。ほら、僕ってもう年だし。こうして実体することも辛くて」

 そう言って、くるくる回って見せた。回る勢いに乗って、散った花弁も少し舞った。でもさ、と慶太は言う。

「また会えてよかった。願いを叶えることが出来て良かった」

終わりを告げるような言葉。待てよ、と叫ぶ。ふざけんじゃない。

「俺たちはずっと友達なんだろ、お前がそれを自分で言ったじゃないか。約束破る気かよ。ふざけんな。お前は俺と一生友達だ。今更無理とか許さないからな。そもそも話しかけてきたのはお前なんだからな!」

 声の限り叫ぶ。いつの間にか頬が濡れていて、それが涙だとわかった。ちくしょう、かっこ悪い。けれど慶太は悲しそうに、困ったように笑っただけだった。

「僕が消えて、二度と会えなくなっても、君は友達でいてくれるのかい?」

「んなの当たり前だろ‼」

 花の嵐が俺たちを包む。暖かい風が吹き荒れて、もう春はとっくに来ていたのだと知った。桜の花びらが顔に痛いほど当たる。でもそれも次第に減っていった。。

「人なんていつ会わなくなるかわかんないんだ。だけど、少し前を振り返って、あんな友達がいた。あんなこと話した。って懐かしく思い出せれば、それで十分なんだよ!」

 ぎり、歯をかみしめる。真っ直ぐに慶太を見る。風が吹き荒れ、慶太の黒々とした髪が舞い上がった。美しいところにはお化けが居る。でもそいつはただ友達が欲しいだけだった。俺と同じように。

「ずっと覚えてやる。満開の桜の木の下で出会った奴のこと。おかっぱ髪のへらへら笑うやつ! 俺の、ここで初めてできた友達だ」

「馬鹿だなぁ。本当に馬鹿だなぁ」

 慶太もいつしか泣いていた。ぼろぼろぼろぼろみっともなく。二人して泣いて、そして笑った。

「また会えるかわからないよ」

「上等だ」

「あはは、君らしい」

 最初の別れは再会を願っていた。そして再会は永遠のお別れだ。けど、俺たちはそれでもいいと思った。また会えたのだ。だから、これで十分なのだ。

 じゃあ、と慶太は笑った。

「さよなら、悠」

「さよならじゃないだろ」

 え、と慶太は驚く。

「またいつか、だ。馬鹿野郎」

 それを聞いた慶太は、笑った。春の訪れのような、優しい笑みで。

「またいつか、悠」

 僕の大事な友達。そう言って、最後の桜の花弁とともに、慶太は消えた。残されたのは散ってしまった花びらと、みっともない顔をした俺だけだった。

 俺だけが春に取り残されていた。


                            了

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満開の桜の下 若槻きいろ @wakatukiiro

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