第20話 ユウカ・サクラコウジ

「ユウカ、誰も信じるな。全ての者を疑え」


 両親が亡くなってから、誰も信じるな、が祖父の口癖となった。信じていた人間に裏切られ、殺された両親。ユウカに二の舞を演じさせまいとする、それは祖父の愛だったのかもしれない。だから、ユウカは素直に祖父に従った。


「ええ。分かっています。お祖父様」


 ユウカもまた、両親を殺した悪役ヴィランを恨んでいた。


 どんなことをしてでも、このケイオスポリスから、この世界から、悪役ヴィランを掃討したかった。だから、祖父の力を存分に借り受けることにしたのだ。


 ユウカは優秀だった。桜小路の後継者として、帝王学をまたたく間に吸収していく。

 桜小路家の跡取りとして、英才教育を受ける日々。他者から知識を得るのを是としながら、同時に他者を疑わなくてはならない矛盾。信じず、疑い、しかし知を奪う。そんな日々を繰り返しながらも、ユウカの心が折れなかったのは、傍らにいつもローマン・バトラーがいたからかもしれない。


 ローマンは祖父の代から桜小路に仕えている執事だ。『忠誠の剣』は桜小路家の敵を打ち倒すための悪望能力であり、護衛執事として最高位の戦闘能力を誇る。もちろん、戦闘だけではなく、執事としても優秀でなければユウカの側近に選ばれることは無い。


 ローマンのサポートは完璧だった。的確な時間管理でユウカのスケジュールを無理がないようにコントロールしながら、ローマン自らも教育に参加する。日々、充分な睡眠時間を取りながら多忙なスケジュールをこなせたのは、ローマンの力があったからだ。


 しかし、それでもユウカは、誰も信じることができない。桜小路家の資産を狙う敵は多い。両親は悪役ヴィランを信じて殺された。誰かを安易に信じれば、ユウカに待っているのは惨めな死だ。


 誰も信じるな。全ての者を疑え。


 祖父の言葉が、呪いの鎖のようにユウカの身体を縛っている。

 ある日、屋敷の自室で、ローマンに問うたことがある。


「ねえ、ローマン。あなたは、必ずわたしを護ってくれる?」

「もちろんですとも」

「どんな敵が来ても?」

「必ず打ち倒します」

「あなたが死ぬとしても?」

「必ず護り通します」


 ローマンの言葉を聞いて、ユウカは昏い瞳でうっすらと笑う。

 信じられなかった。口ではなんとでも言える。ましてやローマンは悪役ヴィランだ。祖父の言葉が繰り返し、ユウカの中で響く。誰も信じるな。全ての者を疑え。


「ローマン。あなたはわたしの命令を何でも聞いてくれる?」

「私は桜小路家の『忠誠の剣』。ユウカ様の命令は遵守致します」


 ユウカはにこりと笑った。


「じゃあ死んで? ――待ちなさい!」


 すぐに命令を停止したのは、ローマンが躊躇いなく剣で自分の胸を刺そうとしたからだ。ローマンの胸元からポタポタと血が滴り落ちる。ユウカの制止はギリギリのタイミングで、少しでも遅れていたらそのままローマンは死んでいただろう。

 ユウカの言葉なら、意味を疑わずに命を捨てるほどの献身。


 ローマンのユウカへの忠義を見て、ユウカの瞳から、涙がこぼれ落ちる。


「ユウカ様。大丈夫ですよ。私がいます」

「ええ。ありがとう。ローマン」


 ローマンの胸元に縋りついてユウカは泣いた。

 ユウカは、自分の気持ちに戸惑ったのを、今でも覚えている。




 悪役対策局セイクリッドのユウカ専用の執務室。

 誰も信じるな。全ての者を疑え。祖父の呪いの言葉を胸に刻みながら、ユウカは今も悪役ヴィランと対峙している。


「それで、何の御用ですか? エイスケさん」


 己が考えていることを悟られないように充分に声色を調整しながら、ユウカは笑顔でエイスケに語りかけた。

 ユウカとエイスケは二人きりだが、ユウカに不安は無かった。第十二課テミスの拠点には対悪役ヴィラン用の武器・罠が無数に仕掛けられており、ユウカの指示一つで使用できるようになっている。エイスケが突如裏切ったとしても、無効化できるだけの充分な設備があるのだ。


「あー、言いづらいんだが」


 エイスケは躊躇いながらも、本題を口にした。


悪役対策局セイクリッドに、内通者がいる」

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