第17話 復興作業

「む」

「あ」


 ハルとはしばらく距離を置いたほうが良いだろう。そう思っていたのだが、墓場で別れてから三◯分後、エイスケは再びハルと顔を合わせてしまった。


「エイスケ、君は僕のストーカーか何かか?」

「そっちが俺の行く先々に着いてきてるんだが?」


 エイスケとハルがいるのは荒れ果てた貧民街だ。『自動人形』の悪役ヴィランアデリー・ソールズベリーと戦った場所である。アデリーの爪痕は深くこの地に残っていた。


 エイスケはこの付近に住んでいたこともあり、スラムの知り合いが多い。今日は瓦礫撤去の手伝いをするため、ついでに通り道の墓地に寄ったのだった。ハルも、おそらく同じだろう。また言い合いになる前にこの場を離れないところだが、人と会う約束があるため、去るわけにもいかない。


「おー、エイスケ、来たか。そっちの瓦礫、どけてくれー!」

「おう、やっておく」


 知り合いの男に頼まれて、瓦礫を手で運び出す。こういう時に悪役ヴィランの身体能力は便利だ。軽々と持ち上げて、撤去作業を黙々と行う。


 ふと同じ場所で作業をしているハルと見ると、エイスケよりも少しだけ分量が多い瓦礫を運んでいた。目が合うと、フンと得意気に笑う。張り合っているのだ。子供だな、とエイスケは思ったが、この程度が限界だと思われるのも癪だ。ハルよりも少しだけ分量を多く運ぶと、ハッ、とハルを鼻で笑った。


「……」

「……」


 言葉を交わさぬまま、暗黙の競技が始まった。少しだけ相手よりも多く瓦礫を運ぶ競技。繰り返していくうちにエイスケとハルが持つ瓦礫の量は徐々に膨れ上がっていく。最終的に一度に十数メートルは積み上げた瓦礫を器用に運びながら、こんなことになったのを後悔していた。


 しかし、今更エイスケのほうから止めるわけにもいかない。息を切らしながら、ハル、早く降参してくれと視線を送るが、ハルも高く積み上げた瓦礫を運びながら同じ目線を向けてくる。エイスケ、とっとと降参しろ。


「何をやっているのかネ?」


『少女愛』の悪役ヴィランウーロポーロ・ヨーヨーが呆れたような声で話しかけてくるまで、ハルとエイスケの意地の張り合いは続いた。




 瓦礫撤去が終わった後のウーロポーロの活躍は圧巻だった。

 ウーロポーロがパチリと指を鳴らすたびに、貧民街に新たな住宅が建っていく。『少女愛』の悪望能力による物質生成だ。それを見ていた周囲の人々が感嘆の声を上げた。そこにはエイスケも含まれている。


「マフィアが地区の復興も手伝ってくれるとは知らなかったな」

「ヨーヨー・ファミリーは市民に寄り添うマフィアだからネ」


 ヨーヨー・ファミリーと悪役対策局セイクリッドが協力関係にあるという話はどうやら本当らしい。ウーロポーロによってあっという間に元の形を取り戻した貧民街にエイスケは感動する。


「それにしても旦那の悪望能力、すげえな」

「すごいだろウ、少年。もっと褒めてくれたまエ」

「よっ、天才。ついでに俺のために金銀財宝も出してくれないか?」

「ダメに決まってるだろウ」


 やっぱり駄目かあ、とエイスケは軽く落胆するそぶりをしておどける。マフィアのアジトではなく、外で会うぶんには逃げ場が多い。ウーロポーロと話していても先日ほど緊張はしなかった。


「そもそも、自由自在に好きな物体を出せるような便利な能力では無いのだヨ。性質としてはキミの悪望能力に似ているものダ」

「似ている? 『不可侵』の悪望能力と?」


 まさカ、と笑ってウーロポーロはエイスケの耳元で囁く。


「――の悪望能力とだヨ」

「……旦那」


 エイスケが警戒するようにウーロポーロを睨むと、おお怖イ怖イとウーロポーロは引き下がった。ウーロポーロの部下には情報収集に長けた悪役ヴィランがいる。悪役対策局セイクリッドの新入りの情報を調べていたとしてもおかしくはないが、油断していたことは否めない。


「それで、ワタシに聞きたいこととはなにかネ?」


 ウーロポーロに聞き込みの約束をして呼び出したのはエイスケだ。ウーロポーロが指定した場所が、エイスケにとっても用事のある場所だったのは都合が良かった。

 ブラハード・バーンが使用していた悪望能力を強化するドラッグ。ウーロポーロは、確かにそのドラッグのことを口にしていた。何か情報を握っているかもしれない。


「ブラハードが悪望能力を強化するドラッグを使っていた話は聞いているだろう? 旦那が何か知ってないかと思ってさ」

「こちらで何か掴んだら、ユウカに伝える手筈になっているヨ。ユウカは元気かネ?」


 ウーロポーロが相好を崩した。子供の話で惚気ける親のような表情だ。


「あの娘は悪役ヴィランが嫌いなのだろうが、嫌そうな表情もまた良いんだよネ」

「……旦那?」


 常に人員が不足している第十二課テミスが、よくヨーヨー・ファミリーのような大規模マフィアと協力関係を結べたものだと思っていたが、よく考えたらウーロポーロは『少女愛』の悪役ヴィランなのだ。たんにユウカのことが気に入っているから協力してくれている可能性がある。


「ユウカは、まあ元気そうだったぜ」


 そうかイ、と満足そうに頷くウーロポーロ。もしかしたらユウカはヨーヨー・ファミリーから無償で情報をむしり取ってるんじゃないかと不安になってきたが、怖くて聞けない。悪役ヴィランを駒としか思っていないあの少女ならあり得る話だ。


 とにかく、情報提供にウーロポーロは乗り気のようだ。エイスケは気を取り直すと、次の質問をすることにした。ある意味、こちらが本命だ。


 エイスケは、ハルと一緒に『燃焼』の悪役ヴィランブラハード・バーンの拠点に乗り込んだ時のことを思い出していた。あの時、急な襲撃であったにも関わらず、ブラハードと手下たちはエイスケたちに即座に対応してきた。まるで、最初から悪役対策局セイクリッドの襲撃を察知していたかのように。


「ブラハードに、悪役対策局セイクリッドの情報を伝えていた人間がいるかもしれない」

「ブラハードにかネ?」

「俺とハルがブラハードの拠点を襲撃した時、ブラハードたちの対応が早すぎたんでな。例えば、誰かが悪役対策局セイクリッドの襲撃を予めブラハードに伝えていたのかもしれない」

「いつも準備していたのかもしれないネェ」


「それだけじゃない、ハルの報告書にはこう書かれていた。”ブラハードが僕の名前を知っていた。名前が知られてきていて嬉しかった”。悪役対策局セイクリッドの特別捜査官の名前が、焼殺犯に知られてるなんてことあり得るか?」

「ハルが有名になったのかもしれないネェ」

「誰かがブラハードにハルの名前を垂れ込んでいたってほうが筋が合うぜ。例えば、ブラハードの拠点情報を提供してくれた親切なマフィアとかな」


 ウーロポーロを露骨に疑っている発言に対して、ウーロポーロは怒るでもなく、呆れた表情を浮かべた。


「エイスケ、子供がじゃれついてくるのは嫌いじゃないガ、思ってもないことを言うのはやめたほうが良イ。キミだって気付いているんだろウ?」

「うぐ」


 エイスケは口を閉じた。エイスケだって分かっている。あの日、ウーロポーロを訪ねたのはハルの気まぐれだ。


 そもそも『少女愛』の悪役ヴィランウーロポーロ・ヨーヨーは、少女を殺したブラハードに怒りを抱いていた。ブラハードと繋がる理由が無い。悪役ヴィランは嘘をつくことはあっても、己の悪望にだけは嘘をつくことは断じてない。


 しかし、ウーロポーロ以外を疑うとなると、一つの組織が有力候補に上がってしまう。


「キミたちの行動を把握していテ、事前にブラハードに情報を提供できる組織があるだろウ」

「やっぱり、そうなるよな」

悪役対策局セイクリッド。それも第十二課テミスの誰かだろうネ」


 エイスケはため息をついた。ブラハードをハルとエイスケが調査していることを知っていて、ブラハードに悪役対策局セイクリッドの行動を伝えることができる組織。それが悪役対策局セイクリッドだったら筋が通るのだ。

 何より問題なのは。


「旦那、この場合、一番怪しいのって誰だと思う?」

「目的を隠して悪役対策局セイクリッドに潜り込もうとした新人」

「ですよね!」


 ただでさえ新入りのエイスケには踏み込みにくい問題だ。悪役対策局セイクリッドに内通者がいるのが確定するまでは、黙っておいたほうが良いだろう。


「エイスケ、悪役対策局セイクリッドが嫌になってマフィアになりたくなったらいつでも訪ねてきてくれて良いゾ」

「いやあ、旦那。こっちはこっちで事情があるんだよ。しばらくは悪役対策局セイクリッドの世話になる予定さ」

「それは残念。聞き込みはこれで終わりかネ?」

「ああ。知りたいことが知れて助かったよ」

「そうかイ。それはそれとしてだネ」


 ウーロポーロは離れたところで座っているハルの様子を伺う。ハルはなんだかふてくされた様子で休憩していた。


「ハルと何かあったのかネ。なんだかキミたち、ぎこちないじゃないカ」

「あー、ちょっと揉めちまってね」


 エイスケが気まずそうに言うと、ウーロポーロは目を輝かせた。お節介な親戚のおじさんのように身を乗り出してグイグイ踏み込んでくる。


「相談に乗ろうじゃないカ。ワタシはこう見えても悪役ヴィラン同士の揉め事解決は専門分野サ」

「あんた部下の揉め事をアームレスリングで決着つけてなかったか?」


 とてもじゃないが揉め事の解決が上手いようには見えない。相談したら「ボクシングで決めるのはどうかネ?」なんて言い出しかねない。


 しかし、ウーロポーロはこれでもマフィアの首領を務めている男だ。解決方法はともかく、悪役ヴィラン同士の揉め事に慣れているというのは嘘じゃないだろう。相談してみるのも良いかもしれない。


 エイスケは事の経緯を説明した。ハルとバディを組んだこと、模擬戦が上手くいかないこと、ハルが悪役ヴィランを嫌っていること、そう言われてエイスケはモヤモヤしていること、ハルの話を聞いたうえで共感できないこと。ウンウンと頷いていたウーロポーロは、後半のくだりになるにつれてニヤニヤと笑みを浮かべ、最後まで聞くと口元に手で覆いながら叫んだ。


「つまり……そういうことだネ!」

「どういうことだよ」

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