第16話 墓参り
エイスケの親友アルミロ・カサヴォーラが眠る墓地は、ケイオスポリスのサウス・エンドからスラムへ続くちょうど入り口のあたりにある。花束を持ってアルミロの元に向かいながら、エイスケはなぜ自分がこんなに腹を立てているのかを考えていた。
ケイオスポリスでは
そもそもハルが言っていることは間違いではないのだ。他者を傷つけてでも叶えたい願いを悪望能力として顕現させた
アルミロの墓に辿り着き、花束を置く。
「なんでハルに言われるとこんなに腹が立つんだろうな。顔が憎たらしいからか……?」
アルミロに聞いてみたいところだが、この親友が生きていたところで豪快に笑い飛ばすだろう。そういう男だったのだ。アルミロによく言われていた言葉を思い出す。
エイスケ、お前はいつも考えすぎだ。
◇◇◇
あれは今から三年ほど前、エイスケが十四歳ぐらいの頃だったか。
身体の丈夫な
「ガッハッハ! エイスケ、お前はいつも考えすぎだ!」
「考えすぎて悪いってことはねえだろう、アルミロ」
大口を開けて笑うアルミロにエイスケは眉根を寄せる。
「俺たち
「ガッハッハ! 相変わらず暗いこと考えるなあエイスケ!」
「まあ聞けよ。それは別にいい、それは別にいいんだ。でもさ、どんなにしょうもない最期を迎えたとしても、俺には『これ』があった、『これ』があったんだから別にいいじゃねえかってのは欲しいんだよな」
「俺たち
「あんたたちにはあるだろうが……俺にはない」
エイスケは肩を落とした。エイスケの悪望は自分のものとは思えない借り物のようなもので、この悪望に従って生きて最期を迎えた時、後悔しない自信が無かった。
「どんな
心底羨ましかった。
「だから考えすぎだ! お前の悪望は必ずお前を笑って死なせる!」
「そうかあ?」
どうにも伝わってない気がする。死んで、地獄に堕ちて、現世よりも辛い地獄の責め苦が待ち受けていたとしても、『これ』に殉じたから耐えられる、エイスケはそんな悪望が欲しかった。偽物ではない、本物の悪望。
アルミロには分からないのだろう。その悪望能力で祖国を護ったアルミロは、エイスケのように空っぽではなく本物の悪望を抱いている。
まあいいさ、話す機会は何度でもある、とエイスケは諦めた。アルミロとは付き合いが長い。今後も腐れ縁は続くだろう。
しかし、次にこの話題が二人の間で出ることは無かった。
アルミロ・カサヴォーラは殺されて、もういない。
◇◇◇
アルミロの墓参りを終えて、隣接する教会に向かう。
教会への道の途中、古傷だらけの顔の男が、誰かの十字架の前で祈っているのが見えた。傷顔の男は、祈りを終えると、エイスケのほうを見て笑う。
「はあい、エイスケちゃん」
「……」
エイスケが即座に警戒体勢を取ったのは、その男から血の匂いがしたからだ。あまりにも濃厚な死の気配。それに、どこかで会ったことがあるような気がする。いったいどこだ?
「あなたもお墓参り? あたしもね、お母さんに祈ってたの」
「あんた、何者だ?」
「どうだっていいじゃない、そんなの。本当はね、ちょっとエイスケちゃんとお話しようかと思ってたんだけど」
傷顔の男は、エイスケの顔をジロジロと舐め回すように見てくる。
「その表情を見たら興味無くしちゃった」
男の言うことは嘘では無いのだろう。本当にエイスケに興味を無くしたかのように歩き出す。エイスケとすれ違った時、ポツリと男は呟いた。
「偽物の悪望。惨めね、あなた」
◇◇◇
教会に顔を出して顔見知りのシスターに挨拶をする。すぐに帰ろうとすると、呼び止められた。
「エイスケさん、同じお洋服を着たお友だちがいらっしゃってますよ?」
「お友だち?」
シスターが指をさしたほうに顔を向けると、花束のお化けみたいなのがいた。小さな手にたくさんの花束を抱えているせいで、視界が悪いのか、あちこちにぶつかりながらうろうろしている。確かにエイスケと同じ
見ていられない。慌てて花束をいくつか引き受けると、ハルと目が合う。
「エイスケ。なんでここに」
「親友の墓参りだよ。そっちこそどうして」
「家族の墓参りさ。……持ってくれてありがとう」
さきほど軽い喧嘩をしたばかりなので気まずい。エイスケは無言で、ハルが墓地の中を進むのについていく。
ハルはとある一角の墓地に花束を置くと、祈りを捧げた。次に違う墓に行くと、同じことを繰り返す。それを何度も繰り返す。十字架たちには死者の名前の他に孤児院の名前も彫ってあり、同じ出身であることが伺えた。死んだ年を見れば、まだ子供のうちに亡くなったのが分かる。
「家族、って言ったか。……
「ああ。助けられなかった」
エイスケが生まれるずっと前には、世界にはたった一人の悪望能力者しかいなかったらしい。そのたった一人、『可能性』の
それが、始まりだ。悪望能力者を生み出す悪望能力者の誕生。『可能性』の
そうして、世界は一度終わった。『凶獣』の
第二世界では今もなお、
「エイスケ。僕はただ、皆が笑って過ごせる世界が欲しいだけなんだ。そのためなら、
決意がにじむ言葉を、ハルがポツリと呟く。
ハルも、ハルの家族も、その被害者なのだろう。
「
ハルの気持ちは理解できる。ただ、理解できるだけだ。
ハルの事情を知っても、エイスケは共感できなかった。どうしても、出会ってきた
それらの願いは、
エイスケには分からない。誤魔化すように最後に手に持った花束を持ち上げる。
「この花は?」
「ああ、君も知っている人のためのものだ」
ハルの後をついていき、一つの十字架に着く。アシュリー・バークレイ、ここに眠る。エイスケが戸惑ったのは、聞き覚えの無い名前だったからだ。誰だ?
「分からないのか?」
ハルの声には、諦念の色が強く滲んでいた。
「そうだろうな。気にするなよ、エイスケだけじゃないんだ」
ハルとエイスケの価値観の断絶に対する諦め。あるいは、ハルと他の人間とのだろうか。
「アシュリーはな、ブラハード・バーンに焼き殺された少女だ」
『燃焼』の
めまいを覚えた。ハルのことを知れば知るほど、理解できなくなっていく。
エイスケにだって友人の死を悲しむ人の心はある。だが、自分が預かり知らぬところで殺された少女の名前を覚えて、死を悼む?
「ハル、お前正気か? そうやって護れなかったもの全部引きずって歩くつもりか?」
「当たり前だ。僕はな、エイスケ。悪い奴らを全員打ち倒して、罪のない人々を全員護れなくちゃ気が済まないんだよ」
それが、『正義』の
ハルが、ウーロポーロに反抗した時のことを思い出す。あの時、ハルは、自分の命を危険に侵してでも、殺人を拒否した。ハルにとっては、命を賭けてでも『正義』は守るべきものなのだ。
正真正銘の、エイスケが持っていない『これ』。それがなんだかエイスケには妬ましく思えて、毒づいてしまう。
「
「
去っていくハルに、エイスケは何も答えることができなかった。
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