第11話 突入

 ブラハードは、悪役対策局セイクリッドの制服を着た二人組が歩いてきているのを、自身の拠点であるビルの最上階から眺めていた。金髪の少年と黒髪の少年の二人組だ。

 この位置は監視をするのに最高の場所だった。標的の姿が見やすく、攻撃するのも容易い。


 あの男が言っていた通りだ。ブラハードは傷顔の男から悪役対策局セイクリッドの情報を入手していた。悪役対策局セイクリッドの行動は筒抜けになっており、殺す準備はすでに整えてある。

 あんな子供をよこすとは、舐められたものだな。


 悪役対策局セイクリッドは、悪望能力によって罪を犯した悪役ヴィランを逮捕しているという。


 奴らは、少女を燃やしたブラハードを捕まえに来たのだろう。もしくは、殺しに来たのかもしれない。それを返り討ちにするのをブラハードは想像する。

 狩る側だと思っていた少年たちが、実は狩られる側だと知って絶望する姿。


 ――なんて、燃やしがいがある。


 ブラハードは興奮し、たまらずに窓を開け放つと、手元に高熱の火球を生み出し、悪役対策局セイクリッドの金髪の少年に向けて打ち放った。


 ここでじっくりと燃える様を眺めてやろう。さあ、悲鳴を聞かせてくれ。

 少年が燃えるところを見逃すまいと、血走った目で凝視する。

 だからこそ、何が起きたのかはっきりと視ることが出来た。

 ブラハードの火球が少年に当たる直前、火球がかき消えたのだ。


 少年はいつの間にか片手剣を握っている。


 ――悪望能力? 俺の火球を斬った?


 ブラハードは傷顔の男から手に入れた悪役対策局セイクリッドの悪望能力を思い出していた。

 あれが情報にあった、ハル・フロストの『正義』の悪望能力か。最高だ。簡単には燃やせないからこそ、焼いた時の絶叫にカタルシスがあるのだ。

 金髪の少年が燃え踊る姿を想像して、ブラハードはニタリと笑った。



 ◇◇◇



「おいハル、マジで正面から乗り込むのか?」

「当たり前だろ。『正義』の味方は悪党を正面から叩きのめすものだ」


 ハルの独特の正義感にため息をつきながら、エイスケはハルの数メートル後ろを歩く。既にブラハードの拠点が見える位置にいる。いつ悪望能力による攻撃を仕掛けられてもおかしくはない。


 正気とは思えないが、ハルは自信満々に歩いている。アデリーとの戦いで見せたあの身体能力なら、本当に正面からでも打ち倒せるかもしれない。

 エイスケは注意深く周囲を警戒しながら、ハルについていく。


 ブラハードの拠点に近づいたところで、案の定、ビルから『燃焼』の悪望能力による火球が高速で飛んできた。


「おいハル! 危ねえ!」


 ハルは一切慌てずに『正義』の悪望能力によって片手剣を具現化すると、その火球を叩き切った。


 ハルの斬撃によって消失する火球。ハルの悪望能力を見るのは『自動人形』の悪役ヴィランアデリー・ソールズベリーとの戦闘を含めて二回目だ。前回は『自動人形』の悪役ヴィランの機械人形を一撃で戦闘不能に至らしめ、今回は『燃焼』の悪役ヴィランの火球を一撃で消失させた。


 エイスケはハルの悪望能力を理解しつつあった。『正義』の悪望を名乗っていること、そして異常なまでに対悪望能力に優れていること。おそらく、ハルの悪望能力は他者の悪望能力の出力を下げる能力だ。


 ハルは火球が飛んできた方向に走り出し、エイスケも慌てて後を追う。

 ビルの最上階から何度も火球が飛来するが、そのことごとくをハルの剣が斬り落とす。


 強い。エイスケはここまで対悪役ヴィラン戦闘に特化した悪望能力を見たことがない。身体能力も他の悪役ヴィランとは一線を画する。ハルはこともなげにやってのけるが、音速に近い速度で飛来する火球を何度も斬り落とすなど、そう簡単に出来ることではない。


 ウーロポーロ・ヨーヨーはハルのことを悪望深度Aと呼んでいた。確固たる信念をその身に宿していなければ、そのような階位に辿り着くことなど出来ないだろう。まさしく悪役対策局セイクリッドの怪物だ。


 火球を斬り捨てながら走り抜け、やがてビルの入り口に着いた。


「エイスケ、ビルの中の連中は任せられるか?」

「ブラハード以外は非能力者だろうからな。問題ないが……二人で行かないのか?」

「僕はブラハードのところに直接行く」

「直接行く?」


 エイスケが戸惑っているうちに、ハルはビルの壁を駆け上りはじめた!


 ビルの中を通らずに、直接ブラハードがいる最上階まで登るつもりだろう。信じられない運動能力だが、悪役ヴィランの肉体でなら決して不可能ではない。


 エイスケはハルの単独行動にため息をつきながらも、自身の役割を整理する。ハルがブラハードと直接戦うというならば、自分がやるべきことは一つしかない。

 事前情報だと、ブラハードには十数人程度の部下がいるという話だった。エイスケが対処しなければ、ブラハードに加勢されてしまうだろう。速やかに制圧する必要がある。


 エイスケはシャッターで閉まっているビルの入口を蹴破ると、中に飛び込んだ。

 飛び込むと同時に、中で構えていた男たちの剣呑な声を聞く。


「死ねや」


 ブラハードの部下たち『バーナーズ』は既に臨戦態勢に入っていた。

 ビルの入り口に対して銃口を向けて待ち構えており、エイスケが飛び込んだ瞬間に複数の銃声が鳴り響く。


 準備が良すぎるのに強い違和感を覚える。エイスケとハルが姿を現してから数分と経っていないのに、男たちには戸惑いがない。

 しかし、待ち構えられていたとしても、全く問題はない。ブラハードの部下たちは間違いを犯していた。彼我の距離は20メートルにも満たない。こんな近接距離まで悪役ヴィランを近づかせた時点で、既に勝敗は決している。


「悪いがここは『不可侵』だ」

「なっ!?」


 銃弾はエイスケに届かず、全て空中で壁に当たったかのように跳ね返った。

『不可侵』の悪望能力は視えない立方体の障壁を作り出す。サイズが小さいほど強度は跳ね上がり、数センチメートル四方の小型の障壁は銃弾すら通さない。侵略を許さぬ絶対防壁の悪望能力、文字通りの『不可侵』である。


「来るな! 来るんじゃねえ!」


 さらに続く銃声。悠々とエイスケは『不可侵』の悪望能力によって銃弾を止めながら歩き、一人一人を殴り飛ばして気絶させていく。それは既に戦闘ではなく、作業と化していた。


 入り口にいた男たちは十人ほどだった。その全員が倒れ伏すまでにかかった時間は、たった三十秒ほど。


 仮に悪望能力を使わなかったとしても、やはりエイスケが勝利しただろう。

 悪役対策局セイクリッド悪役ヴィラン犯罪に対処するために悪役ヴィランを使う理由がこれだ。悪役ヴィランとただの人間では、戦闘においては象とアリほどに格が違うのである。拳銃一つでひっくり返せるような能力差では無い。


「とりあえずここは制圧したが……計算が合わねえな。まだ十人ぐらい残ってるか」


 ブラハードの部下たちに、ハルとブラハードの戦闘を邪魔させる訳にはいかない。エイスケは二階に向けて駆け出した。

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