46話 (完)笙胡と麻衣

「……ごめんね、麻衣さん。私、余計なこと言っちゃったね……」


 笙胡の顔はもう涙でぐちゃぐちゃだったけれど、同時に満面の笑顔でもあった。それだけ感情を刺激される時間だったということなのだろう。

 

「いえ、そんなことないです!!」


 笙胡の最後の晴れ舞台がこうまで感情的なものになった原因の一部は、なみっぴさんをけしかけた私にもある。その責任感から私の感情もすでにぐちゃぐちゃだった。


 多分お互い意味がよく分からないままに、私と笙胡は抱き合っていた。


「……笙胡さんの最後の本音はとても意味のあるものだったと思います。みんな笙胡さんが負けず嫌いで、だけどアイドルを貫くために本音を隠しているのも知っていたんだと思います。……でも、だから、ファンの皆さんも最後の最後に笙胡さんがそれを崩して本音が聞けたことがとても嬉しかったと思いますよ」


「……そっかなぁ? そうならいいんだけどね……」


「私も笙胡さんの本音が聞けて嬉しかったです。私も笙胡推しの1人として頑張ってきた甲斐があった気がします。……運営側の1人としては耳の痛い話ですけどね。笙胡さんほどの人物を生かしきれなかったのは運営の責任だと思います。……でも今回笙胡さんがこうやって本音を言ってくれたことは、きっと後輩メンバーみんなのためにもなると思います。WISHはこれからもずっと続いていくんです。 WISHは必ずもっと良いグループになっていきますから……」



 これだけの数のメンバーがいれば、どうしたって光を浴びにくいメンバーは出てくる。でも矛盾するようだけどそうしたメンバーがいなければWISHというグループは成り立たない。彼女たちのモチベーションを保ち、可能な限り活躍の場を作ってあげることがWISHの今後のさらなる飛躍には間違いなく必要なことなのだ。


 笙胡は私から少し離れて、ふっと笑った。


「あのね麻衣さん。私のアイドル人生、どこでどう決まったのかな? って今まで何度も考えたんだよね。加入したての頃に……それこそ奈美の件があった時もそんなこと気にしないで……もっとガンガン前に出ていたら、今頃私のポジションは違ったのかな? とか思ったりさ。……それか逆にもっと最初は抑えておいて途中からパフォーマンスを上げてったら人気出たのかな? とか思ったりしてさ……。ほら、アイドルって成長のストーリーを見せてくものじゃない?」


「う~ん、どうでしょうかね……。オタクの人たちは結構鋭いですからね、そういうのはあんまり上手くいかないような気もしますけど……」


「そっか。やっぱそうだよね……。ステージに立って曲が流れると、どうしてもスイッチ入っちゃうんだよね。多分これは私だけじゃないと思う。ステージに立つと誰かを演じることは出来ないんだよね。どうしても素の自分が出てきてしまうって感じかな。……まあだから、やっぱりこれが私のアイドルとしての限界だったのかなって気もするね」


「笙胡さん……」


「まあ、私のアイドル人生は後悔だらけで全然誇れるようなものでもないんだけどさ、でもそれだけ後悔が多いってことは他の成功してるメンバーより豊かなアイドル人生だったんじゃないかな、って気もするんだよね」


 笙胡の最後の笑顔はとても透明なものだった。

 後悔も諦念も含んでいるからこそのとても透明な笑顔だった。




「ちょっと笙胡もうこっち来なよ! 麻衣さんもまた後で良いでしょ!」


 笙胡の笑顔の意味を考えていると、笙胡は待ちきれなくなったメンバーに手を引かれ、彼女を祝うメンバーたちの歓喜の輪に入ってもみくちゃにされていった。

 その輪の大きさと温かさは、笙胡が一番近しい存在であるメンバーたちから如何に愛されていたかの証拠だろう。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 笙胡たちの最後の握手会が終わった翌日、私は事務所に来ていた。

 一応自分のデスクでパソコンを開き、何らかの仕事をしているフリはしていたが、頭はまったく働いていなかった。昨日の今日で何か自分がもぬけの殻になってしまったような感覚だった。


 このまま意味のない時間を過ごしても仕方ないので、ずっとグルグル回っていた笙胡の言葉を社長に思い切って投げてみることにした。


「社長……?『後悔が多い方が豊かな人生だ』って最後笙胡さんは言ってたんですけど……社長はその言葉、どう思います?」


「……さあねぇ、まったく考えたこともなかったわ。笙胡は私の半分くらいの時間しか生きていないはずなのに、私よりも人生について多くを知っているのかしらね」


 社長は冗談めかしてそう答えたが、とても冗談には聞こえなかった。

 もしかしたら笙胡の言う通りなのかもしれないけれど、私には想像も出来ない境地だった。アイドルとはそんなにまで思い詰めて考えなければいけないのだろうか? 私の見ていたよりも何倍もの苦労を本人は味わっていたのだろうか? 想像すると少し怖くなってくるようだった。


「あのね麻衣……。前も言ったと思うけれど、私も社長として彼女たちの貴重な時間を預かることがとても怖く思うことがあるわ。特に笙胡のような苦労をかけたメンバーを見ているとそう感じるわ。でも、だからといって私は自分の立場を下りて誰かに自分の仕事を任せることは出来ないわ。私のような人間がいなければ彼女たちが輝ける場をそもそも設けることが出来ないんだから。……それに、笙胡はたしかにWISHの中では注目されることの少ないメンバーだったかもしれないけれど、そんなことで彼女の素晴らしさが一ミリでも損なわれるわけではないわ。彼女の立場だから彼女のファンには深い感動を与えられたんじゃないかしら?」


 社長の言う通りだ。やはり社長にはかなわない。

 そこまで彼女たちを俯瞰して、それでいて責任感をもって彼女たちを優しく包み込む。そんな存在にいつか私もなれるのだろうか?


「はい、そうですね……。誰もが陽の当たる場所を歩けるわけではないですね。でもいつだって皆は置かれた場所で精一杯の花を咲かせているんですね」


 例えどんなに注目されなかったものだとしてもアイドルというものは素晴らしい。メンバー1人ずつに本当に個性的なそれぞれのストーリーがあって、その中で必死にもがき苦しみ輝いているのだ。注目度の差でそのストーリーの優劣をつけるなんてことは出来ない。


「あ、そうそう、笙胡なんだけど。ちょっと落ち着いたらダンスの講師として戻って来たいって連絡があったわよ」


「え!?」


「何かやっぱりまだWISHにまだ関わりたいって思ってくれているのかしらね。しばらく仕事が落ち着くまでは難しいけど、余裕が出来たら週末だけでもメンバーのレッスンを手伝いたいって……やっぱり昨日の握手会のことが刺激になったみたいよ」


「………………そうですか、そうですか、そうですか!」


 もちろんすべては笙胡自身が決めたことだし、その意図もまだ完全には分らない。だけど彼女がWISHでのアイドル人生をポジティブに捉え直してくれたような気がして、私はとても嬉しかった。


「まあ、また詳細が決まったら麻衣にも知らせるわ。それよりも次の企画なんだけどね……」

「は、はい!」


 こうしてまた私はWISHのマネージャーとして、メンバーたちと向き合う日々を送ってゆくことになるのである。






(つづく)






※池田笙胡編はこれにて完結となります。ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。少しでも面白いと思われた方はレビューの欄から★を投げていただけると今後の創作の励みになります。よろしくお願いいたします。



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【番外編】転生したら人気アイドルグループの美人マネージャーになって百合百合しい展開に悩まされている件 きんちゃん @kinchan84

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