44話 最初で最後のセンター

 なみっぴさんの挨拶が終わり、再び笙胡がマイクを握った。


「はい……なみっぴさん、ありがとうございました。えっと彼女、なみっぴとは私がお披露目の頃からの付き合いで、いつもなみっぴには支えられてきました。それで、今言ってたように彼女は元々別のメンバーのオタクだったんですよ。……まあ調べればすぐに分かることだから言っちゃうけど、川合奈美っていう同期の子がいてですね、運営も最初の頃は私と彼女をライバル的に売り出そうとしていたんだと思うのね。私と彼女は同じ年齢だったし背格好もパフォーマンスもどこか似ていたんだと思う。ポジションもシンメのことが多かったし、写真撮影では隣のことが多かった……」


 WISHに限らず、大人数のアイドルグループではコンビ・ライバル的な関係を構図として打ち出すことでメンバーを売り出す……というのは割とよくある手法である。2人のキャラも立つし、対称となる2人がいるということで全体が引き締まって見えたりもするものだ。そして、これは良いことか悪いことか分からないが、それぞれのファン同士の対立・競争が盛り上がるほどその熱量が全体に波及してゆく……という意味もあるのだ。


「でも加入してすぐくらいにケンカしちゃって……原因はダンスのことかフォーメーションのことか……ほんとに些細なことだったからきちんとは覚えてないんだけど……でも私も奈美もお互い意地っ張りで謝れないまま時間が過ぎて、で彼女はそのまま卒業しちゃった。……てっきり奈美はWISHのこと、ましてや私のことなんか見たくもないんだと思ってたのに……。ずっと応援してくれてたなんて、本当に嬉しいです……」


 そう言うと笙胡は深々と頭を下げた。

 それはその場にいる自分のファンたちに対してのものかもしれないし、アメリカにいるというかつてのライバルに向けての一礼だったのかもしれない。


 会場からは自然と静かな拍手が起こった。

 ……だけど、笙胡はまだまだ本音をすべてさらしたわけではない。言わばサービスとして『笙胡オタ皆が望むであろう池田笙胡の本音』を見せたのだ。……いや、これも間違いなく本心ではあるのだろうが、この後笙胡のさらなる本音が出てきたことで、後になって私はそれに気付いたのだ。




 笙胡は一礼した頭を上げると、トコトコと歩いて私の元に来た。




「……麻衣さん一応確認だけど、今日は密着のカメラ回してないよね?」

「はい? 私は今日は握手会のスタッフ業務に追われていましたから、そんなことする暇はありませんでしたし……」


「メディアのカメラも入ってないんだよね?」


「は、はい……。握手会の様子までは多くのメンバーを撮影してましたけど、握手会後にこうした催しが行われることは知らなかったようで、カメラマンの人たちはもう帰られました……」


 笙胡の妙な迫力に押されて、私は思わず素直に答えてしまったが……なぜ笙胡は映像が残ることをそんなに気にするのだろうか?

 そう問い直す間もなく笙胡は軽くうなずくと、再びファンの前に立ちマイクを握り直した。




「……えっとさ、奈美の名前まで出されちゃったら私も本音を言うしかないよね。……私は悔しいよ! 悔しくないわけないじゃん! もっともっと私はやれるってとずっと思ってたよ……」


 今までは感謝を述べる言葉ばかりだった笙胡だが、なみっぴさんの言葉に触発されたのだろう。ようやく本当の本音を見せてくれたように思う。だが不思議と口調も表情も今まで同様穏やかなままだった。


「……っていうか、さ加入してすぐに気付いたよね。私は場違いなところに入っちゃったって。周りのみんな異常に可愛いんだもん。私も子供の頃からカワイイってずっと言われてきたから、それなりに可愛いと思って生きてきたけどさ……どう考えても私は並の可愛さだって気付きましたよ。ええ」


「そんなことないよ~!」


 ここぞとばかりに会場のオタクからお決まりのフォローの言葉が飛んだが、笙胡はそれを笑いながら否定した。


「あぁ、いや、まあ私も一般人の中では可愛い方だと思うよ? でもさ客観的に見てWISHっていう国民的アイドルの中で太刀打ち出来るほどのルックスではないのよ。これは事実としてさ。……でもね、だからすぐに『自分の強みであるパフォーマンス面では誰にも負けないようにしよう!』って思ったんだよね。『そうすればきっとファンの人もきっと分ってくれる!』って自分に言い聞かせて頑張ってきたんだよね……」


 会場は固唾を飲んで笙胡の次の言葉を待っていた。

 そしていつの間にか、私の横には握手を終えたメンバーたちも集まって笙胡のスピーチを聞いていた。


「……でも、奈美の件があってから自分が何をすれば良いのか分からなくなっちゃった。それに単にガムシャラにダンスのレベルを上げることが、このWISHっていうグループに求められているわけでもないことに気付いたんだよね。……それからの私は『私には何を求められているんだろう?』 『WISHに自分が居続けることで何の意味があるんだろう? 』ってずっと迷いながら活動してきた気がするんだよね……。いや、そんなこと気にしないで単純に自分が思う通りのアイドルをやってこれば良かったんだろうけどさ……」


 笙胡はそこで間を置いて少し笑った。


「いや、私もこんなこと話すつもりじゃなかったのよ? きちんと『アイドル池田笙胡』を演じ切ってみんなに惜しまれつつ卒業してくつもりだったんだよ? でもなみっぴに奈美の話とかまでされたら胸の奥にあった感情が急に溢れてきたっていうかさ……いや、話すことで自分の中にそんな感情があったことに気付いたっていうか……いや、でもね! これだけは誤解しないで欲しくないんだけど、私はWISHに入ったこと、WISHで活動してきたことは1ミリも後悔してないから! 私自身のことを振り返ったらそりゃあ後悔だらけだけどさ……でも憧れていたアイドルになれて、毎日大好きなメンバーたちに囲まれて、歌とダンスのことばっかり考えて……幸せでないわけがないよね。WISHで過ごした時間は甘いだけの味じゃなかったかもしれないけど、それでも最高の時間でした! 私はWISHが大好きでした! これからも大好きです!」


 叫ぶようにそう言うと、笙胡は腰を大きく曲げて頭を下げた。

 頭を勢いよく下ろす時に光るもの落ちるのが私には見えた気がする。

 ……その証拠に、笙胡は中々頭を上げて来なかった。まったく最後まで意地っ張りな子だな……そんな感想を抱きつつ、私も胸が熱くなるのを感じていた。




「笙胡~~!!!」「笙胡ありがとう!!」「お疲れ様!」


 会場からは大きな歓声が再び上がった。

 さっきまで数千人がいた会場に残っているのは目の前のほんの150人ほど。がらんどうの空間に響く声援に淋しさを感じないといったら嘘だろう。

 だけど……1人1人の熱量は今までのどんなコンサートやイベントの会場にも決して負けないものだった。少数の声援はその分とても明瞭に熱量が伝わる。声をかけるファン1人1人が本当に笙胡の言葉に感動していること、彼女とこの時間と空間を共有できたこと、アイドル池田笙胡という存在に出会えたことに対する感謝……全ての言葉が嘘でないのがダイレクトに伝わってきた。


「……笙胡さん」「……笙胡さん素敵」「そんなこと思ってたんだ……」


 思いがけない近さからそんな声が聞こえてきて驚いた。

 そうだった。握手を終えたメンバーたちが横で一緒に見ていたのだった。

 ライブハウスツアーを共にしたアンダーメンバーだけでなく、選抜組のメンバーもその輪に加わっていた。彼女が誰からも愛され、尊敬されてきた証拠だろう。


「みんな行ってあげて! メンバーのことが一番分かるのはメンバーだと思うから!」


 涙ぐんでいる彼女たちを見ていると、考えるより先に私はそう口走っていた。

 でもそれはきっと本当にそうなのだ。どんなに本気で彼女たちのためを思っても、マネージャーやスタッフ、それにファンの人たちとアイドル本人とは決定的に違うのだ。アイドルの気持ちが一番分かるのは近い位置にいるアイドルだろう。


 元々予定されていたわけではないから、彼女たちも本当に出て行って良いものか迷っている様子だったが、私が再度頷くとメンバーたちは一気にステージ上の笙胡の元へ駆け寄って行った。




「……みんな……」


 突如出てきたメンバーたちに笙胡も驚いたようだったが、すぐに皆と抱き合い涙を流していた。


(……良いなぁ……)

 

 その光景を見て、私は初めてアイドルという存在に憧れを抱いたような気がする。

 マネージャーとして接するうちに、過酷なプレッシャーやスケジュール、報われない苦労など大変な部分ばかりが印象に残っていたが、その時初めてアイドルである彼女たちの幸せが少しだけ分かったような気がした。




「収拾がつかないわね……」


 ステージ上の光景に見惚れていると、いつの間にか社長も私の隣に来ていた。

 ステージ上では笙胡とメンバーたちが抱き合って言葉を掛け合っていたし、それを見てファンは声援を上げたり感激のあまり泣いたりしていた。そしてファンのそうした様子を見てメンバーたちがさらに感極まる……という構図になっていた。


 社長の言う通りこのままでは終わりが見えない。


「……最後に1曲だけやれないですか? 曲になればメンバーも自然と体が動くと思いますし、メンバーたちが登場したこともお客さんにも自然に映ると思います!」


 私の言葉に社長はうなずくと、無線で音響監督に確認を取った。

 その間に私は、たまたまステージ上でたまたま目が合った桜木舞奈さくらぎまいなを手招きでこちらに呼び寄せた。


「舞奈、このままじゃ収拾つかないから! 最後1曲やって締めよう!」


 舞奈も涙を流していたけれど冷静なところが残っていたようで、私の言葉に素直にうなずくとステージ上の興奮状態のメンバーにそれを伝えに行った。


 すぐに音響が入りイントロが流れ始めた。

 久しぶりに流れる音楽はとても大きな音量に感じられ、誰もが一瞬固まった。

 だけどメンバーたちは、イントロが流れると条件反射のようにステップを踏み振り付けを踊り始めた。

 流れた曲はWISHの初期からの代表曲『それでも、桜は咲いている』だ。

 不意に始まった曲だからポジションもバラバラだったが、踊りながらすぐにセンターは決まった。皆に押されるようにセンターに立ったのは……もちろん今日の主役、池田笙胡その人だった。


 これが彼女にとって最初で最後のセンターだった。



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