43話 なみっぴさんの挨拶

「拝啓 池田笙胡どの。ご卒業おめでとうございます。笙胡さんと出会ってからの期間はそれぞれ違いますけど、私たち1人1人が笙胡さんを推すことが出来て、とても幸せでした……」


 手紙を読むなみっぴさんの声は震えていた。




 時間は少し遡る。

 もう卒業してゆくだけの笙胡さんに向けて、マネージャーの私が何か出来ることはないだろうか?

 散々考えて浮かんできたのは……やっぱりと言うべきか、オフ会に参加した時に見たなみっぴさんを始めとしたオタクの面々だった。彼らの熱量だった。




 彼らの正直な気持ちを、その熱量を笙胡に正面からぶつけて欲しい。

 彼らに望むのはそれだけだった。

 笙胡は大人だからオタに対しても気を遣ってしまう部分があるし、オタの方も鏡のように笙胡に合わせて気を遣ってしまう。卒業という最後の場面でもきっとお互い気を遣い合うだけで終わってしまうのではないか? もう卒業なのだからいい思い出だけを振り返ろう……そんな構図になりそうな気がしたのだ。

 そしてそれは本当に笙胡が望んでいることではないのではないか?


 そう考えて私はなみっぴさんに連絡を取り「あのオフ会の時のように熱を込めて、笙胡に本音のメッセージを伝えて欲しい!」とお願いしたのだ。

 もちろんこれも賭けだ。それもリスクばかり大きくてリターンのほとんど見込めないタイプの賭けだ。だって笙胡はすぐに卒業してゆくのだ。

 アイドルとオタク。その想いの交歓がどれだけの感動を生んだって、それが外部……笙胡推し以外のオタクに、どれだけ理解されるのかは正直言って心許ない。

 それなのに余計な感情を突ついて、最後の交流の場を大いに汚してしまう可能性もある。そんな賭けだ。

 だけどどれだけ分が悪かろうとそんなことは関係ない。

 笙胡を推すオタクの面々の熱量をきちんと伝えなきゃいけない。彼らの感情を笙胡本人に伝わらず、どこにも行き場がなくなってしまったとしたら、笙胡を推すその熱量自体が無かったことになってしまうのではないか? 私にはそんな使命感の方が強かった。




「……今回、笙胡さんの卒業が決まってから私は1人の女の子に連絡を取ってみました……」


 なみっぴさんの手紙の朗読は続いていた。その声もだいぶ落ち着いたものになっていた。


「……その人は笙胡さんも良く知る人で、彼女はWISHを離れてからも笙胡さんのことをずっと注目していたそうです……」


(川合奈美のことだ!!)


 なみっぴさんの口ぶりで私はピンときた。

 笙胡と同時期にWISHに加入し、当初は2期生のエース格として期待されていたメンバーだ。

 加入初期において笙胡とパフォーマンス面で意見がぶつかり……今となってはそれが原因かははっきりとは分からないが……彼女はすぐにWISHを辞めてしまった。

 なみっぴさんは元々、川合奈美推しだったのだ。それが彼女の卒業に伴い笙胡に推し変した……と本人の口から聞いた。古参の笙胡オタなら当然彼女の存在は念頭にあるだろう。

 ともかく川合奈美とは、笙胡本人にとってもオタクの方々にとっても縁の深い人物だということだ。


「……彼女は今、留学のためアメリカにいるそうです。でも日本を離れてもWISHのことはずっと見てきたし、笙胡さんをずっと注目してきたそうです。『最初は少し歯がゆい気がしました。WISHでは笙胡の良さがあまり発揮出来ていないんじゃないか? 笙胡にはもっともっとエゴイストになって自分だけのパフォーマンスを発揮して欲しいってずっと思っていました。……だけど、大勢に見られるプレッシャーが怖くなって逃げた私に今さら言えることは何もないです。続けることがいかに大変なことかは私も知っている。だから、ずっと続けてきた笙胡には尊敬しかない』と彼女からのメッセージを頂きました……」




 川合奈美からのメッセージはシンプルだが(本当はもっと長いものがあったのかもしれないが)、芯を食ったもので、それだけで笙胡と川合奈美の関係性が見えてくるかのような気がした。

 奈美のコメントが読まれた瞬間に笙胡の表情がピクリと動いた。




 そして、今まで手元の手紙を朗読していたなみっぴさんが顔を上げて笙胡を真っ直ぐ見つめた。これでなみっぴさんの挨拶も終わりかと思ったが、単に用意してきた手紙が終わっただけのようで、なみっぴさんの言葉はまだ続いた。


「えっと、彼女のこの意見に私たちも……私たちっていうのは、ここにいる笙胡オタ全員に意見を聞いたわけではなくて、私の面識のあるオタクの方々のことですけど……ほぼほぼ同意見でした。笙胡はWISH以外のグループだったらもっと活躍していたんじゃないだろうか? 大人数のグループじゃなくて、もっとダンスがバキバキのパフォーマンス重視のグループだったら、もっとダイレクトにステージでの笙胡の魅力が伝わるグループだったら……そんなことを考えたことも正直言って何度もあります。……でも、ここにいる多くのオタクたちは……いえ少なくとも私はだったからあなたに出会えました。その中で苦労して周りのために頑張るあなたのことがみんな本当に大好きでした。……おこがましい言い方かもしれないけど、あなたの姿にみんな自分をどこか重ねていたんだと思います。笙胡は私たちの代表だったんだと思います。……えっと、だから、えっと……」


 勢い込んで自分の気持ちを述べたなみっぴさんだったが、最後の締めのコメントは決まっていなかったようでアタフタしていた。でももう充分だった。

 彼女の気持ちは笙胡本人にもきちんと伝わっている。会場の雰囲気で他のオタクたちも彼女の言葉に気持ちを乗せているのが伝わってきていた。



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