39話 まだ出来ることがあるはずだよね!
「良かったのか、って……どういう意味ですか?」
もちろん改めて尋ねるまでもなく、社長の言っているおおよその意味は分かっていた。
笙胡にとってWISHに加入して活動してきたことが果たして良いことだったのだろうか? という以外に受け取りようはない。
だけど……
「……いいわ、ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい」
私の反問に社長は首を振って自らの問いを手放した。
過ぎてしまった過去、それも自らのことではなく、池田笙胡というメンバーの選択が良かったのか悪かったなどと他人の私たちが問うことは多分意味がない。
意味がないどころか、彼女本人の領域に無断で踏み込むことのように思えた。
だけど、そう問わざるを得なかった社長の気持ちももちろんよく分かる気がした。
「あのね、麻衣……。私は社長という立場だからいつも自信満々なフリをしているけど、本当に自分の判断が正しかったのか、本音を言えば自信なんか1ミリもないわ。メンバーたちは皆10代から20代の青春の一番貴重な時期をWISHに捧げくれている。私の甘い判断一つで彼女たちの貴重な時間をダメにしてしまっているんじゃないか……そんな怖さはいつだって付きまとうわ」
いつも強気で豪放磊落といったイメージの社長には珍しい弱気な発言だった。
それだけライブハウスツアーの笙胡の映像を見て、何か感じるところがあったのだ。改めて笙胡のポテンシャルを感じるとともに、果たして今までの彼女のWISHでの立ち位置は適切だったのだろうか? と疑問を抱かざるを得なかったのだろう。
「そんなことないですよ……社長はいつも適切な判断をしていると思います。メンバーの皆も社長には感謝しているっていつも言っていますよ!」
「……そうね。そうなら嬉しいわ」
私の言葉に社長も穏やかにうなずく。
果たしてあれが良かったのだろうか? という疑いはキリのないものだ。私自身も映像を見返すたびに同様のことを思う。
笙胡は本当にWISHをやり切ったと言えるのだろうか? 映っている笑顔は本心からのものなのだろうか? ツアーでの笑顔が本心からのものだとしたらもっと早く笙胡の良さを引き出すやり方は何か他になかったのだろうか? ……言い出せば本当にキリがない。
だけどもう良いんじゃないだろうか? そうした複雑な感情は周りの私たちなんかよりも笙胡本人が100倍抱えてきたものに違いない。
その上で彼女はWISHの活動をやり切って自分の道を選んだのだ。
彼女の想いを尊重してきちんと送り出してあげることが、今は私たちに出来る唯一のことなのではないだろうか?
「私たち大人に出来ることは、笙胡の経験をこれからの運営に生かしてゆくしかないわよね……」
私の気持ちが何となく通じたのか、社長は自分に言い聞かせるように呟いた。
「そうですね。誰もがベストを尽くしていると思います。メンバーも運営の大人たちも……応援するファンの人たちもです。何一つ後悔する必要はないと思います」
「……本当にそうね。ありがとうね、麻衣。あなたに励まされるとは思っていなかったわ」
そう言うと社長は私の肩をポンポンと叩いた。
どれだけ自信満々に見える成功者も、内に弱さを抱えていない人間はいないのだと思う。痛みを知っているから他者に優しくできること、それも大事なことなのだと思う。
(……そうだよ、私にも笙胡のためにまだ出来ることがあるはずだよね!)
帰宅して自宅で一人になると沸々とそんな想いが込み上げてきた。
社長と話した時、社長はもう笙胡が卒業したかのような口ぶりで話していた。
昨日卒業コンサートがあったのだからそういう感覚になってしまうのも当然だし、私自身も同じような感覚でいたのだが、当然のことながら笙胡は3月末までWISHに在籍しているのだ。
卒業のかかった大学の試験もあり、残された活動は多くはないが、それでも彼女の最後を飾るためにマネージャーの私にも出来ることがまだあるはずだ。
彼女の歩んで来た道は変えられない。
だけど終わり良ければ全て良し……ではないけれど、その意味はきっと変えられるはずだ。
彼女にはWISHに入ったことを後悔して欲しくない。そう思った。
……いや、違う。私が後悔したくないんだ!
私は……いや俺は、前世の松島寛太としての後悔を思い出していた。
自分の意志がなく流されるままに歩んできた後悔ばかりの人生。あの記憶がまだこの胸には残っていた。
若いうちの後悔はそれだけ尾を引くし、それを取り戻すにはより多くの時間と労力を必要とする。
そもそもだ、天下のアイドルWISHのメンバーになれるなんて、日本人女性の上位何パーセントかの幸運の持ち主じゃないのかよ? それなのになぜ彼女のような人間が簡単に幸せになれないのだろう? もっとウハウハの人生楽勝じゃなきゃおかしいだろ!
だから……笙胡には今後の人生を少しでも前向きに、WISHでの活動を良いものだったと全力で思えるように歩んで欲しかった。
それは彼女のためというよりも私にとっての願いなのだ。
私はそのための一つの案を思い付いた。
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