34話 舞奈の想い

「あら、どうしたの舞奈?」


 私自身も1年の仕事が終わった充実感、明日からの休みという開放感に満たされていたが、声をかけてきた舞奈はそんな浮かれた様子ではなかった。


「麻衣さん……笙胡さんのことはあれで良いと思ってるんですか?」


 ずいぶんとストレートな物言いに私も戸惑い、返事に迷う。


「あれで良いって……?」


 先ほどの歌番組、体調不良で休んだメンバーの代役で入った笙胡が務めたのは2列目の真ん中辺りのポジションだった。そしてその隣で踊っていたのが舞奈だったのだ。


「笙胡さん、このまま卒業させちゃって良いんですか?」


「させるも何も……卒業を決めたのは笙胡ちゃん本人だから。他人がとやかく言うことじゃないと思うけどなぁ、私は」


 未だ高校生の舞奈に対して、私は自分が大人であるという余裕を殊更ことさらに見せようとしていた。だけど、そんなものよりも舞奈のストレートな物言いの方が価値があることは言うまでもない。


「笙胡さん、全然手抜いていると思います。選抜の私たちに合わせて手を抜いて踊ってましたよ……」


 絞り出したかのような彼女の言葉はとても悔しそうなものだった。


「そんなことないわよ!……いや、もしかしたらそうなのかもしれないけど……」


 とりあえずは私もその言葉を否定したが、隣で踊っていた舞奈ににしか感じられないものがあったのだろうと思い直して言葉を改める。舞奈だって幼少期からダンスを習っており、パフォーマンスはWISHの中でもトップクラスだ。少なくとも私が歌番組の様子を見ていた限り、2人のパフォーマンスは遜色ないように見えた。


「いや……間違いなく私たちのレベルに合わせてましたよ、笙胡さんは。もちろん全体のレベルに合わせるのも大事なことですけど……このまま卒業しちゃうなんてもったいなさすぎません? 今日隣で踊ってて私はつくづく感じましたよ……」


 舞奈は涙を滲ませんばかりの表情だった。


「仕方ないのよ、みんなそれぞれ事情があるんだもの……」


 大人ぶって何でもわかったような物言いが一番ずるいことはわかっていた。大人の言う「仕方ない」なんて言葉は決して信用しないで良い。

 案の定、舞奈は私の方をキッと見つめた。


「私は……笙胡さんとそんなに親密に接していたわけではないですけど、やっぱり今の……あんな人にきちんとしたポジションを与えてやれなかったWISHの運営はどうかと思っちゃいますよね」


「舞奈。それくらいで止めときなさい。あなたも折角選抜に入れるようになってきたんだし、他の人が今のこと聞いたらいい気持ちしないでしょ?」


 舞奈も現在では選抜常連となっているしソロの仕事も増えてきた。次期エースと呼ばれるに相応しい活躍を見せつつある。

 そんな舞奈のために脅しのような言い方をしている自分が途轍もなくダサいことは分っていたが、その時は純粋に彼女のためだと思って忠告していた。不思議なものだ。


「ねえ、麻衣さん……。私がもし卒業させてくれって言ったらどうします?」


「え!?」

「辞めないですけどね! でも……一緒に踊っている人間はやっぱり色々気付くもんなんですよ。……もちろん麻衣さんや社長にも色々考えがあるのもわかるし、メンバーのことを気に掛けてくれているのもわかってますよ……。でも、だから、笙胡さんみたいなメンバーは何とか出来なかったのかなって余計に思っちゃいますよね……」


 それだけ言うと舞奈はメンバーの元に笑顔で戻って行った。




 それから、年明けの休暇を私も取らせてもらった。

 疲れを取るために丸一日死んだように寝た後は、特にやることも思い付かなかったので結局WISHのメンバーのSNSだとかネット動画だとか、仕事に関連したものを見漁っていた。


(そっか、これも結局どこにも発表していないままだったな……)


 ゲリラライブハウスツアーの密着映像だった。

 何かのCDに特典で付けるか、ファンクラブ限定の動画などで公開するかといった案も出ていたが、結局未だ未公開のままだった。


(……笙胡が手を抜いて踊っている、のかな?)


 舞奈の言葉がやはり気になっていた。

 もちろん笙胡のポテンシャルがWISHに収まる程度のものではない、というのはとっくに皆分かっていることだと思っていた。笙胡本人もそれを納得した上で、最後までWISHのメンバーとしてパフォーマンスをしてくれている……卒業が決まってからここ最近の吹っ切れた表情は、それも含めて本人の納得したものだと思っていた。


(……う~ん、やっぱりどこかセーブしているのかなぁ……)


 舞奈の言葉を聞いてからライブハウスツアーの映像を見ていると、どこもかしこも笙胡は皆に合わせたパフォーマンスをしているだけにも思える。5,6人の小さなステージでもそうだとしたら、WISH全体の20人近くのステージで彼女のポテンシャルが発揮できている訳はないだろう。

 

 でもここ最近の生き生きしていた彼女の表情も言葉も嘘ではないように思えた。長い……6,7年のアイドル生活を長いと捉えるか短いと捉えるかは人それぞれだろうけど……アイドル生活の集大成に本人が納得しているなら、外野が何か余計なことをすべきではないんじゃないだろうか?


(……もう違うメンバーのことを大事にすべきなんじゃない?)


 それに、そんな声が聞こえてきたのも事実だった。

 WISHには他にも、若くて可愛くてやる気があって可能性に満ちた子がいっぱいいる。私が現に担当しているメンバーでも沢山いるのだ。笙胡のことはもちろん感謝しているし、申し訳なさもあるが、卒業が決まっている彼女よりも、可能性に満ちている他のメンバーをどう売り出すかを考えていくべきなのではないだろうか。

 それが正論に思えた。


 ……いや違う。彼女にきちんと向き合わなければ、また別のメンバーに対してもきっと同じことを繰り返していくだけだろう。どうすれば彼女に誠意ある対応をすることが出来るだろうか。

 今さら簡単に答えが出るとは思えなかったが、私は再び映像に目を落とした。



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