33話 怒涛の年末

 皮肉なものというか、予想通りというべきか、卒業発表後の笙胡は注目される機会が増えていた。

 WISHのオタクたちの間でも再評価する機運が高まっていた。

 特に増えたのは動画サイトで、笙胡のライブ中のパフォーマンスを切り抜いた映像だった。これがかなり人気が出て中には100万再生を超えるものも現れた。

 それに伴い今までほとんど縁のなかった地上波のテレビ番組にも時々呼ばれた。卒業が決まっており番組に爪痕を残そうという変な力みがないのが良かったのだろう。それらもとても好評だった。

 私がマネージャーについてからの1年以上、笙胡の人気を何とか上げようと必死で努力してきたわけだが、そんなものよりも卒業特需の方が確実に彼女の人気を押し上げたわけだ。


 ファンの間で池田笙胡という不人気メンバーがWISHに果たしてきた貢献に対する再評価の機運は高まっていたが、それでも私はそうした流れに不満だった。

 もちろん先に述べたようになぜ今までロクに評価して来なかったのだ! という怒りもあるのだが、そうした評価は過去の笙胡の貢献にばかり注目したものだったからだ。今の笙胡は自身のパフォーマンスをさらに向上させ、さらに周囲のメンバーに対して良い影響を与えているのだ。今の笙胡を見て欲しい、という気持ちが私は強かった。





 そんなこんなであっという間に時は過ぎてゆく。本当に瞬きする間に時が過ぎていくように感じられた。天使ちゃんだとか神様だとかがもし願いを叶えてくれるのだとしたら「私の転生などはどうでも良いので、せめてもう少し時の流れをゆっくりにしてくれないか?」と言いたかった。




「笙胡さん……実は明後日の大型特番なんですが、体調不良のメンバーが出てきてしまってですね……」

「オッケー、私の出番だね!」


 もう年末に差し迫った時期になっていた。年末年始は歌番組の大型特番が多い。そしてメンバーも忙しくなる時期だけに体調を崩すことも多いのだ。


「すみません、こんな時になっても笙胡さんに頼んじゃって……」


 私が担当することになった初期から、笙胡はこうして誰かのピンチヒッターばかりを務めていた。


「ううん、誰かの役に立てるんなら嬉しいよ。まあ最後まで私らしいっちゃあ私らしいんじゃない?」


 そう言って笙胡は笑った。

 笙胡とこうして2人で対面するのも久しぶりだったので私は少し緊張していたのだが、この笑みで少し救われたような気がした。やはり卒業が決まったことで彼女は肩の荷が下りたかのように見えた。表情は柔らかくなったし、パフォーマンスはさらに素晴らしいものになっていた。


 もちろん笙胡も暇だったわけではない。

 というか今までで一番忙しい時期だったかもしれない。

 就職先が決まったとはいえ大学の授業は依然として残っている。今までもWISHの活動と並行して大学に通っていた彼女に余裕があるわけではない。4年生のこの時期でも取らなければならない単位が沢山残っているのだ。そして多く単位を落とせば卒業出来ない……ということは就職も当然ダメになる……ということになりかねない状況だった。

 もしかしたら大きなコンサートなどよりも本人はプレッシャーを感じていたかもしれない。

 笙胡はそんな状況も明け透けに語ってくれた上で、それでもWISHの活動について「休ませてくれ」というようなことは一度も言わなかった。残り少ない活動を一つ一つじっくりと味わっているかのようだった。


 他のメンバーたちも笙胡の卒業が発表されて以降、より積極的に関わるようになっていた。

 特にライブハウスツアーを共にしたアンダーメンバーの後輩たちは、彼女の卒業を惜しみわずかでも彼女から学びとろうという姿勢を見せていた。笙胡の方でも親身になり一人一人に具体的なアドバイスを送っていた。

 それだけでもあのライブハウスツアーを企画した甲斐があったように私は思えた。こうしてメンバーたちに受け継がれてゆくもの、巡り巡ってゆくWISHらしさみたいなものがあるとすれば、それは大人数アイドルの素晴らしい点だと思う。




「皆さんお疲れ様です! すいません、すぐ次移動ですので急いでバスに乗って下さい!」


 一つの歌番組が終わり、また違う局で歌番組の生放送が待っていた。これも年末年始の恒例行事となっていた。

 私も他のスタッフに混じってメンバーの誘導のために声を張り上げていた。もちろんメンバーたちもそれを理解して、衣装の上に簡単に上着を羽織っただけでバスに乗り込んでゆく。その様子は真剣ではあるがどこか楽しそうでもあった。皆、年末にしか味わえないこの状況を楽しんでいるようにも見えた。


 移動の途中、何人かの年少メンバーが私に気付いてふざけてピースサインを送ってくる。

「いいから早く移動しなさい」という意味を込めて私は手を振り返す。天下のWISHの美少女たちに個人的にピースを送られるような恵まれた職場があるだろうか?……いや、あるわけがないよね!

 ふと、その後ろに笙胡が立っているのに気付く。もちろん彼女はもう大人だ。年少メンバーと同じようなことはしない……。と思っていたら彼女はチュっと手でキスを送ってきた。

 ……え、あんなことするキャラだっけ! いや年末進行で彼女も浮かれていたんだろう! などと思いながらも自分の顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かった。




「はい、みんなお疲れ様でした! そして明けましておめでとうございます。今年もWISHがさらに盛り上がるようにみんなの力を貸して下さい! え~、じゃあ休みの人はゆっくり休んで下さい!」


 怒涛の歌番組連チャンが終わるといつの間にか年も越していた。社長の挨拶に応えてメンバーたちからも歓声が上がる。

 これにて一段落というか、ここまで含めてようやく1年の仕事納めのような感覚だ。今日から何日かは休み、というメンバーも多い。マネージャーの私も一週間ほど休める予定だった。

 怒涛のような年末進行に乗せられて私自身も疲れを感じる暇もなかったが、明日から休みだと思うと急に力が抜けてきたように思う。




「ねえ、麻衣さん……」


 開放感からテンションの高い控室(最後に出演したテレビ局の楽屋)だったが、それとは少し違った雰囲気で私に声をかけてきたのは桜木舞奈だった。



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