32話 事後諸葛亮たちめ!

〈笙胡はどうなるんだろうね? 最近はあんまり活動が見られないんだけど?〉

〈残念ながらこのまま卒業でしょ? 誰がどう見てもちょうど良い卒業時期でしょ?〉

〈6年の在籍。パフォーマンスは抜群でメンバーからの信頼が厚くても人気は下位。彼女に改善の余地があればまだ人気の伸び代もあるけど、ポテンシャルを完全に発揮して人気が出ないんじゃどうしようもないわな〉

〈しかも来年で大学も卒業。笙胡のキャラクターならどう考えてもきちんと就職してまともな社会人になるわな〉

〈なんか、ホント皮肉なもんだよねアイドルって。笙胡みたいなある意味優等生的な人間は人気が出なくて、普通の社会ではやっていけるか危ういくらいのキャラクターの子の方が人気が出たりする。真面目にやってる子が損をするんだね〉

〈まあ、でも俺たちはそんな彼女だから応援してたんでしょ?〉

〈嘆いたってしょうがないでしょ? 笙胡が与えてくれたものに感謝するだけだよ、私たちファンは〉

〈はぁ~、WISHのメンバーだった子がマジで普通に就職するのかぁ? 何かの間違いで俺の会社に来たりしないかなぁ〉

〈あの……僕も笙胡さんと同い年なんで就職するんですよ。同期が笙胡さんだったら良いのになぁ。……いや、待てよ……。笙胡さんが先輩の方が良いな! 新入社員として入ったダメダメな僕に対して優しく厳しく指導する笙胡さん。……一年間留年して、笙胡さんの入った会社を受けてみるってのはアリなのではないしょうか!?〉

〈普通に笙胡に迷惑なんでやめときな、ガチ恋君〉

〈まあまあ。笙胡はそんなことしても笑って許してくれるような雰囲気があるよね?〉

〈いや笙胡は真面目だから「肝心な進路をそんな理由で選ぶな!」ってガチで怒ると思う〉




 やり場のない複雑な気持ちを抱えたまま、いつの間にか私はSNSを見ていた。オフ会に参加するきっかけになったあのサイトだ。コメントを見ていると誰が誰か透けて見えてくるような気がする。

 皆、やはり笙胡の卒業の兆しを改めて感じていたようだった。


〈まあまあ。笙胡は優しいからこれくらいの妄想も笑って許してくれると思うよ?〉

〈ねえ、皆さんは笙胡が卒業したらもうオタ卒ですか?〉

〈う~ん、そうだねえ。俺はやっぱり笙胡と一緒にWISHから卒業って感じかな〉

〈俺もだなぁ。WISHのことは何となく追うかもしれないけど、これだけ誰かを推すことは多分ないと思うな〉

〈今さら推し変出来るような生温いオタクが、池田笙胡みたいなメンバーのオタクになるわけないだろ〉


 最後のコメントは一見皮肉のようだが、この場にいるオタクと池田笙胡というメンバーに対する深い愛を象徴したもののように読めた。

 そのことは多分私だけでなく、ここを覗いている濃いオタクたちには十分伝わっていたと思う。




 池田笙胡いけだしょうこは正式にWISHからの卒業を正式に決めた。大学の卒業に合わせ3月末でWISHからも卒業ということになる。

 今はまだ11月の末だから卒業まだ4か月ちょっとあるわけだが、「まだ4か月ある」なんて余裕を持って構えていたら、そんなものは一瞬で通り過ぎることを私は経験的に知っていた。

 だからと言ってそれにあらがう術は無い。一緒に過ごせる限られた時間を大事にするしかないのだ。




 公式な発表の直前、笙胡と私は共に社長のところに赴き卒業の旨を伝えた。

 

「……そう、わかったわ。今まで本当にありがとうね、笙胡……」


 社長も笙胡とこうしてきちんと対面して話したのはずいぶん久しぶりだったはずだ。それだけに彼女に対する思いは色々と複雑なものがあったのだろう。珍しく言葉を詰まらせていた。

 簡単に言えば、今まで笙胡のことを便利屋のように使い過ぎていた、という後悔と罪悪感だろうか? もちろん社長も笙胡には本当に感謝していたはずだ。だけどそれに対する報い方がわからなかった、報いることが出来ないままに時が過ぎ、彼女は卒業を決めてしまった、という感じだろうか?


「いえ、こちらこそお世話になりました。WISHとして過ごせた時間は本当に貴重なもの……今もそう思っていますけど、もっと後になるほどに輝きを増してゆく宝物みたいなものになるんじゃないか……そんな気がしています。社長も、麻衣さんにも本当にお世話になりました」


 そう言うと笙胡は社長に向かって一礼し、私に対しても一礼した。

 複雑な感情を抱えている社長と私に比べて、笙胡自身の表情はとても清々しかった。

 今までの悩みが解消し、卒業を決めることによって憑き物が落ちたように吹っ切れる……実はこれは彼女だけでなく、今までの多くのメンバーに表れる傾向でもある。

悩みがなくなることで表情は明るくなるし、お肌の調子も良くなる。ストレスからの過食も抑えられてスタイルも良くなる。まあつまり、卒業を決めた途端にビジュアルも上昇して、今さらながらその魅力にファンが気付き人気が出てくる……なんていうのは往々にしてあることなのだ。


「……あ、いえ、とんでもないです。全部笙胡さん本人の努力の賜物です。……残り短い期間ですけど、最後までよろしくお願いします……」


 吹っ切れたような表情の彼女とは裏腹に、私はそれだけ言うのがやっとだった。




 それからすぐにWISHの公式サイトで正式に笙胡の卒業が発表された。

 もちろん熱烈なWISHのファンはそれを惜しむ反応を示したが、今まで卒業していったメンバーに比べて特別大きな話題になったわけでもない。

 たまに古参を自称するファンがSNSで「貴重なパフォーマンスメンバーの卒業だ。彼女がいたからWISHがお遊戯会ダンスだとなめられることもなかったのに!」とか「池田笙胡がいなくなったらアンダーメンバーは誰が仕切るんだよ!」とかいうコメントを訳知り顔で投稿していた。

 これこそが事後諸葛亮というやつだ。本当に笙胡がWISHにとって必要なメンバーだと思っていたならば、なぜもっと彼女の握手会に参加しなかったのだろうか? 彼女のグッズを買わなかったのだろうか?

 彼女の人気がもっと明確に出ていれば、彼女の序列は変わっていたのだ。

 推しは推せる時に推せ。

 アイドルの寿命は短いという意味でもあるが、アイドルも人気商売であり明確な応援がないものはすぐに切り捨てられて活動が終わってしまう可能性がある、という意味でもあるのだろう。


 卒業が発表されてからのそんな動向を見ていると私はとても悔しくなったが、どれだけ遅くとも彼女の素晴らしさにファンが気付いてくれたのならば、彼女の努力も少しは報われたと言えるのかもしれないと思い、溜飲を少しだけ下げていた。



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