30話 決別
「あのさ……麻衣さん? 私の密着映像とか出さないよね?」
社長も他の社員も事務所にいたので笙胡は私を廊下に連れ出して2人で話をした。そのことが彼女にとって重要なことだということをすでに物語っていた。
「あ、え、そうですね……」
密着映像を撮って公開することで彼女の人気が上がるきっかけにならないだろうか? と以前考えたことがあった。黒木希の人気上昇のきっかけの一つに彼女に密着したテレビのドキュメンタリー番組があった。同じように裏でもずっと努力を続けている彼女を目の当たりにして心打たれないファンはいない、と私には思えたからだ。
だけど笙胡は私の案を拒否した。その時は「恥ずかしいから良いよぉ」という程度の軽いかわし方だったが、今回は違う。
笙胡は軽くため息を吐きながら……あまり重くならないよう私に気を遣って、だがはっきりと言った。
「麻衣さん、私のことはもう良いって、私はもうやり切ったからさ……。もっと可愛いくて若いメンバーがWISHにはいっぱいいるんだから、そういう子に目を向けてあげてよ」
もちろんそんなことわざわざ言われなくても、彼女以外のメンバーのこともちゃんと気に掛けている。
「……何で笙胡さんはそんなに自分が注目されることを嫌がるんですか?」
純粋な疑問が口から出ていた。笙胡は本当に注目されるのが嫌なのだろうか? それならなぜアイドルになんかなろうと思ったのだろうか?
この前のライブハウスツアーの最終日、なみっぴさんと話している時の光景が脳裏に浮かんできた。ちょうどさっきまで映像でその辺りを見返していたからかもしれない。
「だから、違うって。私じゃなくてもっと他の子に注目してあげてって言ってるだけで、別に私が注目されるのが嫌とかそんな話してないでしょ?」
笙胡のこの言葉は流石に屁理屈しか聞こえなかった。
「……笙胡さん、ひょっとしてまだ川合奈美さんのことを気にしているんですか? その件って加入してすぐのことですよね? 笙胡さんももう卒業を迎えようっていう時期なんですから、いつまでもそんな初期のことを気にしていてもしょうがなくないですか?」
「ねえ、そんな話誰から聞いたの?……って、あれか。オフ会に参加したって言ってたもんね。わざわざ偽名まで使って。そんなことまでして麻衣さんは何がしたいの? マネージャーっていうのはそんなことまでする仕事なの?」
口が滑った自覚はあった。余計なことを言うべきではなかったことはわかっていた。だが私に対してもっと怒るかと思った笙胡は失笑しながらも冷静だった。
それが余計に私は悔しかった。何で赤の他人である私があなた以上にあなたに真剣になっているんだろう? だからもうブレーキはかけられなかった。
「……笙胡さんは、自分のファンの人たちがどれだけの想いを持って応援してくれてるか分かっているんですか?」
「何それ? 私は誰よりもみんなの気持ちを理解してるつもりだけど?」
流石に売り言葉に買い言葉という感じで笙胡の口調もボルテージが上がる。もちろん私だって今さら引けない。
「分かってたらそんなこと簡単に言えないと思います」
オフ会の時の笙胡オタの顔が1人1人浮かんできた。程度の差こそあれみんな笙胡を推すことに人生をかけているような人たちばかりだった。なのになぜ笙胡本人がもう諦めたかのようなことを言うのだろう? 私には笙胡のことが理解出来なかった。
「……麻衣さん、マジでもう良いからさ。……私のために色々動いてくれてることは本当に感謝してるよ? でも私はもう卒業してからのことを考えてるから。WISHが『いい思い出だったなぁ』って何年後かに思えたらそれで最高なんだよ。だからさ、これ以上私のアイドル人生をぐちゃぐちゃにしないでよ……」
少し寂し気にそう言うと笙胡は私の返事も待たず、足早に事務所を後にした。
(やってしまった……)
笙胡が去って少し経つと、興奮も覚めて自分のしたことへの後悔が襲ってきた。なぜあんな言い方しか出来なかったのだろうか? 私より年下の笙胡の対応の方がよっぽど大人だったんじゃないだろうか。そんな気がしてきた。
(いや……でも間違ったことは言ってないよね、うん……)
でもさらに少し経つと今度はそんな気持ちになった。
彼女は彼女自身の気持ちから自分のアイドル人生に決着を付けたつもりかもしれないけど、オタクはオタクの側の気持ちがあるものだ。
もちろんどんな決定も本人の意志が尊重されるべきだというのは大前提だ。でもだからこそ、オタクにはオタクの気持ちを伝える権利があるとも言える。彼女は自分の報われないアイドル人生にもう嫌気が差しているのかもしれないが、報われない彼女の姿にを見て熱く応援しているオタクもいるのだ。
(ああ、そっか。多分私は笙胡の姿に前世の自分を重ねてたんだ……)
笙胡の言う「自分ではなくもっと若いメンバーにスポットを当てて欲しい」はある意味でもっともな話だ。WISH全体を考えたらそれが正しい意見かもしれない。
でも私は笙胡のことをいつも一番に考えるようになってしまっていた。それは多分、努力を重ねながらもアイドルとして報われない歩みをしている彼女に、前世の自分を重ねていたのだとようやく気付いた。
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