29話 どう見せれば良いの?
(どうしたら、笙胡のことをもっと輝かせることが出来るのかなぁ?)
アイドルの活動においていつもの日常なんていうものは存在しない。いつだってアクシデントの連続だし毎日が晴れ舞台とも言える。
だけど、最近は何となく落ち着いた日常を過ごしているかのようだった。
笙胡は再び大学生活が忙しくなってきてマネージャーである私の手を少し離れたような感じになっていたからだ。
(多分、残された時間はそんなに長くないんだ……)
改めてそのことを思った。
そもそも女性アイドルというものは期限が短いという部分もあるが、それよりも笙胡本人が大学在学中であろうと就職が決まればWISHを卒業する、ということを明言していたからだ。
(就職活動かぁ……)
私自身だって社会人になってまだ2年目だから、ほんの1~2年前までは就職活動をしていた。だけどこのコスモフラワーエンターテインメントに就職してからは怒涛の日々で、その時の気持ちはもうあまり覚えていなかった。
もちろん前世の記憶がある私の場合は特殊なケースだろうが、国民的アイドルWISHの現役メンバーである笙胡の場合も特殊だろう。何か感情移入できる部分はあるかもしれないが、理解出来ない部分の方がきっと大きい。
彼女がどういう気持ちでアイドル活動に臨み就職活動に臨んでいるのか、正確な所は本人にしかわからない。
だけど私は私の立場から、彼女の努力が世間に認められ報われて欲しいと本気で思っているのも確かなことだ。
(……ああ、やっぱり本当の笑顔とは少し違うかも……でもそれはむしろプロ根性を褒めるべきなのかな?)
ライブハウスツアーの密着の映像を見返していた時のことだ。私は笙胡の笑顔に少しの影を見つけてしまった。
実際に接していた時、楽屋や客席から彼女のパフォーマンスを見ていた時は全く気付きもしなかった。ライブの場で生き生きとしている彼女の笑顔がずっと貼り付いていた。
だけど……映像で見返してみると、時々ほんの少しだけその笑顔が翳っているのを見つけてしまった。
いや、曲中の彼女は間違いなくそのポテンシャルを発揮していた。
笑顔溢れる曲ではその笑顔を満開に咲かせていたし、カッコいい曲ではカッコよく、悲しい曲では悲しく……その曲に合わせた表情になっていた。恐らく曲に合わせて表情を作るという意識すらも彼女にはないと思う。身体に染み付いたものなのだろう。
そして満足いくライブを終えて楽屋に戻って来る時の彼女の本当の笑顔を私は何度も見てきた。本当に嬉しそうな、他では変えの効かない喜びがそこにはあった。
だから……愛想笑いの作り笑顔なんて言ってしまうのが正しいのかはわからないけど、ライブ中のMCの時、特典会の時、楽屋でメンバーと接している時……ほんの少し彼女の表情に影があることを見つけてしまったのだ。
だから彼女を責めるられるかと言ったら、そんなことはない。むしろ逆だ。
5年以上という長期間にわたり、苦労多く報われないアイドル生活を彼女は送ってきたのだ。それなのにめげずに頑張ってきた姿勢はプロそのもので、色々な感情を抱えているのは当然だ。
だけど映像をやっぱり私が気になったのは、最終日の特典会の時。なみっぴさんとの会話の様子の中でもその表情を見つけてしまったからだ。一番身近なファン相手でも笙胡は心を完全に開いているわけではないのかもしれない、と私には思えてしまったのだ。
……多分笙胡は私に対しても100%心を開いているわけではないと思う。彼女はとてもストレートで率直な性格だけど、同時に大人として自立した女性だ。マネージャーという近しい立場の私だから見せない部分をきっと抱えている。マネージャーというのは会社側の人間だから、アイドル本人とは意見が対立することは往々にしてある。アイドルの言い分を全部受け入れていたらマネージャーという立場の人間は不要だろう。
じゃあ彼女は誰になら本当の感情を見せられるのだろう? 彼女はアイドルをしているということをどう感じているのだろう?
笙胡のそんな微妙な表情の変化に気付いた私は、密着映像とずいぶん長い間格闘するハメになってしまった。
どう編集すれば笙胡を魅力的に映すことになるだろうか? それとも笙胡のそうした部分は一切映さない方が彼女のためなのだろうか?
いつの間にかそのことにのめり込んでしまっていた。
おかげで社長の声にも、社長に案内されて池田笙胡本人が来ていたことにも全く気付かなかった。
「……もう、麻衣。笙胡ちゃんがあなたに用事があるって来たんだから、返事くらいしなさいよ……」
「良いんです、社長。別に全然大した用事じゃなくて近くまで来たから顔出しておこうっていうだけなんです。最近は麻衣さんともあんまり会えてなかったですから……。麻衣さん、これお菓子買ってきたんですけど……」
このオフィスで社長の声が聞こえるのは当たり前すぎて何とも思わなかった。一方で笙胡の声が聞こえてきたのも密着映像の中の声かと錯覚していたのだった。
「……もう麻衣さん、何してるんですか? それ何の動画ですか?」
パソコンを睨み付けたままの私の背後に回ってきた笙胡に気付いたのは、彼女の整髪料の香りが漂ってきてからだ。
「あれ? これ……この前のライブハウスツアーの密着動画ですよね?」
笙胡の声に含まれている少しのトゲに気付いた時には、多分もう遅かったのだと思う。
「……………あ、笙胡さん。お疲れ様です……」
彼女の存在に今さら気付いた私の声はさぞマヌケなものに聞こえていたことだろう。
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