28話 カンフル剤
「麻衣さん、何であんなことしたんですか!?」
それから数日経ったある日のこと私はとある番組収録の合間、
舞奈も最近では選抜メンバーとしてすっかり定着した感がある。それに伴い彼女自身にも自覚が出てきたように見える。人気も上昇中だ。
「……何のこと?」
「あのライブハウスツアーとやらですよ!」
「ああ……そのことね。でもあれがどうしたの?」
私が企画したライブハウスツアーについて、実際に参加したアンダーメンバー以外で何か言ってくる人間というのはほとんどいなかった。
もちろん国民的アイドルであるWISH全体から見れば些細な仕事、という見られ方をされるのも当然だと思う。
ドサ回りなんてWISHのやるような仕事ではない! 格が下がる!……として開始前スタッフの一部の人たちは反対していたそうだ。あんなものは仕事のないアンダーメンバーを遊ばせておかないための暇つぶし……というような言われ方もしていたらしい。
私自身はそんな声があったことを知ったのはすべての日程を終了してからのことだった。社長に守られている私はそんな声を耳にすることはなかったのだ。
だから舞奈がそのことについて話してくるのが意外だった。
「余計なことしてくれたな、っていう話をしてるんです!」
「……余計なこと?」
舞奈がツンケンしている意味も、その言葉も全然理解出来なかった。
「麻衣さんは、私のこと応援してくれてるんじゃなかったんですか?」
「え……? それはもちろん今も応援してるわよ。舞奈の担当を外れた今もその気持ちは変わらないわよ!」
「じゃあ、なんであんなアンダーメンバーのツアーみたいな企画をしたんですか!? アンダーメンバーだけが経験が上がってスキルが上がってズルいじゃないですか!」
(……あ、舞奈はヤキモチ焼いてたってこと?)
必要以上にキツく絡んできた舞奈の意図は、今回ツアーに参加したアンダーメンバーへの嫉妬ということだったのか。
まったくもう……いつまで経ってもツンデレなんだからぁ……とニヤつきそうになるのを必死で抑え、コホンと小さく咳払いをする。
「良いこと、舞奈さん? 私はあなたのことをとても大事に想っているし、あなたを担当している時はもっと本気で……何ならセンター目指すくらいの気持ちで頑張って欲しいと思ったわ。それくらいのアイドルになる可能性があなたにはある、というのは担当を外れた今も思っているわ。でも私は今別のメンバーたちを担当しているのよ? 彼女たちのことを売り出したい。その気持ちも本当なのよ」
「……そんなことわかってますよ! だけど例のライブハウスツアー以降、妙にアンダーの皆の雰囲気が違ってきていて、すごく戸惑っているんです! 何か以前のWISHじゃないみたいなんです!」
「活気に溢れているってことね?」
WISHの良さは上品なお嬢様女子校的な雰囲気にある、というのが世間での評判だった。
もちろんそれは今も変わらない。だけどそれだけではきっとダメなのだ。同じことを繰り返しているだけでは徐々に沈んでいってしまう。……誰もまだ言っていないと思うので私のオリジナルの言葉ということで問題ないだろう……うん。
とにかく少し雰囲気を変えるカンフル剤に今回の一件がなれば良い……というのは薄々思っていたことだった。それが上手くいったということなのだろう。
「……別にそんなんじゃないです! とにかく! WISHの雰囲気が変わってきた原因が麻衣さんにもあるってことは、一応知っておいてもらいたかっただけです!」
舞奈のプリプリした顔は相変わらずとても可愛かった。
舞奈はやはり他の人間よりも敏感だったのだと思う。
アンダーメンバーの様子が変わってきている、と話題になったのはそれから少し経ってからのことだった。
次のコンサートに向けたリハーサルでのことだった。
私自身もスタジオでのリハーサルの様子を少し見ただけで、そうした空気を感じた。中心になっているのはやはりあのライブハウスツアーに参加したメンバーだった。
彼女たちはアンダーメンバーだから全体コンサートになった際も良いポジションを任されることは少ない。今までは中心に立つメンバーに遠慮がちな所が多く見られたのだが、それが明らかに変わった。
一つ一つのダンスは大きく伸びやかになっているし、表情も大袈裟なくらい生き生きとしている。それに個人のパフォーマンスの部分だけではない。周囲を盛り上げるための声掛けも積極的にしていたし、意見を言うべき時は積極的に発言していた。
彼女たちはお客さんの反応がダイレクトに伝わってくるライブを何度も行ったのだ。だから目の前のお客さんを如何に楽しませるか、盛り上げるかという部分をすごく具体的にイメージ出来ているのだろう。
単なる可愛い女の子たちのお飾りアイドルではなく、もっと魅せられるアイドルになりたい……というメッセージが、リハーサルの一つ一つの挙動から伝わってくるかのようだった。
アンダーメンバーの活性化と高評価はもちろん私の狙い通りで嬉しかったのだけれど、この企画の本当の主役だった池田笙胡本人は意外と
ライブハウスツアーの後も特に変わったところもなく、いつも通り安定したパフォーマンスを見せていた。むしろ共に参加したアンダーメンバーが活性化したことで笙胡自身が意見をする必要が減ったせいか、少し大人しくなったかのような印象を受けるほどだった。
「笙胡さん、この前のライブハウスツアーに参加したメンバーがすごく評価が上がってるんですよ! 初めての試みでメンバーをまとめてくれた笙胡さんには感謝しかないです!」
「あ、そうなんだ。まあ皆元々それくらいのポテンシャルはあったってことじゃない?」
自分の功績を誇るでもなく、功績の割に未だ報われない自分の境遇を嘆くでもなく、実にいつも通りの彼女だった。
というか彼女からしてみたら特に新しい大仕事という意識もなく、普通に場所とメンバーに合わせてライブを行ったというだけの感覚だったのかもしれない。
それよりも夏休みが終わり大学が再開したことで、単純に毎日が忙しそうだった。彼女がライブハウスツアーをどう感じたのかは結局イマイチ掴み切れなかった。
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