27話 ツアーを終えて

「じゃあ皆さん、お疲れ様でした! 明日も皆さんお仕事あるのでしっかり休んで下さい!」


 物販が終わり本当の意味でライブが終わった。

 私としては自分の企画したゲリラライブツアーが無事すべて終了したわけで、一仕事終えたという安堵感と達成感で一杯だった。


「いやぁ、でもこういうライブハウスでやるのも新鮮で面白かったよね!」

「うん。お客さんの反応もすごいダイレクトで見えたしね。きっとこのライブに参加したメンバーはライブのパフォーマンスが変わってくると思うよ!」

「ね! そうだと思う! 麻衣さん、このライブハウスツアーを企画してくれてありがとうございます!」


 メンバーたちも皆、ライブ後の達成感と開放感でテンションは高かった。

 本当は全員で打ち上げにでも行きたいくらいの気持ちだったが、そういうわけにもいかない。高校生以下の若いメンバーもいたしそもそも皆明日も仕事なのだ。ずっと一緒にいると毎回ライブを終える度に打ち上げをするようなことは無くなってくる。


「いえいえ、私も企画した時は手探りの状態でした。みんなの頑張りのおかげで良いツアーになったと思いますよ」


 私はメンバーからのお褒めの言葉を受け流す。別にお世辞でもなんでもなく正直な気持ちだった。


「でもさ、やっぱ笙胡さんがいなかったらこんなに上手くいってないよね!」

「そうそう、やっぱり毎回出演メンバーも違うのにまとめてくれてたし、フォーメーションとかダンスの調整までかなり笙胡さんに頼りきりだったしね!」


「え、そんなことないよ、別に。大したことはしてないって……でも、ありがと」


 突然褒められた笙胡もまた照れたような……だけどどこか上の空のような返事をした。もちろん笙胡がそんな気持ちになっている理由が私にはハッキリわかっていた。


「あ、麻衣さん。この後ちょっとだけ良い?」





「ね、麻衣さん、どういうつもり? 何でなみっぴさんがいたの?」


 メンバー全員と別れた後、2人で入ったハンバーガーショップで私は笙胡に詰められていた。

 もちろん誰かファンの人に見つかったら面倒なことになるので、駅を一つ移動した上でだ。深夜23時近くの店はお客さんもまばらだった。


「……いやぁ、私もびっくりしましたよ! 何でもSNSで話題になっているのを知って、今日の会場を予想して来ちゃったみたいです。オタクの人たちってスゴい深読みと予想能力ですよね!」


 わざとらしく明るい声を作って私も対応したが、そんなことで彼女が誤魔化されるわけもない。


「……うん、それはなみっぴさん本人から聞いたよ。何でなみっぴさんと麻衣さんがあんなに親密に話してたの? っていうかマミさんって誰? 私は麻衣さんのことをこれからも信用しても良いの?」


 私はムダに誤魔化そうとしたことを後悔した。一瞬で血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 私の行動がどれだけ彼女のためを想った善意の行動だとしても、そんなことで彼女に対する不誠実が許されるはずもない。一番大事な彼女の信頼を損なっては何の意味もないのだ。全てを正直に話すしかない。


「はい……。笙胡さん、ごめんなさい……。実は私、笙胡さんのファンの方々が集まるオフ会に参加してですね、みっぴさんとはそこで知り合ったんです。マミというのはそこで名乗った私の偽名です……」


「え? オフ会? 何それ? 何で?」


 突拍子もない展開に流石に驚いたのだろう。笙胡は目をまん丸にしていた。


「……笙胡さんの人気が上がるきっかけを少しでも見つけたくてですね……」


「はぁ……」


 私が本気で言っているのが笙胡にも伝わったのだろう。彼女はやれやれという風に大きく首を振った。


「だからさ麻衣さん……前にも言ったと思うけどさ、今さら私なんかにそんなに労力を割かなくて良いよ」


 諭すような口調の彼女に一気に申し訳なさが溢れてくる。

 やっぱり私は裏方の人間だ。メンバーである彼女の気持ちを優先出来ないなら何のために働いてきたのだろう? 私が笙胡のために良かれと思ってやってきたことは間違いだったのだろうか?


「……はい、いえ、でも……」


 もちろん言いたいことは沢山あった。でも何を言えば正解なのかわからなかった。


「……WISHにはもっと若くて可能性があって魅力的なメンバーが幾らでもいるんだからさ、麻衣さんはそういう子たちを売り出すためにもっと頑張ってよ」


 笙胡は少しぎこちない笑顔を私に向けた。なんだかこの笑顔を最近よく見ていたような気がする。


「はい……でも笙胡さんのファンは本当に笙胡さんの活躍を祈っています。私がマネージャーとして間違ったやり方をしたのは事実でそれは笙胡さんに謝らなければいけないと思います。……でも、あの場に行ったから私は笙胡さんのファンの人たちの熱い気持ちに触れることが出来ました。……だから」

「うん、わかったよ。……ありがとね、麻衣さん。ホントに感謝はしてるから」


 飲み物だけのトレーの上に出していた手を、突然笙胡に握られて私は言葉を失った。

 笙胡がこんな風にスキンシップをしてきたことはあまりなくて、ドキリとしたけど……でもどこか私の言葉を押し止めるためのものに思えた。


「……あのね、麻衣さん。私のことをそれだけ思ってくれるのは本当に嬉しいよ? でもさ、客観的に見てその労力を注ぐのは私じゃないでしょ? ってことだよ」


 当の彼女にそう微笑まれては私もそれ以上反論する言葉を持たなかった。






「……で、それで? 笙胡との関係は上手く修復出来たの?」


 翌日、私は事務所に行き社長に事態を報告した。

 もちろんメインは、ライブハウスツアーが無事終わり沢山の成果が出たということを報告するためであり、笙胡との些細な行き違いは枝葉のことに過ぎない。

 だけど多分社長は私の思惑に気付いていたのだろう。

 このツアーそのものが笙胡を売り出すためのもの……「アンダーメンバーを通してWISH全体を活性化する」というのは後付けの理由で、私の主眼はあくまでも池田笙胡というメンバーが如何に有能で、変えの効かない存在であるかを全体に知らしめるためのものだった、ということにである。


「……多分。私の行動も笙胡さんのことを想ってのものだということは理解してくれたと思います」


「そうね。笙胡は大人だし頭のいい子だからね。……でも麻衣、あなたがあまり1人のメンバーに入れあげるのは良くないわ。あなたの担当は他にも何人もいるでしょ?」


「……それは、もちろんわかっています。でも私は笙胡さんを売り出すことを諦めてはいないですから。笙胡さんには報われて欲しいんです」


「……わかったわ。あなたがそこまで言うなら私もあの子のことを見直さなければいけないのかしらね?」


 社長は笙胡に対する私の熱の入れようを笑ったが、きちんと受け止めてくれたように思う。

 だけどもちろん、社長と言えど一存でメンバーのポジションや扱いを大きく変えられるわけでないことは私もわかっていた。



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