26話 同上④~なみっぴさんとの邂逅~

「え、なみっぴさんじゃん! どうしたの? こういう地下イベントにも来るんだ!?」


 目の前に現れたなみっぴさんを見て笙胡は実に素直に驚いた。


「そうそう!……ってちがうよ。みんなのゲリラライブのことが話題になってたからひょっとして、と思って来てみたんだよ! アンダーは学生メンバーも多いでしょ? だから夏休みでこの企画もそろそろ終わる。となるとそろそろ都内のめぼしいライブハウスに戻って来るんじゃないか……そんな感じでイチかバチかここに来てみたらホントにWISHが来たから。私スゴいラッキーだなって」


「え、マジで? すごいじゃん!」


「うん、まあね。『WISHアンダーのゲリラライブ、次の出没場所はどこだ!?』みたいので結構話題になってたよ? ハッシュタグみたいのも作られてさ」


(マジかよ! スゲェな、なみっぴさん)


 私は自分の思考が全て読まれていたかのような敗北感を味わった。

 だけどなみっぴさんはそのことを勝ち誇るでもなく、過剰に興奮することもなく、むしろこの場に現れたことを少し恥ずかしがっているみたいだった。


「ま、せっかくだしさ、記念にチェキ撮ろうよ。ポーズはどうする?」


「そうだね、いつものハートのやつで」


 それだけを言うと笙胡もなみっぴさんも実にスムーズにポーズを取った。

 笙胡が右手で『?』のような形を作り、なみっぴさんが左手で同様の形を作る。2人がそれぞれの手を合わせるとハートの形になる……という、2ショットチェキでは定番のポーズだ。


「は~い、じゃあ撮りま~す! 」


 撮影する私は2人に声をかけた。




「でもさ、こんな小さな……小さなとか言っちゃったら失礼だけどさ……普通のライブハウスで笙胡ちゃんに会えるなんて、何だか昔のことを思い出しちゃったよ。オタクも長くやってると感慨深くなっちゃうねえ」


 撮影したチェキがカメラから出てくるまでは少し時間がかかる。この間も接触時間としてアイドルとお話しできるのが素晴らしいところだ。


「え~、ウソ。私たち2期生のお披露目だって1000人くらいは入るホールだったでしょ? ……でもそう言えばあの時、満員じゃなかったね……」


 笙胡もそれにつられて昔を懐かしむように右上の虚空を見つめた。

 その時私の持っていたカメラからチェキが出てきたので、傍らの小さな机の上に置く。それに笙胡がサインを書いてチェキは完成だ。


「ね。今はそんなこと絶対できないよね。まだ売れる前からWISHを追ってた私は運が良かったな、ってホント思うよ」


「……あの時はなみっぴさんも奈美のレーンに並んでたもんね。私のレーンはガラガラだったからさ、よく覚えてるよ」


(川合奈美のことだ!)


 笙胡の口から出てきた『奈美』という単語に私はハッとなる。

 お披露目の時から笙胡のライバル的存在と目され、だけど訳あってすぐにWISHを辞めてしまったメンバーのことだ。私がオフ会の潜入した時に聞かされた話……それもたしか、なみっぴさんから聞いた話だったはずだ。


「違うんだって、あの時は! 奈美ちゃんの次はホントに笙胡ちゃんの列に並ぼうと思ってたんだよ!」


 拗ねたような表情を見せた笙胡になみっぴさんがフォローを入れる。


「ま……今はこうして私のオタクやってくれてるから全然良いんだけどね」


 慌てたなみっぴさんを見て笙胡は笑顔を見せた。アイドルとオタクの関係としてはよくあるおふざけなのだろう。

 だけど私には、笙胡の笑顔が今まであまり見たことのない淋しいもののように見えた。単に過去を思い出してノスタルジックになっているだけなのだろうか。




 ふと他のメンバーからの視線が集まっていることに気付いて、私はハッとした。


「すいません! そろそろお時間ですので!」


 笙胡のサインも書き終わりチェキはとっくに完成していた。チェキ1枚で接触する時間はとっくに過ぎていた。

 個人的にはむしろいつまでも2人の会話を聞いていたかったが、もちろんそうもいかない。


「え~、良いじゃん麻衣さん。私のファンの人が今日来てくれるなんて思ってなかったんだよ? もう少し良いじゃん!」


 笙胡がなみっぴさんの肩をグイと引き寄せる。


「ちょっと、笙胡ちゃん。スタッフさん困ってるじゃないのよ」


 それをなみっぴさんの方が笑いながら剝がそうとしていた。

 引き剝がされそうになっても粘るファンは時々いるが(マナー違反なので辞めて下さいね!)、粘ろうとするアイドルとそれを剝がそうとするファン、という構図はあまり見たことがなかった。


「……笙胡さん、そろそろ……」

「良いじゃん、麻衣さん。もうお客さんもいないんだしさ!」


 なみっぴさんの出現によって笙胡も感傷的になっているのだろうか。今日は妙にしつこかった。


「ダメですよ。もう物販の時間も終わりなんですから」


 仕方なく私が2人の間に割って入って剥がす。

 別れ際も手を振っていたのはむしろ笙胡の方だった。




「あの、マミさんですよね? ……あ、そっか。麻衣だからマミってことですか」


 笙胡を始めメンバーたちが楽屋に戻り、私が物販ブースの片付けをしていると後ろから声をかけられた。物販が終わってからもなみっぴさんがこちらの様子を伺っていることに私は気付いていたので、声を掛けられてもあまり驚かなかった。


「はい……いつから気付いてました?」


 私は片付けの手を止めないまま答えた。


「ライブ中後ろの方で動画撮ってましたよね? その時から。……マミさんみたいな可愛い女性を私みたいなドルオタが忘れるわけないじゃないですか」


 苦笑しながら答えたなみっぴさんに向かって私はようやく振り返る。


「あの、なみっぴさん。いつもウチの笙胡の応援、本当にありがとうございます。これからもどうかよろしくお願いします」


「それは、もちろん言われるまでもなく……。私が好きでやってることですし、笙胡には私も色々な景色を見せてもらいましたから。あの子が卒業したら多分私もオタ卒ですけどね……。でもマミさんは何であのオフ会にわざわざ変装までして来たんですか?」


 どう答えようか迷ったが、今さらなみっぴさんに噓を付く気にもなれず、一つ軽くため息をつくと私は正直な気持ちを話した。


「……どうしても笙胡さんが浮上するきっかけを見つけたくって」


「あ~……そうですよね。私も笙胡には報われて欲しいなって思います」


 それだけで私となみっぴさんには充分だったのだろう。お互いの気持ちが通じたような気がした。


「……って笙胡ちゃん!?」


 だがその直後、なみっぴさんは私の背後に幽霊でも見つけたような声を出した。私もつられて振り返るとそこには池田笙胡本人がいた。


「……どうしたんですか、笙胡さん?」


 私は取り繕って何もないかのような顔を作ったが、笙胡の強張った表情は、すでに私となみっぴさんの話を聞いていたことを物語っていた。


「麻衣さんさ……」


 笙胡は珍しく口籠った。

 ストレートで素直な物言いをする彼女でも、ファンであるなみっぴさんの前では言い辛いのだろう。


「……笙胡ちゃん、あなたはみんなに愛されているんだね。麻衣さんはスゴいマネージャーさんだよ。感謝してあげてね」


 なみっぴさんも笙胡の態度で何となく察したのだろう。それだけ言い残すと去って行った。



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