25話 同上③~物販の様子~

「あ、あの、チェキ1枚良いですか……」


 並行物販を行っていたのだが意外とお客さんは訪れず、手持ち無沙汰の時間が続いていた。

 天下のWISHといえど、こうした地下現場ではまったく興味を持たれないのだろうか……というムードが少なからず流れていただけに、初めてのお客さんが現れたことはとても嬉しかった。


「はい! 喜んで!」


 物販のスタッフとして立っていた私は思わず居酒屋店員のような声を発してしまった。

 

「あの……自分も」

「あ、ボクも。2ショットは池田笙胡さんで!」

「自分はメンバー全員とのチェキを!」


 1人のファンが声をかけてきたことをきっかけに、多数のファンが争うように物販の列に並び出した。


(うんうん、良かった良かった!)


 その状態を見て私はホッとした。

 WISHが地下アイドルのファンにもこうしてきちんと認識されている、という事実が嬉しくないわけがなかった。


 メンバーたちも「ライブではお客さんも盛り上がってくれたが、こうした物販や接触に来るほどは興味を持たれていないのか」……と意気消沈しかけていたところだっただけに、お客さんが現れたことに一気にテンションが上がっていた。


「初めまして、WISHの池田笙胡です。今日は来てくれてありがとうございます!

すみません突然現場を荒らすような登場の仕方をしてしまって……」

「WISHのこと知ってくれてたんですか? ありがとうございます!」

「私たちこういうチェキを撮ったこともないんですけど……ポーズはどういう風にしますか?」


 チェキというのはメンバーとお客さんでポーズを一緒に決めて撮影することが多い。直接の身体接触は基本的に禁止だが、顔を近付けたり2人で手のハートを作ったりと……かなり近い距離感になることも多い。

 それにインスタントのポラロイドカメラは撮影してから実際のチェキが出てくるまでは少し時間がかかる。そのため撮影前からチェキが出てくるまで合計するとかなりの時間がかかるり、その間ずっとメンバーとお話が出来るのだ。


 こんなに長い時間の接触は私たちの感覚からすればあり得ない。普通、握手会での接触なんて10秒に満たないのがほとんどなのだ。

 この規模感のライブハウス、そしてWISH目当てのお客さんがほとんどいない、という特殊な状況だから成り立ったイベントだ。現在も物販列に並ぶお客さんは10人に満たない程度なのだ。

 しかしまあ、この神イベントも今日で最後だ。SNSなどで今日のことは話題になるかもしれないが、レアなものはレアだから価値があるものなのだ。


「あ、いや普通に今日のライブ見に来たんだけど、まさかWISHが出てくるとは……」

「もちろんずっと前からWISHのことは知ってたよ!」

「生で見るとやっぱオーラがあるよね! 地下アイドルはその辺の普通の女の子って感じだけど、流石WISHは芸能人って感じがするよ!」


 物販に来たファンの方たちも最初は緊張した様子の人が多かったが、すぐに打ち解けて色々と饒舌に語ってくれた。

 もちろん彼らの何人かが言った「やっぱ生で見るとWISHが最高。WISHに推し変するよ!」というのは恐らく物販に来た際にどこのグループのメンバーに言っているもので、いわば彼らなりの社交辞令なのだろう。


 ただやはり話を聞いていると、WISHの細かい歴史やメンバーのことをかなり詳しく知ってくれている人が多かった。本当に元々WISHなどのメジャーアイドルをテレビなどで知って、それをきっかけにアイドルにハマり、紆余曲折流れ流れて地下アイドルのオタクになったという人は結構多そうだった。

 ここに立っている6人は笙胡を始めWISHの中ではアンダーメンバーだ。「WISHはもちろん知ってるけど……この子たち誰? 黒木希を出せ! 井上香織を出せ!」などという雰囲気になるかと若干危惧していたのだが、やはり彼らオタクというのは元々オタク的性格なのだろう(全然バカにしてないですからね!)。彼女たちアンダーメンバーに関してもきっちりと把握していくれていたのは救いだった。


 しかしさらに深く話を聞いていくと、やはり地下アイドルのオタクの方が面白い、という話も聞けた。圧倒的に距離感の近い物販ではメンバーも友達のように接触してくれるし、ライブも至近距離で爆音のライブハウスで味わえる。オタクの少ないグループでは「自分がこのグループを支えなきゃ!」という使命感のようなものも出てくる、という話まで聞くことが出来た。


「ごめんね、天下のWISH皆さんにこんな下らない自分のオタク話聞かせちゃってさ!」


 饒舌に語ってくれたその人は最後に自嘲気味にそう笑って去って行ったが、普段知らない世界を垣間見れたようで私はとても新鮮だった。

 物販スタッフとして付き添っている私だけでなく、実際に対応しているメンバーたちも彼らの話を真剣に聞いていた。

 彼女たちはアンダーメンバーだ。色々なことを知って、少しでも今後の活動のヒントやモチベーションになってくれれば、この企画をした私としてこれ以上の収穫はない。




「あの、私もチェキをお願いしたいんですけど……」


 物販の時間もそろそろ終盤に迫ってきた時、1人の女の人が列に現れた。


「はい、ありがとうございます! どのメンバーをご希望ですか?」


 前のお客さんに「お姉さんスタッフの人? めっちゃ可愛いねぇ! 俺お姉さんともチェキ撮りたいんだけど! ダメ?」としつこく絡まれていたので、その女の人を直視する間もなくの対応になってしまった。

 

「あれ、 笙胡さんのオタクの人ですよね!?」


 後ろにいたメンバーの声を聞いて、私は初めて顔を上げた。

 そこにいたのは、なみっぴさんだった。


「はい、池田笙胡さんとお願いします……」


 そうだった。物販現場の忙しさと目新しさにこの事実を忘れていた。

 このライブには私が池田笙胡オフ会に潜入した時に出会った彼女、なみっぴさんも来ていたのだった。



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