22話 初めてのライブハウス③

「失礼します、ご挨拶よろしいでしょうか?」


 突然ドアをノックされ楽屋内には緊張が走る。


「はい……どうぞ」


「あ、どうもお疲れ様です……」


 入って来たのはWISHの一つ前に出演していたグループだった。激しい曲調で客席を煽りまくっていたロック色の強いあのグループだ。


「あ、あの……」


 4人のメンバーが全員入って来たが、なかなか用件を切り出さずもじもじしている。

 近くで見ると衣装もわざと破れたものを着ていたり、メイクもアイラインが強調された派手なもので、しっかりとコンセプトが徹底されているのだとわかる。


「は、はい……」


 私たちも固唾を飲んで彼女たちの次の言葉を待った。

 もしかして「私たちのシマを荒らしに来るんじゃねえよ! こっちが地下アイドルだからってなめんなよ!!」ということを言いに来たのだろうか? もちろん彼女たちには彼女たちなりのプライドがあるだろうし、ゲリラライブといった形で強引に出演させてもらったこちらの方が責められべきなのかもしれない。

 でもまあ私のようなマネージャー目線で考えると、そうした話をしに来るのなら誰かプロデューサーなりスタッフなり、大人の人間が同行すべきなのではないだろうか? メンバーだけでそんなことをさせるなんて卑怯じゃないか!? そっちがその気ならこっちにも言い分があるんだぞ!


「あの……私、元々WISHの大ファンだったんです……」


 そう言うと先頭に立っていた子は泣き出してしまった。


「実は私もなんです! ……あの、もし良かったらお写真一緒に撮っていただいても良いですか?」

「私もです!」「わたしも!」


 緊張していた楽屋の雰囲気が一気に弛む。

 尖った雰囲気のアイドルの子たちの登場に緊張していたWISHのメンバーたちもホッとしたようで、彼女たちに近付いて行く。


「あらあら、わざわざ来てくれてありがとうございますね。もちろん私たちはオッケーですけど……麻衣さん。写真とかは大丈夫なの?」


 泣き崩れた最初のメンバーの肩を抱きながら笙胡しょうこが私を振り返る。


「はい、もちろん大丈夫です! SNSにも載せてもらって大丈夫ですので!」


 実はこの点に関しては私も事前に考えていたのだ。

 こうして地下アイドルと交流をしてWISHの側からではなく、彼女たちのSNSを通じて宣伝してもらうのだ。これまでとは違った宣伝になるだろうし違った客層に届くことだろう。


「ですって。ウチのマネージャー様から許可が出たから写真一緒に撮ろうか? 握手もしとく?」


 笙胡が先頭に立って向こうのグループのメンバーとの距離を縮めると、それに倣ったように交流が始まった。


「あ、池田笙胡さん……。そんな! 無銭で握手なんて出来ませんから!」


 派手な衣装とメイクに気を取られていたが、よく見ると幼い顔立ちをしていた。恐らくまだ10代なのだろう。


「あ、そうだよね、こっちにはこっちのレギュレーションがあるんだよね? ごめんね、こういうライブハウスに出るのが私たち初めてだから……」


「いや……その、私たちなんかがWISHの皆さんと無銭で握手するのなんて恐れ多いっていう意味で……。私じつはWISHの握手会にも行ったことあるんです……」


「あ、そうなんだ!」


 笙胡の所だけでなく各所でメンバー同士のわちゃわちゃしたやり取りが繰り広げられていた。


(尊い! 実に尊い!)


 目の前の光景に私はとても感動していた。

 単に年頃の若い女の子同士がわちゃわちゃしている光景が百合百合しくて尊いというだけではない。

 WISHの歴史があるからこうした交流が生まれた、という事実に私は感動していたのだ。

 もちろんWISHのようなメジャーアイドルと彼女たちのようなライブアイドルとは少し異なった存在ではあるが、広い意味ではやはり仲間なのだ。WISHの活動を見て彼女たちは感動してアイドルになろうと思ったのだろう。そして彼女たちの活動もまた誰かの心を動かしてゆく。

 引き継がれてゆくアイドルの系譜がここで具現化したような感覚を覚え、私はこの光景にとても感動したのだ。

 ……まあなぜWISHのような王道のアイドルのファンだった子が、あんなに激しいロック色の強いグループで活動しているのかは謎だが……まあそりゃあ事情も思う所も色々あるのだろう。そこまでの事情は詳しく聞けなかったが。




 毎週土日、時には平日の夜もこうしてゲリラライブはしばらく続けられた。

 当初はもっと長く続ける予定だったが、結果的には2か月ほどで一旦打ち切ることになった。

 SNSによる拡散効果は私が思ってよりも強く、広く話題になってしまったというのが一番の原因だ。


 イベンターさんを通じて「今度はウチのイベントに出て下さいよ!」と売り込みを掛けられることも相次ぐようになったのだ。最初の方は渡りに船とばかりにそうした誘いに乗っていたのだが、そうしたイベントでは「今大人気のあのグループがシークレットで出演!?」などという宣伝文句を書かれるケースもあり、シークレットの意味が全くなくなってしまった。

 また逆に私たちには全然関係のないイベントで、同様に「あの国民的アイドルが出演するかも!?」みたいな広告を打ち、実際には全然関係のないグループが出演するという詐欺みたいなイベントもあったようだ。

 私たちとは全然関係のないそうしたケースでも、クレームがこちらに来てしまうこともあり、それには対応のしようがなかった。


 また、本物のWISHのオタクたちの動向も問題になった。

「今週は都内でまだやってないあそこのライブハウスじゃないだろうか?」

「いや、あそこのイベントのタイムスケジュールの空いている時間が怪しい!」

 だとか色々な推測を立てられるようになってしまったのだ。

 興味本位であーでもないこーでもない……とSNS上でやり取りしているだけでなく当然実際にライブハウスに足を運ぶオタクも出て来てしまう。

 まあ実際ライブハウスに足を運んでWISHの出ないライブを観て、新たなアイドルの魅力にハマるだけなら百歩譲って良いが、各方面に文句を言い出すオタクが出て来てしまっては問題だ。

 ウチの運営だけでなく、ライブハウスやイベント関係者、しまいには他グループの運営やオタクの方々にまでSNS噛みつく(当然ネット上で)始末だ。


 そんなこんなで多方面への迷惑を考慮して、一旦ゲリラライブは終了することになった。

「何でわざわざ売れているグループが地下の現場に来るんだよ?」

「棲み分けてるんだから荒らしに来るなよ!」

 という批判の声も多少はあったが、予想以上に歓迎してくれる現場のお客さんの生の盛り上がりに比べればネット上の批判など微々たるものだ。

 それに何よりも実際に共演したアイドルたちがとても歓迎して……時には感動しながら、共演してくれたことは大きかった。


 またごく単発で、あるいは少し形を変えて、こうしてライブハウスに出演することも良いかもしれない。



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