23話 ライブハウスツアー最終日

 色々と反響が大きくなり、終了の決まったゲリラライブハウスツアーだったがまだ最終日が残っていた。

 それもよりによって都心中心部のキャパ400人ほどという大きめのライブハウス。9月最初の週の金曜日の夜という日時。何かが起こりそうな予感がしていた。

 杞憂に終われば良いのだが、やはり最終日ということで私も緊張していたのだろう。


 SNS上では私たちの行ってきたゲリラライブハウスツアーのことが未だ話題になっていた。WISHのファンだけでなく、地下アイドルファンの人々も交じり合い賛否両論が展開されていた。


(う~ん、予想以上に注目が集まるのはもちろん企画者としては嬉しい気もするけど、ちょっと怖いなぁ……まあでも、とりあえず今日さえ何もなく無事に終わってくれれば……)


 祈るような私の気持ちをよそに、楽屋から客席の様子を伺った笙胡しょうこが声をかけてきた。


「ねえ、麻衣さん。何か今日お客さん多くない? 開演前なのに満員近いように見えるんだけど……」


 それにつられたように他のメンバーも慌てて客席を覗く(ちなみに客席といっても全てスタンディングなので実際には席は無い)。

 私も一緒になって覗くが客席には照明が灯されておらず、はっきりとした様子はわからない。でもたしかにかなり満員に近いように見える。

 土日昼間のイベントでキャパの少ないライブハウスなどでは開演前から満員に近いこともあったが、平日夜のイベントでそんな事は稀だった。

 お客さんは大抵が会社帰りのサラリーマンか学校終わりの学生のため、開演してから段々と増えていくことがほとんどなのだ。(他の地下アイドルさんたちの話を聞くと、堅気の人ではほとんど観に来れないであろう平日の午後早い時間でも必ず客席に現れる大きなお兄さんたちも時々いるそうだが……)


「あの……今日は何か特別なイベントなんですか?」


 私は近くにいたライブハウスのスタッフさんに聞いてみた。


「ああ、どうなんですかね? まあ出演するメンツはそれなりですけど、ウチはアクセスも良いですしね。大学生なんかはまだ夏休みのところも多いでしょうから、そういう影響じゃないですかね?」


 金髪の長髪を後ろに束ねた、今時珍しいいかにもライブハウスのスタッフらしいお兄さんは微笑みながら軽い口調で答えると、私の反応も待たずに去って行った。


「ま、とにかく今日でこれも最後だからさ、今までと変わらずしっかりとやろうよ。私たちのやることは変わらないんだしさ」


 笙胡が振り返り他のメンバーに声をかける。


「はい、そうですね!」

「もう中々こういう経験もないだろうしね」

「このツアー、最初はちょっと怖かったですけど今思い出してみると結構楽しかったですね!」


 他のメンバーもすぐに落ち着きを取り戻す。

 その反応がメンバーたち一人一人の精神的成長の証のように私には思えた。

 今まで経験したこともない小さいライブハウスで、自分たち目当てでないお客さん相手に、方向性も規模も違う様々な地下アイドルと対バンを繰り返したことは、やはり彼女たちをタフにしたのではないだろうか。

 それだけで自分の企画は間違っていなかった、と私は少しだけ誇らしく思えた。




(うん! みんな間違いなく成長しているよね!)


 その後WISHの出演しているステージを袖から見て、私は彼女たちの成長をさらに確信した。

 しっかりと楽曲をパフォーマンスすることはもちろんだけど、客席を見てアイコンタクトを取ったり、客席の反応によって表情やダンスを微妙に変えたり……そんな現場での対応力は間違いなく今までよりも向上していた。

 お客さんは当然WISHが出演することを知らなかったはずだが、誰もが彼女たちの一挙手一投足に注目していた。もちろん地下アイドルばかりのこのイベントの中で、WISHが唯一メジャーアイドルであるというアドバンテージはある。アンダーばかりの現在の出演メンバーのことをお客さんがどれほど知っているのかは分からないが、特別ファンでなくともほとんどの人が口ずさめる楽曲ばかり……というのは大きなアドバンテージだろう。

 あとはすでにWISHがゲリラライブを敢行していると話題になっていたことも大きいだろう。WISHが登場してきた時の盛り上がりはツアー初日とは比べ物にならないものだった。もしかしたらWISHの出演があるかも……と意識していたお客さんも中にはいたのかもしれない。




(でもやっぱり贔屓目抜きに見ても、パフォーマンスは笙胡が一番だよね!)


 私はライブハウスの客席の一番後方に来ていた。

 たまには客席側でこの熱狂を感じてみたかったのだ。後方にいると背の大きな男性客に隠れてステージがはっきり見えないこともあったが、それでも生ならではの伝わるものがある。大きなホールのコンサートとは全然違うものだ。

 WISHの楽曲がお客さんをいかに盛り上げるかとても計算されて作られている、というのも改めて感じた点だし、メンバーのパフォーマンスがいかに客席の盛り上がりにダイレクトに影響するかというのもすごく伝わってきた。


 笙胡の伸びやかでストレートな歌声が聞こえてきた。

 やっぱり生の歌声は良い。彼女の真っ直ぐで努力家なところ、だけど繊細で控え目なところも、すべてその歌声に含まれているように思える。

 きっとステージ上では誰も自分を偽ることは出来ないのだろう。そんな気がした。


 私は録画しているスマホを頭上に掲げた。目の前の背の大きな男性客よりも高く掲げることで、ステージはもっと全体的に映るだろう。

 そう、実は私はツアーに同行しながらその様子を時々こうして録画していたのだ。

 こうした実際のライブ映像だけでなく、オフショット的な楽屋の様子も時々撮影している。

 WISHは元々多数のカメラが付いて回ることが多い。実際にドキュメンタリー映画として放送されたこともあったし、色々な番組の撮影で現場にカメラが入ることもしょっちゅうだった。

 もちろん今回のライブはシークレットの出演だし、最少人数で行動しなければならないので同行するスタッフもマネージャーの私1人だ。だから私が自分のスマホで時々こうして撮影をしていたのだ。

 プロのカメラマンに比べれば映像的にはお粗末なものだが、逆に付き合いの長い同性の私にだけ見せてくれるであろう彼女たちの素の表情がスマホには幾つも収められていた。

 このツアーが終わったら、ファンの人たちのためにどこかでこの映像も放映したいと思っている。




「皆さん! 私たちWISHです! 突然シークレットで出演させていただいたにも関わらず、これだけ盛り上がってくれて、とってもとっても嬉しいです!」


 曲が止まりMCになった。MCは最後の曲の前の1回だけと決まっていた。

 つまりもう次で最後の曲ということだ。

 私は客席を搔き分けながら急いで舞台袖に戻っていった。舞台袖からの様子ももう少し撮影しておきたいと思ったのだ。


「それでは最後の曲です! 聞いてください『それでも、桜は咲いている』です!」



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