21話 初めてのライブハウス②

(良いライブ!……だったよね?)


 慣れないライブハウスという環境でのライブだったので、傍から見ている私の方が緊張しっぱなしで時間が一瞬に感じられた。

 そもそも持ち時間が30分なんて短すぎるのだ。WISHのコンサートは大抵2時間前後のものになる。その間には色々と演出が入ったり、映像があったり、特殊効果があったり、コーナーMCがあったりととにかく飽きさせない要素が沢山盛り込まれている。

 

 でもライブハウスというのも悪くない気がする。

 というかむしろファンにとっては最高の環境なのではないだろうか? 終わってみると、いつの間にか私もオタク目線に戻ってライブを観てしまっていた。

 何万人も入るドームのような大きなコンサート会場で味わう一体感や派手な演出はないものの、ライブハウスはとにかく客席とステージの距離が近い。一応仕切りとなる柵のようなものはあったものの、最前のお客さんはアイドルに手を伸ばせば触れられそうなほど近い距離でパフォーマンスをしていた。実際に客席側に身を乗り出すようなパフォーマンスをしていたグループもいた。

 推しに触れられそうな距離でパフォーマンスを観れるというのはオタク冥利に尽きるのではないだろうか。


 オタクの方々の熱量もすごくダイレクトに伝わってくる。もちろんこの点に関しては大きなライブ会場ならではの感動もあるだろうが、ライブハウスの熱量というのはアイドル側のパフォーマンスに影響を与えるくらいダイレクトなものだ。

 そのグループごとにノリ方や熱量の特徴があるのもとても面白かった。

 池田笙胡オタクのオフ会に潜入した時に感じた熱量に近いような感覚を私は覚えた。


 それからこれは私にとって少し意外だったのだが、音響がとても良いという点も感じた。

 WISHは最も売れているアイドルグループの一つだから、当然コンサートにも一流の音響スタッフを揃えている。だけど大きな会場の音響というのはどうしたってズレが生じてしまうものだ。場所によっては色々と音が混ざってしまって気持ち悪く聴こえる場合もある。純粋に音を楽しむなら小さいライブハウスの方が断然気持ちいい、ということをこうして経験して初めて知った。

 もちろんWISHは王道のアイドルグループだから、そんなに音にこだわるオタクが多いグループではない。あくまで主役はメンバーであり、その魅力を引き立てるためにダンスや歌があり、楽曲があるという順番だ。

 だけど今日こうしてライブハウスでの大音量のライブを観て、WISHの楽曲がこんなに良いものだったんだ、ということを改めて再確認した。たとえアイドルの楽曲だとしても製作側はものすごくこだわりを持って音楽を作っているのだ。




「あ~、緊張した! あ、麻衣さん、どうでした?」


「いや、すごく良かったと思うよ! みんなはやってみてどうだったの?」


 あっという間の出演時間を終えてメンバーが控室に戻ってきた。どのメンバーも肩の荷が下りたようなリラックスした表情をしている。やはり慣れない環境でのライブはそれだけプレッシャーだったのだろう。

 いつもの大部屋とは違い、6人入って荷物を置けばもうギリギリの小さな楽屋だった。でもこれはこれで良い。全然イヤだとか不自由だとかは思わなかった。メンバー皆もいつもと違うこんな環境を楽しんでいるように見えた。

 

「う~ん、やってる方としては楽しかったですね。お客さんの表情もすごくハッキリ見えるし、メンバーとも近いし。まあ逆に近過ぎてぶつかりそうになっちゃったことも何回かあったけどね!」

「ね! 動線の感じとかだいぶ違うから、慣れないとちょっと怖いよね!」

「ってか私たちだけ、浮いてないか心配だったよね?」


「なるほどね……笙胡さんはどうでした?」


 それまで口を開いていなかった笙胡に、私から感想を振ってみた。


「う~ん、6曲目終わって一回MC挟んだじゃない? あそこでもっと盛り上がるかと思ってたんだけど、そんなでもなかったよね? 曲中はスゴイ盛り上がってくれてたからちょっと微妙だったかなぁ?」


「あ、全然そんなことないと思いますよ!」


 少し心配そうな顔を見せた笙胡を私はフォローする。

 今回のライブはシークレットでの出演であり、私たちWISH目当てのお客さんというものは存在しないのだ。


「多分あれは他のグループのオタクの方々ばかりだったからでしょう。共演したグループのメンバーさんも当然客席の様子を見ているわけで、自分の推しが見ている状況でWISHにあまりに沸いている状況を見られたらマズイ……他のグループに目移りしたと思われたくない……そんな意識が働いただけだと思いますよ」


「ああ、そっか。そういうのもあるよね。普段対バンなんかしないからその辺の感覚はわかんないね」


「曲中はそういう方々もノッてましたし、客観的に見てWISHというグループはとても良いグループだって私は再確認しましたよ。曲も良いし、パフォーマンスも、皆さんの魅力も、正直ピカイチだったと思いますよ」


 これは私の正直な意見だ。

 他のグループが良くなかったというわけでは全然ない。

 でも比較対象としていくつものグループと共演出来たことで、やっぱり改めてWISHは素晴らしいグループだと思えた。

 曲も良いし、メンバーのルックスも正直言って他のグループよりも優れている。ここにいるメンバーはアンダーメンバーばかりだから、その部分ではあまり自信を持てないメンバーもいるようだが、彼女たちは何万人ものオーディションを経て合格したアイドルエリートなのだ。

 パフォーマンスに関してもどのグループよりもレベルが高かった、というのも私の正直な感想だ。今回はキャリアが長いメンバーが多かったというのも強味の一つだろう。

 もちろん好みは様々だから他のグループの方を好きになる人もいるだろうが、やっぱりWISHは素晴らしいグループだと思う。

 今回のライブハウスツアーの課題である、パフォーマンスという点でWISHが高水準にあることを確認出来たのは大きな収穫だ。尖った音楽性や、激しいパフォーマンスのグループが他に多かったことで改めてWISHの王道アイドルとしての魅力を再確認出来たという感じだ。


「でもさ、もっともっと私たちのパフォーマンスが良かったら、そういう人たちもWISHに推し変しちゃうんじゃない? もっとがんばろ!」

「ね、こういうライブを続けていけば、絶対本チャンのライブも良くなるよね? 麻衣さん、このツアーまた私出たいです!」

「あ、私も!」

「でも、一つ前のグループの客席の煽り方凄かったよね? ああいうの私たちも出来ないかな?」

「いや、流石にWISHには合わないでしょ!」




 ライブ後の高揚感からかメンバーの盛り上がりは続いていた。

 始まる前は吉と出るか凶と出るか不安だったライブハウスツアーだったが、メンバーが楽しんでくれて、さらに自分たちの今後の課題まで考えてくれている……これだけでもう成功したようなものだった。

 笙胡の表情も充実感に満ちていた。

 そうだ。いつかプレミアム的に選抜メンバーでも特別企画として、限定的に小さいライブハウスでライブを行う、というのは中々面白い案なのではないだろうか?

 本当に厳選された100人くらいのWISHのトップオタを集めてライブを行う。そんな空間を一度見てみたいと思った。




 コンコン、コンコン。


「失礼します! 少しよろしいでしょうか!?」


 不意に楽屋の扉がノックされ、メンバーたちもお喋りを止めた。



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