20話 初めてのライブハウス①
季節は夏を迎えようとしていた。
なんとか諸々の事情をクリアして私の提案したゲリラライブハウスツアーは行われた。
主に週末、都内だけでなく関東近郊のライブハウスを狙い、アイドルが複数出演するイベントにWISHのメンバー5,6人で出演する……自分で言い出した案だったがこうも早く実現するとは思ってもみなかった。そこはやはり社長の実務力だろう。
実際に出演するのはアンダーメンバーの5,6人。アンダーメンバーといってもそこは天下のWISHのメンバーたちだ。週末を暇にしているメンバーなどは誰もいないのだが、忙しい合間を縫って何とか出演してもらった。
WISHも今や国民的人気グループになってしまったため、他のグループと共演する機会はほとんどない。ましてやキャパの小さいライブハウスに出演するという経験もない。そのため誰もが出演を嫌がるかと私は予想していたのだが、多くのメンバーは緊張を見せながらも前向きに捉えてくれた。
一方、提案を受けたライブハウスやイベントの主催者側の反応はまちまちだった。
「アイドルグループ『WISH』のマネージャーをしております小田嶋麻衣という者ですが……」と電話口に名乗っても、メールを送っても、こちらが本当にあの『WISH』のマネージャーだということすら信用してもらえないことも多かった。
こちらが本当にWISHの運営だということが分かっても反応はバラバラだった。即座に出演をオッケーしてくれるライブハウスやイベント主催者もいたが、出演に難色を示されることも多かったし、断られることも度々だった。
もちろんそちらの事情も理解出来る。というかそれが普通なのだと思う。
事前に考えられたイベントには当然それぞれのコンセプトがあって、それに見合う出演グループを揃えているのだ。それに対して急遽「私たちも出演させてもらえないでしょうか?」と食い込んでいくのは一種の暴力だ。『天下のWISH』というブランドを笠に着た尊大な態度と思われても仕方ないだろう。
それでも何とか出演をオッケーしてくれるイベントを見つけて、ライブに漕ぎつけたのだった。
当然私もこのアイデアの企画者として、またWISHのマネージャーとしてライブハウスに同行した。
(おお、これはスゴイ! 何か野蛮な空気がする!)
WISHの出番前のグループのライブを観た私は、今まで経験したこともない会場の雰囲気に呑まれそうになっていた。スピーカーからの出音は耳がおかしくなりそうなほどの大音量だし、フロアのオタクたちはとってもとっても暴れていた。そもそもやっている音楽がアイドルがやるとは思えない激しいロックだったからそれはそれで合っているのかもしれないが、そもそも何でこんな音楽をアイドルにやらせるのか私には意味不明だった。MIXやコールはWISHのライブでも普通に入れられるが、地下アイドルのオタクたちのそれは、とても複雑で全く理解出来なかった。
でもこういうものを求めている客層が存在するというのは、私にとって新たな発見だしそこから何かヒントを得られるかもしれない。
「え、ヤバ……私たち大丈夫かな?」
「こういうグループばっかり出るの? この後に普通にWISHの曲やっても良いのかな?」
「え、何か私たちも客席煽ったりした方が良いんじゃない?」
初めてみる光景に出演するメンバーたちも多少の動揺を見せていた。
ステージでは出演中のグループのメンバーが客席に向かって「お前らまだまだいけるだろ~!!!」と叫んでいた。10代にしか見えない大人しそうなその子のギャップに私も度肝を抜かれていたし、動揺するメンバーの様子を見て、私もこのプランそのものが失敗だったのではないかという考えが一瞬頭をよぎった。
「あ~、いや、まああんまりこの雰囲気に合わせに行っても意味ないと思うよ? そもそも客席は私たちが出演すること知らないんでしょ? 普通にやれば良いから。……ってか、もしライブして客席が地蔵ばっかりのドン滑りだったら、それはそれで私たちの責任じゃないからさ。いつも通りやろうよ?」
動揺しかけていた雰囲気を落ち着かせたのは笙胡だった。
彼女の一言に他のメンバーも落ち着きを取り戻し、私も腹を括った。
「笙胡さんの言う通りです! 全責任はこれを企画した私にありますから、皆さんはいつも通りのパフォーマンスをしてくれれば大丈夫です!」
私は笙胡に無言でうなずくと、彼女もうなずき返してくれた。
そうなのだ! そもそもこのライブハウスツアーは彼女……池田笙胡をピックアップするために思い付いた案だったのだ。
オフ会に潜入した後の私は、卒業までに笙胡の人気を少しでも上げるために全力を尽くすことに決めた。
そのためにはどうすればいいだろうか?
散々悩んだが出てきた答えはシンプルなものだった。とにかくライブでの輝きにスポットを当てる。
彼女の一番の魅力はやはりライブでのパフォーマンス力だ。しなやかなで洗練されたダンス、伸びやかで正確な歌声、曲調に合わせた多彩な表情……とにかくステージ上の彼女の姿を少しでも見てもらえば、魅力が伝わることは間違いなかった。
でも彼女はずっと人気下位だ。5年目とキャリアも重ねてしまい、今からわざわざ新たに注目するファンもほとんどいないだろう。
だけどそんなことは関係ない。生の彼女のパフォーマンスを目にしてくれれば心動かされるファンはきっと沢山いるはずだと私は確信していた。
とにかく少しでも話題になって、1人でも多く彼女のファンを増やしたかった。
多分笙胡自身はあまりガムシャラにその姿勢を見せないだろう。彼女は大学在籍中に就活も行い、それに伴う卒業をすでに視野に入れているということを明言しているのだ。
だけど人気が出ること以上にアイドルにとって嬉しいことがあるだろうか?
それにこれは彼女自身のためだけではない。彼女の濃いオタクたちの願いでもあるのだ。
オタクたちにとって自分の推しが少しでもスポットライトを浴びて、良いポジションでパフォーマンスすること……それ以上に自分たちの推しが報われることがあるだろうか? いや、ない!
そうしたことを含めて私はこの企画を思い付いたのだ。
大人数で踊るいつものWISHではなく、こうした少人数のパフォーマンスならば、周囲に合わせる必要なく笙胡自身のポテンシャルを存分に発揮出来るのではないか。
それに客側も出演人数が少なければそれだけ笙胡のパフォーマンスに注目せざるを得ない。もちろんこれから出演するライブはシークレットでの出演なので、彼女たち目当てのお客さんというものは1人もいないのだが、それでもSNSなどを通じて彼女の魅力は拡散されてゆくに違いない。
一回ではその力は弱いだろうが、このゲリラライブハウスツアーは何度も繰り返し行うつもりだった。繰り返すうちに徐々に評判を呼ぶに違いない。生で観たものの威力というのは強烈なものだ。笙胡のパフォーマンスはそれだけの力がある。私はそう確信していた。
「あ、前のグループが最後の告知の時間になったみたいですね。そろそろスタンバイして下さい!」
ステージ上の様子を察知して私はメンバーに声をかけた。
「円陣やっとこっか? そうだ、せっかくだから麻衣さんも入りなよ!」
笙胡の提案に私は少し尻込みした。ライブ前の円陣はメンバーだけで行う儀式的なものだと思っていたからだ。でもこのライブの企画者は私だ。他に運営スタッフもいないことだし、少しメンバーになったような気分を味わうのも良いだろう。
「はい。さっき笙胡さんが言ったように、いつも通りの皆さんのライブを見せればWISHの優勝は間違いないです、はい。優勝とか別にないですけど……。ま、正直、あんまり他のグループと比べるのも悪いですけど、皆さんが一番可愛いのは間違いないですし、パフォーマンスも負けるはずがないと思います。一発かましてきて下さい!」
「「「おー!」」」
後から考えればいつもと違う雰囲気に呑まれていたのは私で、あまり適切な言葉ではなかっただろうが、ともかくメンバーは笑顔で応えてステージに向かってくれた。
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