19話 麻衣氏、一計を思い付く
「あ、笙胡さん……。おはようございます……」
「おはようございます……え、何? 麻衣さんどしたの? 私の顔なんかジロジロ見て?」
次の日、
「あ、いえ……つい笙胡さんに見惚れてしまったといいますかね……」
「何言ってんよ。誰が見ても麻衣さんの方が美人じゃない。やめてよね、こっちは毎日麻衣さんの顔見る度に落ち込んでるんだからさ!」
笙胡さんはそう言うと私の頬っぺたを指でぐりぐりと押してきた。
……いつもと変わらぬ彼女の態度に少しホッとする。
不審だったのはどちらかと言うと私の態度の方だったのかもしれない。
昨日オフ会に潜入した余韻が残っていて、笙胡の顔をまともに見れなかったからだ。照れるような気持ちと、あんなスーパースターとこんなに身近で接したりして良いのだろうか? という罪悪感とがせめぎ合ってる不思議な感覚だった。
(ダメダメ! これでは仕事にならないわよ、麻衣!)
大体、今までもずっとWISHのメンバーと間近で接してきたのだ! それが私の仕事だったのだ! 今さら照れてどうする!
ごほん、と意識的に大きな咳払いをして私は自分に喝を入れた。
「……実は少し考えているアイデアがありましてですね。笙胡さんの意見も聞いてみたいな、と思って相談に来たんです」
「相談? 私に?」
「ええ、ぜひとも笙胡さんのためでもあると思っていましてですね……。実は小さいライブハウスにゲリラ的に出演する、というのを考えているのですが……どうでしょうかね?」
「え、ライブハウスにWISHがライブで出るってこと? そんなの大丈夫なの?」
私の案に笙胡は目を細めた。たしかに奇妙な案に思われても仕方ないだろう。
「もちろんあまり大人数では難しいと思います。メンバー5,6人程度の出演ですね」
「ふ~ん? それはどういう意味? 何か狙いがあるの?」
笙胡は依然として首を捻っていた。まあいきなり前例のないこんなことを提案しても理解は難しいだろう。WISHのようなグループは大きな会場でライブを行っても集客が見込めるのだから、今さら小さいライブハウスに出演するというのは逆行した案だと思われるのも当然だろう。
「……理由はいろいろあるんですけど、WISHのライブでのパフォーマンス力を世間の人にもっと純粋に見てもらいたい、というのが一番ですね。それともう一つはやはり話題作りです。今のWISHが良くないわけでは全然ないと思いますけど、常に新しいことを試し続けることが大事だと思うんです」
一マネージャーに過ぎない私がWISH全体の活動方針を考えるなどということは、もちろん差し出がましい行為だ。
でも社長は普段から「何でも良いからアイデアを聞かせてちょうだい」と言っていた。広く他人の意見を取り入れることで社長は今まで成功してきたのだろう。
「まあ、私としては面白そうだとは思うけど……そんなことホントに出来るの?」
「正直わかりません。まだ社長にも言っていないことですから。……でも、実現したら絶対WISHの新たな魅力が世間に伝わると思うんです!」
私がこの案を思い付いたのは昨日のオフ会の後だ。
笙胡に話した通り、もし実現すれば話題になることは間違いないだろう。そして多くの人に今一度WISHのライブを見て、その実力を感じて欲しいということに尽きる。
WISHは今一番メジャーなアイドルである。そして不思議かもしれないが、それゆえに逆にナメられているというか、軽んじられてる部分がある。
知名度があるから売れているだけ、ルックスだけのお飾りアイドル……と穿った見方をするアイドルオタクが少なからずいるということだ。
そうした食わず嫌いのアンチがいることこそ国民的アイドルの証拠でもあるのだが、そうした層にもWISHの魅力が届いて欲しいし、またそうした穿った目をも覆すだけの魅力が今のWISHにはある……と私は確信していた。
「まあ、正直どうなるかはわかんないけど……私は面白いと思うわよ」
そう言うと笙胡はニコリと微笑んでくれた。とりあえずは第一関門突破といったところか。
「ふ~ん、面白そうね。でも採算が取れるかは微妙だけど、当然それも分った上で麻衣は言っているのよね?」
今度は先ほどの案を早速社長に告げに行った。社長は一定の理解は示してくれたが痛いところを突いてきた。
「それは……そうかもしれません。そこまで考えてはいなかったです、すみません……」
私が提案したのは小さいライブハウスにシークレットで出演するということだ。幾つものアイドルが出演する対バンライブにWISHも密かに混ぜてもらって出演するのだ。
シークレットでなければ意味がないのだ。事前に告知をしてしまってはキャパの小さいライブハウスはWISH目当てのお客さんが殺到してしまう可能性が高い。そうではなくてアウェーの環境で、今のWISHが純粋にどれだけのパフォーマンスを見せられるか。自分たちのファンではないお客さんの心をどれだけ掴めるかを試したいのだ。
でもそうなると当然大きな利益は見込めない。WISHがいつもライブを行っている会場とは規模が全然違うし、シークレットでの出演ということになればチケットバックなどは当然見込めないだろう。物販などが可能だったとしても利益はたかが知れている。メンバーの稼働を考えたら赤字になる可能性は高いだろう。
「まあ、でも面白いと思うわよ。宣伝のための先行投資として考えたら全然アリよね」
しかし社長はやはり視野が広い。少し考えている様子だったがすぐに理解を示してくれた。
「はい! 今のWISHならばきっといい意味で話題になると思うんです! 」
WISHのようなメジャーアイドルと対比して小さいライブハウスに出演するようなライブアイドルのことを地下アイドルと呼んだりする。彼ら地下アイドルのオタクは地下界隈を強く愛している。それゆえに一部のオタクにはメジャーアイドルを毛嫌いする傾向が少なからずあるのは事実だろう(もちろん地下も地上もどちらも大好きというオタクの方々も多いのだが)。
しかしそうした層にも今のWISHのパフォーマンスを生で見せれば、少なからず心を掴むことが出来ると私は確信していたのだ。
逆にもし苦戦することになればそれはそれで良い。今のWISHに足りない所、さらなる課題が見えてくるということでもあるからだ。
「『同じことを繰り返しているだけではゆっくりと沈んでいってしまう。上手くいっているように見える時ほど次の手を考えなきゃいけない』いつも私が言っていることよね。……でも麻衣はどうして急にそんなことを思いついたの?」
「それは……」
まさか、変装して偽名を使い池田笙胡オタクのオフ会に潜入してきたとは言えなかった。
だが社長は私の顔をじっと見つめると、仕方なさそうに笑った。
「そっか、笙胡ね。麻衣がそこまで笙胡に入れ込んでるとは思ってなかったわよ。……でも良い傾向だと思うわよ? 自分の一番身近な人間をファンに出来ないアイドルが、大勢のファンを獲得できるはずがないものね」
「はい、そうです。……そう思います」
まったく、この人はエスパーなのだろうか? それとも社長ともなれば一マネージャーの動向など手に取るように分かるものなのだろうか? 社長の人の心を見抜く能力に私は白旗を上げた。
社長の言う通りだった。私のこの案はWISH全体のためというよりも、笙胡のためのものだったのだ。
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