18話 オフ会潜入⑤~笙胡の過去~

「やっぱりマミさんも笙胡のことが本当に好きなんですね!」


 未だ輪の向こう側ではああでもないこうでもない、WISHの運営は無能!クソ! といった議論が白熱していたが、私は再びなみっぴさんを含めた最初の小さな輪に会話の場を狭めていた。


「あ、いえ……たまたまですよ」


 嬉しそうななみっぴさんの言葉に思わず恐縮してしまう。

 なみっぴさんの言葉は私の先ほどの発言を受けて、笙胡オタクとしての私を見直した、という意味だろう。もちろん実際のところは私が笙胡のマネージャーだからあの発言が出来ただけで、彼ら純粋なオタクにはある意味まったく敵わないのだが。


「ね、でもさ、笙胡ってあれだけダンスが上手いからもっとガツガツ前に出て行けば良いのに……って歯痒く思うことない?」


 ドルオタ歴の長い40代くらいの男性がまた話に入ってきた。


「ああ、もちろんそう思いますよ。特に後輩の3期生が入って来てからは、若い子を前に出して自分は一歩下がる……みたいな傾向が笙胡はとても強くなっちゃった気がしますね。もちろんそれは良いことでもあるんだけど、昔の笙胡を知っている身としてはもっと自分のことを優先して欲しいなって思う時もあるかなぁ」


「え、昔は違ったんですか? なんか俺は今の笙胡さんのそういう態度がとても大人っぽくて好きなんですけど……」


 これにまたガチ恋だという大学生の彼が加わって、座は再び私・なみっぴさん・40代ドルオタ・ガチ恋大学生という4人になった。


「ああ、昔はもっと露骨に負けず嫌いを態度にも表情にも出してたし、ダンスとかステージ上のパフォーマンスに関しては絶対譲らないって感じがありましたよね? 表情も含めて柔らかくなったのはここ1,2年ですよね?」


 なみっぴさんが40代オタクの人に同意を求めると、彼も大きくうなずく。


「ああ、最初のオーディションの映像とか見たことある? 多分探せばどっかの動画サイトであると思うけど……初期の頃の笙胡はもっとギラギラしてたし、誰も寄せ付けないような雰囲気があったよな。ダンスに関しては今よりキレキレだったんじゃないかな?」


「へえ~、そうなんですね! ちょっと映像どっかに落ちてないか探してみます。俺にとってはちょっと意外です」


 驚いた大学生の彼と私も同じ気持ちだった。

 加入当初の彼女の細かい動向についてはまったく知らなかった。


「そうですね。もちろん今の笙胡のことも大好きっていうのは大前提ですけど……WISHのことが好きになって全体のことを考えるようになって、良い子になっちゃった部分があると思うんですよね……笙胡は頭も良くて良くも悪くも全体が見えてしまうから。これが自分のことしか見えなくて個人プレーに走るようなメンバーだったらもっと輝いてたような気もするんですよね。……でも、そんな笙胡だったら私は今ほど彼女のこと好きになってなかったかもなぁ……」


 なみっぴさんはそこで少し遠くを見て笑った。そこには少しの哀しみと変わらぬ笙胡への愛が含まれているように見えた。


「まあな……俺もそうだよ。大人で周りが見えてしまう。でもきっと本気を出せばもっともっとやれるに決まってる。ライブ中の笙胡を見ても俺はそんなことを思っているかもしれない。……それに、笙胡が今みたいなスタンスになったのって、やっぱり川合奈美かわいなみの件があってからじゃない? あれ以降明らかにパフォーマンスの仕方は変わったし普段の表情も変わったような気がするんだよな。悪い言い方すれば、明らかに愛想笑いが増えたっていうかさ……」


 40代彼の言葉になみっぴさんも静かににうなずいていた。


「あの……川合奈美というのは誰なんですか?」


 何となく聞きづらい雰囲気ではあったが、私は尋ねないわけにはいかなかった。

 大学生の彼も目を見開いて私と同様の疑問を抱いていることを示していた。


「あ、うん……。マミさんも、ガチ恋君も、握手とかで会う機会があってもこれは笙胡本人にはあんまり言わないであげてね? 多分笙胡にとってはあんまり触れて欲しくないことだと思うから……」


 そう前置きするとなみっぴさんは事情を詳しく話してくれた。

 



 川合奈美というのは笙胡と同じ2期生で加入したメンバーだそうだ。キレの良いダンスと同じ年齢ということでオーディション時点から笙胡と彼女はライバル関係のように見られていたようだ。実際当時は笙胡と川合奈美の2人が2期生を引っ張ってゆく雰囲気があったようだ。

 それが、笙胡とパフォーマンスに関する意見がぶつかり合ったことをきっかけに川合奈美は3回ほどコンサートに出ただけで卒業(名目は活動辞退)してしまった。表向きは「体調不良により」という理由だったが、実際には「私のせいだった」という言葉をなみっぴさんは笙胡本人から聞いたことがあるそうだ。

 もっともっとぶつかり合うことで、全体のより良いパフォーマンスを引き出そうと笙胡は目論んでいたようだが、川合奈美の方は笙胡のそうした姿勢に付いていけず早々に辞めてしまった。


「……たしかにあれ以降の笙胡は笑顔が増えたけど、もしかしたら愛想笑いばかりで本気で笑える機会は減ってしまったのかもしれないわね……」


 なみっぴさんの言葉にまた少しの沈黙が流れる。


「……笙胡さんは、なみっぴさんにどうしてそこまで心を開いてくれたんですかね?」


 マネージャーになった私に対してもそんな気配は少しも見せたことがなかった。

 笙胡はマネージャーの私よりも古参のファンのことを信用しているのだろうか? それはそれでアイドルとして素晴らしい態度なのかもしれないが、私個人としてはやはり少し淋しい気持ちだった。


「あ、いや、私は少し特別って言うか……実は私、どっちかっていうと元々は川合奈美のオタクだったんですよ。だけど奈美の卒業が急遽決まって、最後の握手に行った時に『これからは笙胡のことを応援してくれたら自分も嬉しいなぁ……』って奈美本人に言われちゃってね……。あ、もちろん今はもちろん純粋に笙胡のことが好きだし応援してますよ!」


「川合奈美か、いたねえ~。加入当初はこの2人が次のWISHを引っ張ってゆくのか、みたいに思った時期もあったなぁ……」


 なみっぴさんの話に相槌を打ったのは主催の竜さんだった。

 いつの間にかまた、なみっぴさんの話をこの部屋にいる20名ほどのオタク全員が聞いていた。

 オタクの輪が再び大きな一つのものになる。


「なんか、このまま笙胡も卒業しちゃうんじゃないかな、ってふと思っちゃうんだよね……」

「いや、まだまだこれからでしょ! 笙胡がこんなもんで満足してるわけないでしょ」

「いや、そりゃあそうかもしれないけど、でも今のままで活動続けても正直選抜にも入れないよね? これ以上モチベーションをどうやって保つのよ? っていうか今まで続けてくれたのが奇跡だと思うよ、正直」

「まあ、メジャーアイドルって言ったってさ、卒業して芸能界に残れるのなんてほんの一部だしな。将来を見据えて次の人生に進んだ方が賢明だろうなぁ。笙胡ちゃんはその辺もしっかりしてそうだしね」


 笙胡が大学生だということは当然濃いオタクの彼らには周知の事実なのだろう。


「まあ、でもアイドルはいつか卒業してゆくもんでしょ。笙胡本人が幸せなら何でも良いよ、俺は。本人の幸せを一番に願えないならオタク失格じゃない?」

「まあ、それは大前提としてそうなんだけどさ……WISHの活動として何か最後に一花でいいから咲かせて欲しいよね。もちろんそれは俺たちオタクの願いでもあるけどさ、笙胡本人がWISHとして活動してきたことを後悔して欲しくないっていうかさ……」


 オタクの1人が言った言葉に他人事ながら私は泣きそうになってしまった。

 やっぱり卒業が近いことをオタクの方々も薄々感じているのだろう。アイドル活動に限りがある以上それを想像するのは当然でもある。

 だけどオタクというのはアイドルを卒業した後の幸せまで願うものなのだろうか? それは本当に有り難い稀有なことで、とても幸せなことだけれど……一生誰かの心に残り続けてしまうなんて私にはとても怖いことにも思えてしまった。

 アイドルになるなんて本当に生半可な気持ちではムリなことなのだろう。転生してきた当初は自分もアイドルになるのだと思っていたけれど、今はむしろならなくて良かったとすら思ってしまった。




「ともかく俺は本気でパフォーマンスする笙胡を見たいよ。彼女にとってはそれが一番幸せなことだと思うんだよ」


 竜さんの言葉に全員が賛同の意を示したところで、長かった池田笙胡オタクオフ会は幕を閉じた。



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