17話 オフ会潜入④~運営マジ無能~

 未だ侃侃諤諤かんかんがくがくの池田笙胡論は続いていた。

 いや時間を経るにつれてその輪は大きくなり、その場全員を巻き込んだものにまで発展していった。


「ね、運営はマジでいつまで笙胡をアンダーに置いておくつもりなんでしょうね? 実力的には選抜で当然でしょ? 運営マジ無能! あんな運営のせいで笙胡がアイドルとしての旬の時期を棒に振るなんてことになったら、どうやってクソ運営は責任を取るつもりなんでしょうね!?」


 輪の逆側の方から別の女性の声高な声が聞こえてきて私は少しビクッとなる。

 彼女もお酒が入っていることは間違いないテンションではあったが、丸っきり見当違いとして切り捨てられるような意見ではなかった。……私も運営の一員であることは恐らく間違いないわけで身が引き締まる思いでしたよ、ハイ。ごめんなさい。何がごめんなさいかはわからないですけど……。


「いや、それは俺らの推しが足りなんじゃないのかな? 俺らがもう少し頑張れば笙胡も選抜に入ってさ……」

「いや竜さん、何年その話してるんですか!? もうそんな段階じゃないでしょ。人気がないからアンダーなんて、それこそ運営の自らの無能っぷりの証明だと思いますけどね!……誰がどう見たって今の笙胡のパフォーマンスはWISHで5本の指には入る。それを見て運営は選抜に入れて適切な良いポジションを与える。露出の増えた笙胡は当然色々な人にパフォーマンスを見られてファンが増える!……どう考えてもその流れでしょ」


 酔っていても彼女の怒りは実に理路整然としていた。

 そしてこれはよく指摘される運営の批判部分でもある。運営はどうしても保守的な部分があるのだ。新曲が発表されても人気順そのままのようなほとんど変わり映えしないポジションにメンバーを配置することも多い。そのため一度悪いポジションになってしまったメンバーはファンの人になかなか見つかりにくい……というのは耳の痛い批判である。


「まあまあ! 別に選抜でもアンダーでもどっちでも俺たちは変わんないでしょ? どんな場所でも笙胡はいつも輝いてるわけだしさ。こうして俺たちが笙胡に出会えたのは、あの子がWISHに入ることを選んでくれたからなわけだしさ。そのことを感謝しようよ?」


「そうだよ! 笙胡本人も色々考えて……当然だけど俺たちオタクの何十倍も色々考えて、葛藤して……それでも今の道を選んでるんでしょ。どんな場所でも応援するのが本当のファンってものなんじゃないのかな」


 別のおじさんオタク2人の素晴らしい言葉に私はとても素直に感動したし、全員が感銘を受けていたと思う。それでその場は上手くまとまるかに思えたが、言い出した当の彼女はまだ手強かった。


「いやそれは綺麗事ですよ。ファンとしてその気持ちは大事だし、私もどんな場所にいたって……例えWISHから卒業することを選んだって、笙胡のことは応援し続けますけど、それはそれとして運営はマジで無能でしょ?」


 一瞬その場が静まり、う~ん、まあそうかもなぁ……という雰囲気が広がった。

 どうしたって池田笙胡はWISHの中では不遇のアイドルなのだ。どんなにあるべきファンの姿を語っても、現実に不遇な自らの推しを彼らは目の前にしているのだ。運営に対する不信感が根底にあるのは間違いない。


「あの……」


 気付くと声を上げていたのは私だった。

 今までほとんど発言していなかった私が口を開いたことに視線が集まる。


「笙胡さんは普段の活動の中で本当に他のメンバーのために動いていると思いますよ。レッスンの中でもダンスの苦手なメンバーにアドバイスをしたり、見えないところも含めたら、WISH全体への貢献はかなり高いのではないでしょうか? 急な欠員が出た時の音楽番組での代打出演とかも多いですよね? そうした部分は流石に運営も感謝はしてると思いますよ。それに対してどう報いて良いのかがまだはっきり見えていないだけで……。でも例えば笙胡さんにお世話になった3期生なんかが選抜に入って笙胡さんの名前を出すような機会があれば、運営も笙胡さんを選抜に入れざるを得なくなるんじゃないでしょうか?」


 笙胡がポテンシャル・貢献に見合うだけの報われ方をしていないことは残念ながら間違いない。

 でもその貢献は運営もきちんと把握はしている、ということだけはオタクの皆さんには知っておいて欲しかった。気付くと夢中で私は話していた。


(あれ? 私ヤバいこと言っちゃった?)


 私の発言に一瞬座が静まる。何か笙胡を下げるようなことを言ってしまっただろうか? それとも私が運営側の人間だということがバレた? ……いや、そんなはずはないと思うが……。


「マミさんだっけ? アンタ良いこというねえ! その通りだよな! 努力ってのはいつどんな所でも誰かが見てるものだよな。きっと報われる日が来る、そう信じて推し続けるのが俺たちに出来る唯一のことだよな!」


 気付くと主催の竜さん(?)に私はバシバシ肩を叩かれていた。


「あ、い、痛いです……」


「はい、竜さんアウト~! 酒に酔った上に若い女性の肩を強く叩くという、アルハラ、セクハラ、パワハラのトリプルプレーで一発退場。社会的にもアウト~!」


 酔った誰かの大きな声が上がり、当の竜さんが慌てたように私に頭を下げた。


「あ、ご、ごめんね、マミさん。その……大丈夫かな?」


「あ、いえ、全然大丈夫ですので、気にしないでください……はい」


 私も慌てて頭を下げて微妙な雰囲気が流れる。


「ったく、ドルオタってのは握手券を持ってないと、まともにコミュニケーションも取れないものよな!」


 先ほどの酔ったおじさんオタクの一言に座は笑いに包まれた。



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