16話 オフ会潜入③~推しについて~
「というわけで、上映会は以上となります。後はご自由にご歓談下さい」
ライブ仕様に真っ暗にされていた部屋の電気がつき、主催の人(竜さん?)がマイクを用いてそう声をかけるとその場は自然と拍手が沸き起こった。
ライブといったって生のライブじゃなくてカラオケルームで映像を流しただけ……観客といったって全部で20人くらい……それでも映像を見終わった時の私は全力で拍手をしていた。それくらい「ライブを観た」という満足感があった。
ライブというのは演者だけでなく観客と相互になって作り上げるものだということを改めて感じた。
「いやぁ、やっぱり笙胡はライブでのパフォーマンスが一番映えるよな!」
「ですよね~。でももちろん今のパフォも素晴らしいですけど、俺は初期のガツガツした雰囲気の笙胡が好きなんですよね~」
「ああ、まあ言いたいことは分かるよ。初期の笙胡は良い意味でWISHっぽくないっていうかさ」
「え、でも最近の笙胡もアレはアレで良いだろ? 年相応っていうか、年齢以上の色気が出てるよな!」
明るくなった室内では白熱した議論が交わされていた。もちろん議題は池田笙胡というアイドルについてだ。
彼女のどういったところが好き、いつの彼女が好き……推しを語るオタクたちの沸点はとても低いし露骨に早口になる。でも傍から見てそれが全然不快ではなかった。むしろ好きなものを全力で語る彼らは輝いて見えた。
「マミさんはいつ頃から笙胡推しになったんですか?」
隣にいた『なみっぴ』さんに話しかけられたがすぐには反応出来なかった。自分がこの場では『マミ』と名乗って入ってきたことを忘れていたのだ。
「……あ、私は本当に最近になってなんです。もちろんその前から笙胡さんのことを知ってはいたんですけど……」
特にマミという人格の設定を決めていたわけではないので、答えは実に素直なものになってしまった。以前から池田笙胡という存在を知ってはいたが、推し始めたのは実際にマネージャーに付いてからと言って良いだろう。
「あ、そうなんですね! 最近の笙胡はあんまり目立つことが少ない気がしてたから、少しでも笙胡推しの人が増えてくれて嬉しいです。特にマミさんみたいな可愛い女の子が。……ほら、やっぱり女性アイドルを推してるのってまだどうしても男性が多いじゃないですか」
なみっぴさんはこちらを向いて柔らかく微笑んでくれた。
ライブ中はサイリウムを激しく振りコールを全力で叫んでいて実はちょっと怖い人なのだろうか? とも思えたが、今はとても温厚な感じに戻っていた。
「あ……なみっぴさんは、どうして笙胡さんを知ったんですか?」
我に返ったようになって私はなみっぴさんに尋ねた。
危うくこの場に潜入した目的を忘れるところだった。
私がSNSを駆使して偽名を用い変装をしてまでこの場にやって来たのは、濃い笙胡推しの人たちの心情を理解して、今後の彼女の活動の方向性を整理するためだったのだ。
「私ですか? 私はたまたまSNSで流れてきた画像で笙胡のことを知ったんです。……実は大学が同じなんですよね。彼女は私の後輩ってことになりますね。あ、あと単純に顔がタイプです。笙胡を推すようになってから気付いたんですけど……多分私、ちょっとキリっとして中性的な女の子が昔から好きだったんですよね」
なみっぴさんは少し恥ずかしそうに、でもどこか誇らし気に推しの魅力を語ってくれた。
「それまではWISHについては全然興味なかったんですか?」
「そう、WISHどころか男性アイドルも女性アイドルも20ウン年生きてきてまったく興味なかったんですよ。……でもたしかに言われてみれば、あの時何であんなに笙胡に惹かれたんだろう?」
私の問いになみっぴさんは首を捻って考え始めた。
私自身は明確な『推し』というものを持ったことがない。マネージャーになる以前の単なるファンだった時代も箱推しというか、楽しく興味深くWISHを見てはいたが特定の推しはいなかった。それに「もしも自分が加入したら……」という視点がなくなることはなかった。
マネージャーになってからは希にも舞奈にもその他のメンバーにも間違いなく深い愛情を持って接してきたと強く言えるが、それはオタクの人たちの『推し』と比べられるようなものではないだろう。
「理由なんてないのよ! いらないの! 推すのに!」
突然なみっぴさんの向こうの席に座っていた40代くらいのメガネの男性が話に割り込んできた。私となみっぴさんのやり取りを聞いていたのだろう。
「俺は15年以上色々ドルオタをやってきたけどさぁ、今まで出会ってきた誰よりも笙胡は輝いてるね! 一目見た瞬間から俺が求めてたアイドルはこれだったんだ! ってビビッときたよ! パフォもルックスも、それなのにどこか不遇なところも俺が描いていた理想のアイドルだね。……もちろん、俺なんかが言うことはおこがましいってのは百も……百どころか百万も承知の上だけどさ、俺は笙胡になりたかったんだと思うんだよね。こんな汚いおっさんが言ってドン引きしないでよ? でも多分そういうことなんだと思うんだよね。自分がもしアイドルになれるだけの素質を持った女の子に産まれていたら、笙胡みたいになりたかったと思うんだよなぁ」
メガネのおじさんはそう言うと小さいコップに入っていたビールをグイっと飲み干した。
もちろん多少はアルコールの勢いもあるのだろうが、彼の言葉ははっきりしていたし酔っているというほどではないだろう。急に話に割り込んできた嫌な感じは全くせず、彼の話をもっと聞いてみたいと思った。
「あ、でもやっぱりどこか投影しているっていう部分は間違いなくあると思いますよ。私もそうです。自分と笙胡の似たところを探しちゃいます」
なみっぴさんの相槌にうんうんと3人で頷き合っていると、今度はさらに向こうに座っていた若い大学生くらいの男の子が話に入ってきた。
「笑われるかもしれないですけど……ボクはガチ恋です! 叶うことがないことは知っていますけど、でもこの心は止められないんですよね……。わかんないですよ、理由なんて。……最初はアイドルなんて別に興味もなかったんですけど、ライブ映像をたまたま観てから笙胡さんのことしか目に入らなくなってしまったんです……」
そう言うと彼もまたグラスのビールをグイっと飲み干した。……みんな、お酒は適量にね?
「良いんだよ、彼女に迷惑さえかけなければ。……それを許してくれるのが笙胡だろ? 『ガチ恋は面倒だからNGにして下さい』なんてあの笙胡が言うと思うのか、キミは? 違うだろ? ルールをきちんと守ってさえいればどんな推し方も笙胡は否定しないさ」
肩に手を置きながら隣のメガネおじさんが大学生の彼にピッチャーのビールを注いでいた。
シチュエーションが違えば笑ってしまうような光景だったかもしれないが、私もつられて感動して泣きそうになっていた。
あちこちで池田笙胡というアイドルの魅力についてオタクたちが熱く語り合っていた。推しへの愛を語り合うというのはとても美しい行為だと改めて感じさせられた。
でも私は同時に少しゾッとするような感覚も覚えた。
池田笙胡はWISHの中でも人気下位のメンバーだ。WISHの各メンバーには最低でもこれくらいの熱い想いを持ったファンの人がそれぞれ付いているということだろう。
そしてメンバーの数だけオタクの想いがあるのだ。……いや、人気メンバーになればオタクの数もそれだけ多くなる。そしてそれぞれ推しへの愛の形も異なったものなのだろう。オタクたちの愛を可視化したら総量はどれくらいになるのだろう?
そうしたことを考えると、とても感動すると同時に少し怖くなってもきたのだ。
宇宙の果てしなさを知ると怖くなるような感覚に少し近いかな? いや、わかんないけど……。
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