15話 オフ会潜入②~ライブ鑑賞~

(あ、かなり初期のライブ映像だな……これは2期生が入って最初のコンサート?)


 流れ出したライブ映像を見て一目でピンときた私は、やはり生粋のWISHオタクだと誇っても良いのだろうか。まだまだWISHの世間への認知度も低く、どことなく垢抜けない雰囲気のメンバーも多いのが目立つ。

 今の洗練されたWISHも魅力的だが、この頃はこの頃の良さが間違いなくあったと思う。……というのも懐古厨的なオタク心だと笑われてしまうだろうか?


 室内はライブ音源が大音量で流れていた。

 初期WISHは楽曲もどこか垢抜けないものが多いというか、まだ音楽的方向性がはっきりと定まっていなかったのだろう。どこか一時代前のJ-POPをあえて狙っているかのような曲も多かった。この点に関しては私は今のWISHの方が好きだ。


(……懐かしいな。この頃はもう大学に入ってたんだっけ?)


 このライブ映像もDVDを買って繰り返し何度も観たものだった。たしかライブ自体が行われた当時の私はまだ高校生だったのだが、ライブDVDを買って家で何度も観たのは大学に入ってからだったと思う。当時の色々な思い出が曲とともに蘇ってくるかのようだ。

 ……もっとも大学生当時の私は、友達も神崎優里奈かんざきゆりなしかおらず、周囲からこそこそ隠れるような大学生活であまり明るい思い出があったわけではないのだが。




「しょこた~ん!」「笙胡さま~!」「笙胡~! 愛してる!」


 曲に気を取られて少し昔のことを思い出していたのだが、周囲の歓声にハッとなり慌ててスクリーンを注視する。隣の『なみっぴ』さんも大きな声で叫んでいた。


(あれ、こんなシーンあったっけ?)


 間違いなく何度も観たライブのはずだが見覚えのないシーンの登場に私は戸惑う。画面には池田笙胡が大きくアップで映っていた。画質がイマイチなのはカラオケルームという上映環境の問題かもしれないが、画角もどこか不自然だったし、なにしろずっと笙胡を映しているのだ。


「「「超絶カワイイ! しょうこ~」」」

 

 次の曲の歌い出しの箇所では定番のコールが入った。

 だけどいつもライブ会場で聞こえていたのは、Aメロを実際に歌い出す黒木希へのコール「超絶カワイイ! のぞみ~!」というものだったはずだ。この曲では実際に歌っている希へのコールになるのが自然で、特にこの場面では目立たない笙胡へのコールが発生するのは不自然だ。

 だけどこの場は池田笙胡推しの会だ。画面にアップで映っているのも笙胡一人だ。だからコールも彼女へのものになるのは当然かもしれない。


(あ、そういうことか……)


 ようやく私は気付いた。

 スクリーンに流れる映像は『笙胡推し』のために特別に編集されたものなのだ。後列の笙胡にスポットが当たる場面なんて公式のライブ映像ではほとんどなかったはずだ。引きの映像を探してきては笙胡にフォーカスして無理矢理映像を拡大したであろうものばかりだった。

 ここにいる誰かがわざわざこのために編集したのだろうか? すごい技術と気の遠くなるような労力だろう。




 今度は違う曲になった。それとともに映像も違うライブのものに切り替わった。

 今度はお披露目から1年以上経って研修生だった笙胡たち2期生が、正規メンバーとして昇格したころのライブだった。


(あれ? )


 これも何度も観たライブ映像で見覚えがあったのだが、映像が切り替わると私はまた別の違和感を抱いた。

 今度の映像は不自然な編集をしたような形跡はない。純粋に笙胡1人をずっと追いかけて撮影した映像だった。でもとてもプロのカメラマンが撮ったとは思えないような画質の粗さだったし、カメラワークも下手だったし映像もブレブレ、まるで素人が撮影したようなクオリティだった。

 WISHはライブ映像にも力を入れている。こんな素人が撮影したような動画がライブDVDという商品として発売されることがあるだろうか?


(あ、そういうことか……でも、これって大丈夫なのかな?)


 カラオケルーム会場の歓声の上がり方で私は事態を理解した。恐らくはこれはファンの隠し撮り映像なのだ。

 WISHはライブ映像を個人的に撮影することを基本的に禁止している。だから大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、かなりの確率でこの映像は大丈夫じゃない。だけどもちろん、私がこの場で唐突にマネージャーとしての正体を現してそれを指摘したところで意味はあまりないだろう。


(あ、こんな表情してたんだ……ダンスはこの頃からキレキレだな……)


 それよりも私はこの映像に、その画角の中央にいつもいる池田笙胡の姿に徐々に心酔し始めていた。

 この隠し撮りの映像もプロのカメラマンによる映像に劣らぬ興奮と熱気を伝えてくれる。

 最初は画質の粗さが目立ったが、すぐにそれに慣れて気にならなくなると、撮影者の愛に気付かされるのだ。どんな場面でも推しである笙胡が画面には映り、いつもはほとんどフォーカスを浴びることのないであろう表情までもが収められている。

 撮影者の特に推しているであろうポイントではズームが入ったり、逆に少し引いた映像にすることで彼女と周囲のダンスが映えるような撮影の仕方もあった。撮影者ならではのこだわりが反映されることは公式の映像では決してあり得ないことだった。

 また、時に大きすぎる観客席の歓声は、アイドルの歌声を聴くという意味では妨げになるものではあったが、会場の熱気を十二分に伝えてくるものでもあった。


(そっか、こうやって拡散してゆく方法もあるのかもしれないな……)


 WISHを始め日本のメジャーアイドルでは動画は公式の撮影したものに限り、個人的な撮影は禁止するというケースが多い。ライブ映像が商品になるのだから権利を守るためには当然だと私も今まで思っていた。

 だけど韓国のアイドルなんかでは、ライブ映像の撮影もオッケー、さらには動画サイトへの投稿すらも許されているケースが多いと聞く。そうしたところから人気が出たグループも多いようだ。

 目前の小さな利益を確保よりも、その宣伝効果の方が大きいという判断が成功したケースだろう。

 日本でももっとマイナーな、いわゆる地下アイドルと呼ばれるグループでは同様に撮影・投稿を許可しているグループもあるそうだ。

 今やサブスク・無料動画サイトの時代だ。これからのビジネスモデルとしては、こちらの方法の方が時代に合っているのではないだろうか? そんなことを思った。




『笙胡推し』の映像はその後もひたすら続いた。

 隠し撮りのライブ映像はこれっきりで、その後は公式のライブ映像を編集したものが多かった。ライブ映像の合間にはどこかのバラエティ番組の切り抜きもあったし、本人がSNSで上げている写真を用いた静止画のスクロールもなどもあった。

 それでもやはりライブでのパフォーマンスが映像の中心だったのは、池田笙胡というアイドルの本質がそこにあるのだろう。少なくともこの場の『笙胡推し』たちがその意識を共有しているということは、この場の盛り上がり方から充分伝わってきた。


(マネージャーをしている私よりも、この人たちの方が笙胡のことを理解しているし、想っているんじゃないだろうか?)


 映像は大体1時間ほど。それが終わると私はそう思わざるを得なかった。

 生のライブじゃないし、推しである彼女がこの場にいるわけでもない。だけどそれでも間違いなく今まで味わったWISHのライブの盛り上がりにも引けを取らない熱量を感じた。ミックス・コールが止むことはなかったし、私も気付けば途中からは夢中で叫んでいた。


 笙胡の魅力を改めて感じた時間だったし、それ以上にオタクの方々の熱量に感動させられた体験だった。



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