14話 オフ会潜入

「あ、どうも。ハンドルネームを『マミ』と言います~、よろしくお願いします~」


 私はとっても……本当にとても緊張しながらオフ会の会場に足を踏み入れた。

 ここは都内某所にある大型カラオケルームだった。

 小田嶋麻衣として転生して初めてJKとして登校した日よりも、大学入試の時よりも、我がコスモフラワーエンターテインメントへの入社試験の最終面接の時よりもはっきり言って緊張していた。

 まさか私を見て「WISHのマネージャーの人だ! 黒木希とか桜木舞奈を担当してた人だ!」なんて気付く人は流石にいないと思うが(可能性はゼロではない。マネージャーの業務をしている私の姿を目にしているファンの人は少なからずいるはずだ)何しろ私は美少女なのだ。転生してきた小田嶋麻衣は神に与えられたと見紛うばかりの超絶美少女なのだ。

 だからとにかく必死に素顔を隠した。髪もわざとボサボサにして、流行とは程遠い黒縁のメガネをかけて、メイクもわざと残念な感じにした(すっぴんは却って危ない!)。体型もほとんど隠れるようなワンサイズ大きいジーンズに地味な黒いシャツを合わせた。

 一応名前も偽名にした。麻衣→マミというあまりに安直な変名ではあるが、そう名乗ることで「池田笙胡推しの冴えない女子大生マミ」という自分の中の設定に気持ちがのってくるように思えた。




「あ、マミさんですね。若いね~、学生さん?」

「あ、はい……」


 受付をしてくれた50代くらいの男性には見覚えがあった。この前の握手会で笙胡のレーンに並んでいた人だ。たしかこの人はかなりの古参といった感じで、笙胡とも親し気に話していたはずだ。


「ま、おじさんが多いけどさ、女の子も何人かいるからあんまり緊張しなくていいからね。まあ流石にいないとは思うけど、万が一変なちょっかいかけてくるヤツがいたら俺に言ってね? すぐに退場させるから!」

「あ、いえ、そんな……」


「ちょっと~、竜さん! そりゃないでしょ! 俺らが若い女の子見つけたらセクハラするみたいな言い方じゃん!」


 私と受付のおじさんの会話を聞いていた別のおじさんから野次が飛んで来る。


「うるさい。とにかく笙胡推しは紳士たれ! ってことを言いたいんだよ、俺は! ……ごめんね、マミさん。とにかく楽しんでってね」


 竜さんと呼ばれた人の声に押されるように、私は笙胡推しオタクたちのオフ会の輪に入った。

 誰に向けたものか分からない軽く会釈をして端っこの席に座る。運良く隣は同世代くらいの女子だった。

 大体20人くらいの男女が集まっていた。女子が私の他に3人いて、20代くらいの若い男性が6、7人。残りは30代以上であろう男性たちであった。




「あ、どうも初めまして。ハンドルネーム『なみっぴ』と言います。よろしくお願いします」


 私がどう振舞っていいのか分からずもぞもぞとしていると、隣の女の子が話しかけてくれた。


「……初めまして! こちらこそよろしくお願いいたします! マミと申します!」


 私ももうマネージャー業務を始めて2年目になるので、仕事で初めましての挨拶をする時はそこまで緊張することはなくなった。だが今日は状況が状況だけにとても緊張して声が上ずってしまった。


「マミさん、何飲みますか?」


 なみっぴさんはそんな私の姿にも軽く微笑んで対応してくれた。その落ち着いた態度は恐らく私よりも年上だろう。


「は~い、じゃあ皆さん揃ったようなので池田笙胡推しオフ会始めていきたいと思いま~す。最初に『池田笙胡推しカメラ』の上映会ですね!」


 主催の竜さんと呼ばれた人がコの字型に並んだソファの中央に立ち挨拶した。

 それに応える形で「いよっ、待ってました!」とか適当な相槌が入る。私も隣のなみっぴさんにならい拍手をすることでそれに応える。


「 上映時間は大体1時間ね。ここの場所は3時間借りてるから、その後は自由に歓談して下さいね。カラオケルームだから大声出しても良いけど、マナーはきちんと守って下さいね。じゃあ、始めま~す」


(上映会? ……って何するんだろう?)


 SNSには今回のオフ会の詳細についても書かれていたが、上映会の意味が私にはイマイチ掴めていなかった。それよりもこの会が健全で安全なものなのか、本当に参加して大丈夫なのか、そっちの方を探るのに一生懸命だったというのもある。


 そうこうしているうちに部屋の照明が消え、コの字型に並んだ席の空いている壁側には大型のスクリーンが下りてきた。そして音楽が大音量で鳴り始めた。


(WISHのSEだ!!!)


 言葉が出てくるよりも身体が先に反応した。

 大音量のバスドラ、煌めくシンセサイザーの音……。何度聴いたか分からない、コンサート本編に入る前のWISH独自のSEだ。理屈じゃない。これが流れた瞬間にコンサートの高揚を身体が思い出すのだろう。私の身体は全身鳥肌が立っていた。


「オイ、オイ、オイオイオイオイ!!!」


 皆が立ち上がり、池田笙胡のメンバーカラーである青と黒に染まったサイリウムを振る。(WISHにはそれぞれのメンバーカラーというものが定められていてる。2本のサイリウムを組み合わせて表示することで、自分の推しが誰かというのを表明することが出来るのだ。)

 大人しそうに見えた隣のなみっぴさんも人が変わったようにMIXを入れていた。

 WISHの本物のライブ会場に来たみたいだった。



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