12話 いつの間にそんなに立派になったの?
「麻衣さん。どうしたんですか、そんなお腹痛そうな顔して?」
それから数日後のことだった。
事務所で仕事をしていると桜木舞奈が声をかけてきた。
「え、舞奈? どうしたの?」
「どうしたの?……は、こっちのセリフですよ! 私は新曲の衣装合わせで来たんです。でも麻衣さんが苦虫を嚙み潰したような顔してたから、思わず声をかけちゃったんです!」
舞奈は相変わらずの小生意気な態度と口調だったが、どう考えてもその根底にある優しさを感じてしまう。
もう5月も半ば。舞奈は夏を先取りしたようなショートパンツ姿だった。白い脚が眩しい。
「あはは、そんな変な顔してた? ごめんね」
咄嗟に愛想笑いしながらも、一つの考えが浮かんできた。
(いっそ全部、舞奈に話してみようか?)
池田笙胡のことは舞奈も良く知っている。
一時期はアンダーメンバーとして共に過ごし、舞奈は笙胡からパフォーマンスについて多くのことを学んでいたはずだ。笙胡の卒業に関してのことだったら舞奈も真剣になって考えてくれるに違いない。
それに、やっぱりメンバー同士でしか理解出来ない部分もきっとあるはずだ。
笙胡の卒業をどういった形にすべきか、とりあえず舞奈の意見を聞いてみるのは悪くない判断に思えた。
(……いや、やっぱだめだよね)
笙胡の卒業の卒業については何も具体的には決まっていないのだ。
そもそもそんな重要なことは本人の口から告げられるべきことだろう。どう考えても私が報せることではなかった。
迷った末に私は少し角度を変えて舞奈に尋ねてみた。
「舞奈はどうしてアイドルをやっているの?」
舞奈はすごく変な顔をした。舞奈の言葉を借りるならお腹が痛くなったような顔……ということになるだろうか?
「……そんなの好きだからに決まってるじゃないですか? 大丈夫ですか麻衣さん?」
「うん、そうだよね。……ごめん、変なこと訊いて」
舞奈の反応を見て私もつまんない尋ね方をしたものだと気付いた。
舞奈のモチベーションの大幅な変化は、私がマネージャーとして担当していた時にしっかりと見せつけられていたことだ。つい数か月前までのことを私は忘れてしまっていたのだろうか?
だけど舞奈はそんな私の反応を見て、軽くため息をつきながら少々面倒くさそうな顔をしながらも話してくれた。
「……私は当然、WISHのセンターを目指しますよ。せっかく大ファンだったグループのメンバーになれたんですし、ここで出来るだけのことをしておかなきゃ、大人になった時絶対後悔するでしょ」
「そっか、そうだよね……」
「……今までは先輩たちのことが好きっていう気持ちと憧れだけでやってきましたけど、もうそういうわけにはいかないんですよね。私のことを自分以上に応援してくれるファンの人たちの気持ちを知っちゃたから。……私があの人たちにそれ以上のものを返してあげなきゃ、何のためにアイドルやってんの? って感じですよね。……だから、もちろん、今も先輩や後輩、メンバーみんなのこと大好きですけど、ライバルだと思ってやっています。私のことを一番に応援してくれるファンの人たちに『桜木舞奈を推していて良かった!』って思ってもらえるようにならなきゃ、アイドル失格だと思います。……もちろん全部私の個人的な意見ですけどね」
そう言うと舞奈は照れ隠しのようにちょっとだけそっぽを向いて口を尖らせた。その仕草は年相応の子供っぽく見えてとても可愛かった。
だけど今語った言葉こそ舞奈の本音なのだろう。
「そっか。舞奈は立派だね……」
不意に舞奈のことを抱きしめたいという衝動が込み上げる。
舞奈は私より6つも7つも年下のはずだが、私よりも断然覚悟を決めて生きている。私の衝動は可愛いという気持ちよりも尊敬の気持ちに由来ものだったと思う。
ほぼ無意識に手を伸ばすと、舞奈は私の手首を掴んで私のホールドをやんわりと拒否した。
……まったくもう、こういう所は全然可愛くない!
「何ですか、麻衣さん? アイドルの気持ちなんか聞いちゃって。麻衣さんもアイドルにでもなるつもりですか?」
「は? いや、そんなわけないでしょ。私はマネージャーだよ? マネージャーからアイドルになんてなれるわけないでしょ?」
舞奈がいきなり無茶苦茶なことを言い出したので思わず私は笑ってしまった。
「わかってますよ! ちょっと冗談で言ってみただけです!……それよりもう良いですか? 私そろそろホントに行かないといけないんですけど」
「あ、そうだね。ごめん、舞奈! ありがとうね!」
舞奈は私の手を振り切ると後ろ手に手を振りながら去っていた。
彼女は選抜組としてこの後も色々と仕事があるのだろう。その背中はとても頼もしく見えた。
(そっか、ファンの人たちのためか……)
アイドルとファンとは両輪みたいなものだ。ファンはアイドルのために存在しているとも言えるし、アイドルはファンのために存在しているとも言える。
やはり今笙胡を推している濃いファンの人たちが何を求めているのかをきちんと知 るのは大切なことだろう。
もちろん笙胡のことは多くのWISHファンが好意的に見ているだろう。アンダーでの活躍や他のメンバーとの関係性。彼女がキャリアの中でWISHのために貢献してきたことは多くのファンが間違いなく認めていることだ。
だけどやっぱり、笙胡のことを一番に思っている笙胡推しの濃いオタクたちのためになる形を考えてみるべきだろう。彼らに「池田笙胡を推していて良かった!」と思ってもらえるような形は何だろうか?
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