11話 相談
(……そっかぁ、笙胡さん卒業しちゃうんだ……)
いつかは誰もがアイドルを卒業してゆく。
彼女は高校生の頃に加入し現在は5年目。今まで報われないながらも立派にグループのために貢献してきた。将来を見据えたとても建設的で前向きな卒業。
誰がどう見ても円満でこの上ない卒業だろう。
だけど私はそんな簡単には受け入れられなかった。
マネージャーの私にとって直接担当しているメンバーの初めての卒業だから……というだけではない。ひねくれた余計な感情だとは分かっていたが、円満で誰もが認めざるを得ない卒業というものにこそ異議を申し立てたかった。
(だって……笙胡さんは本当にやり切ったって言えるのかな? 本当にWISHのアイドル活動に満足した上で卒業を選ぶのかな?)
今後何かきっかけを見つけて卒業の時期を決める、と彼女本人は言っていた。
それはやっぱり「今すぐに卒業しても悔いはない!」と言い切れないことの裏返しのようにも思えた。
彼女はその能力、貢献に見合うだけの報われ方をしたのだろうか? 一度だけでも彼女は主役になったことがあると言えるのだろうか?
(でも、そっか……これだけのメンバーがいれば、みんながセンターってわけにはいかないに決まってるよね……)
私が今まで担当してきたのはWISHの大エース黒木希、そして現在では次世代エースと目されている桜木舞奈の2人だった。2人とも明らかに主役だった。
不動のセンターだった希は当然としても、舞奈も不貞腐れていた境遇からセンターを目指す、というストーリーの上にいた。
だから私はどんなメンバーもセンター……もしくは必ずしもセンターとは言わないまでも、もっと良いポジションを目指し続けることがアイドルの宿命だと思っていた。
でも、みんながみんなセンターを目指せるわけじゃない。WISHには50人近いメンバーがいるのだ。それぞれの境遇や考え方は様々だろう。それにそうではないメンバーならではの魅力もきっとあるに違いない。
良いポジションで輝くことだけがアイドルの目標ではない。私はやっとそのことに気付いたのかもしれない。
(とにかく……彼女の卒業を最高のものにするために私に何が出来るんだろうか?)
彼女の決心は一時的な気の迷いなんかではない。
時間を掛けて考えられた揺るぎない決心だろう。「卒業なんてまだ早いですよ!」というほど無責任で軽薄な言葉はないだろう。
だったら彼女の意志を尊重し、卒業を最高のものにするしかないだろう。
「実は先日、笙胡さんとこういうことがありまして……」
決心した私はようやく社長に笙胡とのやり取りを話し、彼女の卒業への意志をきちんと伝えた。
数日報告が遅れたことを叱られるかとも思ったが、社長は私に対してしかめっ面一つ見せなかった。
「そっか、麻衣も大変ね……。麻衣がマネージャーになったから笙胡は卒業するんじゃないからね? 変な責任感だけは感じなくて良いから。それは約束して」
「あ、はい……」
まさか私に対するケアが第一声に来るとは思ってもみなかった。やはり出来る女は視点が違うのだろうか? それとももしかしたら笙胡の卒業も社長にとっては想定内の出来事だったのだろうか?
「まあね……。これだけのメンバーがいれば色々な形の卒業があるわよ。でも、思い返すと笙胡には
社長は少し遠い目をした。
やはり彼女のアンダーでの貢献に対して運営側が充分に報いることが出来ていない……という想いが社長にもあったのかもしれない。もちろん誰かにスポットライトを当てればその裏には必ず影が出来る。全員が充分に報われることなど不可能なことなのかもしれないが。
「卒業までに必ず一度はあの子のためのステージを設けるわ。……でも、笙胡は頭のいい子だからきっと色々と考えた上で決めたこと思う。私たちの形を押し付けるだけが正解ではないから、きちんとコミュニケーションを取った上で彼女自身が納得出来るような最善の形で卒業を迎えられるようにしましょう。良いわね、麻衣?」
「はい、もちろんです!」
社長の言わんとしていることは充分に伝わってきた。
笙胡くらいの人気下位のメンバーは必ずしも『卒業コンサート』と銘打った公演を設けられるわけではないということだ。それが可能なのは一定以上の人気を持ったメンバーに限られる。シビアな話をすればあまり人気のないメンバーを主役に据えてもチケットが売れない可能性があるのだ。
そして恐らくは笙胡本人もそれを分かっているはずだ。お情けで赤字覚悟の卒業コンサートを開いたってそれを笙胡本人が喜ばない可能性があるわけだ。いや、それでも一度くらいは自分が主役に立ちたい……という想いが彼女にはあるかもしれないが。
どちらにしろ彼女の意志と運営のバランスを考えた上で、良い形で彼女を送り出さなければならない。
そしてそれが具体的にどういう形になるのかは、これから考えていかなければならないということだ。
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