7話 握手会

「あ、今日は来てくれてありがとうございます~」

「いつも笙胡ちゃんのこと応援してます! これからも頑張って下さい!」

「嬉しい~、これからも私のこと応援してくれる?」

「あ、もちろんです!」

「本当? 他の子に浮気しない?」

「当然です! 絶対他の子の握手なんか……」

「はい、お時間で~す! どうもありがとうございました~」


 今日は握手会だった。

 私は池田笙胡いけだしょうこの握手レーンの整理と、握手券の回収を行っていた。

 本来私はここまでの業務を行う予定ではなかったのだが、現場のスタッフに急遽欠員が出たこともあり、こうして応援に入っているのだった。


 ただ私は以前にもこうして握手会の現場に出たこともあったし、笙胡のファンがどんな人たちなのか、笙胡がどんな握手対応をしているのかという点に興味があったから、実はこの仕事は自分から買って出たようなものだったのだ。

 ファンとアイドルとの生の声を聞く機会というのは貴重だ。ここに彼女の人気が出てくる秘密がきっと転がっているはずだ。


「久しぶり~」

 

 次に入ってきたファンの人は50代くらいの男性だった。

 色の濃い度付きのメガネと、今時あまり見かけないバンダナを頭に巻いたスタイルが個性的なおじさんだった。


「あ、竜さんじゃん。久しぶり~! え、何でこんなに間空いたのよ?」


 彼は古くからの笙胡のファンなのだろう。さっきのお客さんを相手にしていた時に比べ笙胡の態度もぐっと打ち解けたものになる。


「悪い悪い、ちょっと身体壊しててな……」

「え、マジで? 大丈夫なの? こんな所来てる場合じゃないでしょ! しっかり治しなよ?」

「いや、もうだいぶ良くなったんだよ。こうして笙胡の顔を見ることが何よりの薬だからな」

「本当に? しっかり治してね」

「はい、お時間で~す。ありがとうございました」


 名残惜しそうに笙胡は今の人を見送っていた。


「お疲れ様で~す」


 次に入ってきたのは20代中盤くらいだろうか、短髪でガタイのいい男の人だった。


「マサさんじゃん! 今日も来てくれてありがとうね!」


 この人も古くからの彼女のオタクなのだろう。笙胡の態度はとても親密なものだった。


「いや、何回見ても笙胡のパフォーマンスには目を奪われるよ。今日も見れて良かった」

「本当? でも今日はちょっとミスっちゃったんだよね」

「あ、『枯れ葉色マジック』のところでしょ? 珍しく顔に出てたよね? でもああいうのもたまには可愛いところが見れて良いと思うけどね」

「いやぁ、自分としては反省点なんだよねぇ」

「はい、お時間です。ありがとうございました!」




「笙胡さんのファンの人はすごく熱い人たちが多いんですね!」


 握手会の合間。短い休憩時間に入った。私は彼女に飲み物を渡しつつ感想を伝えた。


「そうなのかな? 他のメンバーのファンの人と比べて見たことがあんまりないから分かんないけど……でも私にとって自慢のオタクたちだよ」


 いつも通りのにこやかな表情だったが、その口調は少し自慢気なものに思えた。

 WISHの中では人気のない方の彼女ではあるが、ファンが自分に会いに来てくれる握手会というのはアイドル側にとっても嬉しいものなのだろう。

 希も言っていたがファンの人から元気を逆にもらっている、という感覚が笙胡にもあるのかもしれない。


「私も多くのメンバーを担当したわけではないのでそこまで詳しくはないですが、やっぱり推しとファンは雰囲気がすごく似ているのは間違いないと思いますよ」


「ふ~ん、そういうもんなんだね」


 推しとファンは似る、というのは以前もどこかで言った言葉かもしれない。

 アイドルとそのアイドルの濃いオタクとは雰囲気がとても似ているものだ。元気なメンバーのオタクは元気、大人しいメンバーのオタクは大人しい。簡単に言ってしまえばそういうことだ。

 なんなら、オタクだけを集めてそれが誰のオタクか当てられる自信が私はある。


 笙胡のオタクは一見大人しそうというか良識ある人たちだが、内側に秘めた熱量は他のどこのオタクにも負けないものを持っている……そんな印象を私は受けた。

 長く彼女を推している古参のファンの人が多い印象も強かった。長く推しているとどこか家族に近いような雰囲気がある。笙胡自身も彼らにはとても自然体で心を開いている印象だ。

 そしてファンの多くが彼女のパフォーマンスを褒めていた。やはり彼女を推すようになったきっかけもそれが多いのだろう。

 

「まあね、私なんかを推してくれてる人たちだからね。すごく優しい人ばっかりだよ。WISHにはこれだけ可愛くてフレッシュなメンバーがいっぱいいるのに、何で私のことなんか推してるんだろうね? 一人ずつ聞いていってみようかな?」


「笙胡さん……」


 いつものあっけらかんとした口調だったが、その言葉に私は思わず引っかかってしまった。

 彼女の言葉には間違いなく自虐的な意味が込められている。


「あ、ごめんね。麻衣さん。変なこと言っちゃって!」


 私の反応から敏感に察したのだろう。彼女はその空気かき消すかのように明るく笑った。

 彼女はあまり自分が人気下位であることについてはあまり言及しない。時折こうして自虐的に笑うだけだ。でももちろん気にしていないわけがない。

「何で自分なんか推してるんだろうね?」

 という言葉をもし1年目の子が言っていたら私はきっと叱っていた。

「そんなこと言うのは来てくれたファンの人に失礼じゃない?」

 という風にである。


 でも彼女に対してはそう言えなかった。彼女はもう5年目のアイドルだ。色々な努力をしてきて、それでもどうにもならないことがある……という諦めの境地を経て今の状態になっているはずなのだ。


「ね、麻衣さん。あのね、握手している時に何人ものファンに『あの社員さん、めっちゃ可愛くない?』って麻衣さんのこと訊かれたよ」


「そ、そんなことはどうでも良いんですよ! それより、この後も握手会は長いんですからしっかり休んでおいて下さいね!」


「あ、照れちゃった、可愛い~」


 彼女はカラカラと笑っていた。



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