6話 どうすれば良いの?
「どうなの麻衣? 身近に接してみて笙胡は?」
ある日事務所で仕事をしていると社長に声を掛けられた。
当然この時期の私はマネージャー業務だけでなく種々の事務仕事も並行して行っていた。
「良い子ですね、めちゃくちゃ良い子です。アイドルとして優秀だし毎日とっても努力しているし、しかも大学の勉強もしながらですよ。私より年下ですけど尊敬してますね。何で人気が出ないのかな? もっと報われて欲しいなって思います。オタクの人たちの見る目が無いんじゃないのかな、って思っちゃいますね。正直」
私は正直な感想を社長に伝えた。
「あら、そう。ずいぶんと笙胡のファンになっているのね?」
私の熱に圧されたように社長はクスクスと笑っていた。
「……いや、ファンの人の見る目が無いというのは言い過ぎたかもしれません。すみません」
社長の笑いで私は少し冷静さを取り戻した。
「いや良いのよ。アイドルが多くのファンを獲得するためには、まずは最も身近な人間をファンにしないとね。この短期間で笙胡は麻衣をファンにしたのだから、そういう意味ではまず最初の一歩は成功したということなんじゃないのかしら?」
社長の物事を俯瞰で見る能力にはいつもハッとさせられる。
「……でも、本当に彼女のことを知れば知るほどなぜ人気が出ないのか分からなくなってゆくんですよね」
「アイドルファンって難しいわよね……。私も何年この業界にいてもちっとも分からないわ。でも人間、特にアイドルファンは必ずしも完璧なものに惹かれるわけではないからね」
「いえ、完璧……というわけではないと思いますよ。年相応に無邪気なところもありますし」
「それも含めて完璧なんじゃない?」
私のささやかな反論は社長にまた笑ってかわされた。
う~ん、完璧ってなんだろう? 社長の言う意味もなんとなく分かるような気もしたが、じゃあ彼女が完璧な存在なのかと聞かれればそうではないと思う。
「まあ良いのよ。身近なあなたが一番のファンでいることはとても大事なことよ。でも私たちはそれだけではダメなのよ。一歩引いた客観的な眼を必ず持っていなければダメよ?」
「はい、それは分かってます」
社長の言葉に私も頷く。
私たちは彼女をアイドルという商品として売り出さなければならない。そのためには温かい心と冷徹な眼をどちらも持っていなければならない。マネージャーになってから何度も言われていることだ。
それから少し経ち、私がマネージャーとして付いてから3ヶ月ほどが経過したが、彼女、
真面目で頑張り屋でアイドルとして優秀。常識もあって一般的な能力もある。裏表のない素直な性格で接しやすい。
多分彼女がアイドルでなかったとしても、普通の社会人としても身近な友達としても誰からも愛され必要とされる人間。大まかに言えばそんなイメージだろうか。
だけど人気があまり出ないのも、少しだけ分かるような気もしてきた。
器用に何でもこなせてしまうから頑張っている感も少ないのだ。いや、実際には裏で物凄く努力をしているのだが、彼女はその姿をほとんど人に見せない。SNSでファンの人に伝えないというだけでなく、メンバーやスタッフに見られるのも隠したがる傾向がある。恐らくマネージャーの私にも見せていない部分があるのではないだろうか?
ファンの人は当然彼女が大学生であることも知っている。
アイドル活動だけでなく勉強も出来る子、というイメージは多くのファンが抱いているだろう。
それに彼女が昔から歌もダンスも上手かったことも知っている。
こちらも本当は努力の賜物だし今も本人は努力を重ねているのだが、多くのファンにとっては昔から彼女の得意だったものというイメージだろう。
ファンの人たちからすれば池田笙胡は器用で何でもこなせる子、となってしまうのだろう。
もちろん彼女の性格もファンの人たちには伝わっている。裏表のない彼女の性格は私もファンの人も知っているところだ。
あまりに普通の良い子なのだ。
ステージ上や表に出ている際の輝きはもちろんだが、何かほんの些細なきっかけで大きく壊れてしまうのではないかという陰も感じさせる部分があった。光が強ければ陰も色濃く出るものだ。
アイドル以外では生きていけないのではないか、と思わせるような危なっかしさがどこか感じられた。2人とも何か具体的に大きな問題を起こしたわけではない。でも、私は自分の凡庸なセンスを信じている。私が感じていることはオタクのみんなはとっくに感じていることなのではないだろうか?
でもだから笙胡の人気が出ない、と決めつけてしまうのは早計に過ぎる。
それに希や舞奈のような選ばれた人間とは違った「普通の良い子」だから与えられる感動というものもきっとある。自分は凡庸であまりに常識的でつまらない人間だ……と悩んでいるファンの人もきっと多いはずだ。そういった人たちに向かって、親密で身近な存在だからこそ与えられる感動が何かあるはずだ。
(でも、じゃあ何をどう改善すれば良いのかな?)
結局具体的な方針は定まらなかった。
彼女に何か明確な欠点があれば改善点も分かりやすいのだが、そうでもないというのが逆に難しい。パフォーマンスはメンバー内でも上位、ファン対応も良好、真面目で頑張り屋。どこに改善点があるのだろうか?
(あ、そうか。今はSNSで何でも伝えられる時代だ! 彼女の一日に密着してそれを動画にしよう!)
今はスマホ一つで動画も鮮明に撮れる時代だ。
大学に通い、レッスンに来て他のメンバーを引っ張る姿、その他の仕事に臨む様子、その合間にも大学の勉強を欠かさない彼女……そんな一日の様子を簡単に撮影するのだ! そうだ、これはきっとファンの人も喜ぶし、彼女のことを知っていけれど熱烈なファンではない層に彼女のことを深く知ってもらうきっかけになるはずだ!
それはとても良いアイデアに思えた。黒木希がより広く一般の人たちの支持を獲得したきっかけはドキュメンタリーテレビの『密着大陸』だ。あれに比べれば規模も期間も全然スケールが小さいが、それでもきっとファンは増えるだろう。
「え~、恥ずかしいからいいよぉ。やめとこう?」
「え……ダメですか?」
私の渾身のアイデアは笙胡本人のやんわりとした笑顔で却下された。
「……どうしてもダメですか? もちろん大学内の映像は使いませんし、その他の箇所も笙胡さんがイヤなところは使いませんけど」
流石に私も食い下がった。彼女のことを思ってのアイデアだったからなおさらだ。
だけど彼女は首を縦には振らなかった。
「う~ん、そういうわけじゃないんだけどさ。アイドルはステージ上で出るものが全てだと思ってるからさ。もちろん他の子たちがそういう活動を重視するのは否定しないし、今はそういうのが大事な時代だってことも分かるけどさ……。まあ、私の密着なんて誰も興味ないって!」
そうはっきり言われてしまっては、私としてもこれ以上強く出ることは出来なかった。
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