5話 アンダラを終えて

 それから1ヶ月ほどが経った。

 この時期の私は池田笙胡いけだしょうこだけを担当していたわけではない。他のメンバーの面倒も見ていたし、その他会社の細々とした仕事もこなしていた。

 でももちろん一番の関心事は彼女のことだった。


 この1ヶ月で彼女のことはだんだん理解出来るようになってきた……と思う。もちろん本当に彼女ことが理解出来ていたのかは分からないが。

 アンダーツアーも大盛況のうちに終わった。

 どこの会場もチケットは売り切れだったことは言うまでもないが、何よりも会場の熱量である。


「アンダーライブ、すごく良かったですね。どの会場もすごい熱気で……。私、あんなに盛り上がるライブは初めて観たかもしれないです」


 私が笙胡に感想を伝えられたのは、アンダーライブの最終公演の翌々日のことだった。会場ではあまり冷静に語れる雰囲気でもなかったからだ。

 今日の仕事はアンダーメンバー5人での雑誌の取材が何本か。雑誌によってインタビューされるメンバーも違うから、また空き時間は長くなるだろう。


「ああ、そうねえ。やっぱりアンダー推しのファンの人達はとにかく熱量がすごいからねぇ」


 笙胡もやや気が抜けたような、のんびりした声で答えてくれた。

 ツアー中も彼女からはピリピリした雰囲気は感じなかったのだが、もしかしたら意識的に周囲にそう見せていただけなのかもしれない。彼女も当然プレッシャーを感じていたのだろう。


 笙胡が言ったようにアンダー推しのファンの方々というのはとにかく熱量がすごい。

 いわゆる世間一般が思い浮かべるWISHの主要メンバーが集まる選抜組を応援するファンというものは、彼らアンダーのオタクに比べるとそこまでの熱量もバラバラだ。

 特定のメンバーではなくWISH全体を応援している『箱推し』のファンも多いし、歴の浅いファンも多い。

 対してアンダーメンバーのオタクたちはとにかく濃い。ファンの絶対数の少なさを自らの熱量で埋めようとする気概に満ち満ちている。会場では命を削るように声を上げ、自分の推しが少しこちらを向けば涙を流さんばかりに歓喜の声を上げる……そんなオタクが非常に多い。あまりの熱量に周りは引いてしまい新たなオタクが付きにくいのではないか、と心配になってしまうくらいだ。

 しかし不人気メンバーのオタクこそ熱量が高くなるというのは、私も理解出来る現象だ。


 まあとにかく今回のアンダーライブは全国どこの会場も非常に熱狂的な盛り上がりを見せたということだ。

 ライブというものは演者と客席の双方で作り上げるものだ。

 メンバーももちろん自分たちの見せ場であるこのツアーに懸けていたし、その熱量は間違いなく客席に伝わる。そして客席側も溜め込んだ不遇な自らの推しへの愛をここぞとばかりに爆発させる。それがまたステージ上のメンバーのボルテージを上げる……といった構図だ。


 もちろんWISHほどの人気アイドルになればどんなライブも盛り上がる。冷静に比較すればあまり出来の良くないライブももちろん存在するが、そんな時でも会場は常に盛り上がっている。

 だけどアンダーライブの盛り上がり方というのはやはり少し特殊だ。

 その要因は先述したように、報われない自らの推しが輝ける数少ない場所……という構図が大きいのだと思う。


 ツアー終了後にはその盛況っぷりが様々な媒体で取り上げられた。

 それにも増してアンダーメンバーのオタクたちは熱量を上げていた。「何で自らの推しが選抜に入れないんだよ! 今回のライブではビッカビカに輝いていただろ! 運営の目は節穴かよ!」

 というのがその趣旨である。

 まあ、推し補正が掛かったそうした意見の大半は客観性を欠いたもので、あまり真面目に顧みられることは少ないのだが、少なくともその熱量は伝わる。


 そしてそれは選抜メンバーへの刺激にもなるわけだ。

 選抜とアンダーというのはいつ入れ替わるか分からないものだ(もちろん絶対的人気によりずっと選抜のメンバーもいるわけだが)。

 当落線上だと自ら自覚しているメンバーは当然尻に火が付いたようにガムシャラに頑張る。何としても序列を下げたくないというのは当然の心理だ。その雰囲気は周りにも伝わるから結果的に選抜メンバー全員の刺激になるわけだ。


 アンダー・選抜という制度は当初ここまで狙って作られたわけではなかっただろうが、結果的にWISH全体の刺激になっていることは間違いなかった。






「ね、麻衣さん。私来週から試験なんだよね。……マジで勉強教えてください! ツアーで結局ほとんど勉強出来ていないので!」


「いや、前も言いましたけど、私が教えられることなんてないですから。……って心理学ですか? 心理学系の単位は大学時代私も幾つか取ったんですよね」


「え、マジで!? じゃあ麻衣さんレポートもイケる?」


「……レポートは自分で書いて下さい。でないと大学で勉強する意味ないですから。でも多少は分かるかも。ちょっとテキスト見せてください」


「マジで!? ラッキー!」


 私が大学の一般教養で心理学を取っていたのは、ビジネス上役に立つかもしれないと思ったからだ。まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかったが。


(……この子は今何を考えているのかな?)


 ふと彼女の横顔を見る。

 さっき彼女とアンダーライブの熱狂っぷりを語ったわけだが、彼女自身はライブ中も振り返った今も冷静だった。

 もちろんライブでは持ち前のパフォーマンス力を存分に発揮していた。彼女のポテンシャルは舞台監督も認めないわけにはいかないものだったから、重要な曲では必ず目立つポジションが与えらえていたし、ソロで踊る場面も少なからずあった。

 だけど全体を通しての彼女のパフォーマンスは、自分を見せつけるというよりも常に全体のことを考えていたという印象だ。


(もしかしたら私と似た面があるのだろうか?)


 表に出ながらもどこか自分よりも他人のことを優先してしまうような気質が彼女にもあるのかもしれない。

 ふとそんな気がした。



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