3話 不人気の理由は?

 それから1週間ほどが経った。

 この時期はアンダーツアーを控えダンスレッスンの多い時期だった。

 アンダーツアーというのはアンダーメンバーだけで行うライブツアーだ。アンダーメンバーといえどそこは国民的アイドルWISH。全国主要都市10か所を巡り、大きいところでは数千人規模のホールを会場とした立派なツアーだ。

 もちろんメンバーたちも気合が入っていた。

選抜メンバーに比べ表舞台に立つ機会の少ないアンダーメンバーが輝けるのは、何よりもこうしたライブの場だからだ。


(本当に中心になってやってるんだな……)


 朝から晩まで続くリハーサルを見ていて、池田笙胡いけだしょうこについて感じたのは実に素直なものだった。

 彼女は5年間、WISHに2期生として加入してからずっとアンダーメンバーとして過ごしてきたわけだ。

 選抜・アンダーというのはシングル毎に入れ替わる。もちろん黒木希くろきのぞみのようにずっと選抜のメンバーもいるし、笙胡のようにずっとアンダーのメンバーもいる。だけど当落線上のメンバーというのも存在する。一つ前のシングルでは選抜メンバーに選ばれていたけれど、今回はアンダーに落ちてきた……と思ったらまた次作では選抜に復帰したり、というメンバーもいる。

 そのようにアンダーと選抜を行き来しているメンバーがモチベーションを保つのは難しいものだ。アンダーに落ちてきたからといって頑張っていないわけはないのだが、どうしたって本人は頑張りが足りなかったのか、あるいは周囲の大人にそう判断されたのだと思ってしまう。明らかに不貞腐れた態度を見せてしまうメンバーも時々いる。

 もちろんずっと頑張っていながら万年アンダーのメンバーも、それはそれでモチベーションを保つのは難しい。


 そんな中で笙胡はアンダーメンバーの中心としてよく全体をまとめていた。

 積極的に声を出して明るい雰囲気を作り、ダンスがおぼつかないメンバーに対しては親身になって教えていた。

 彼女は20歳でWISHに加入して5年目。学生メンバーが多い今のアンダーメンバーの中で彼女は年長の方だったし、幼い頃から歌もダンスもやっていたのでパフォーマンス面でも全体を引っ張っていくだけの資質を持っているのは間違いなかった。




「笙胡さん、お疲れ様です。本当にスゴイですね。ちょっと感動しましたよ!」


 リハーサル終わり私がペットボトルの水を差し出しながら告げると、笙胡は相変わらず屈託のない笑顔を見せた。


「え~、何が? ま、よくわかんないけど、ありがとう」


 私が笙胡を担当するようになってまだ1週間ほどだったが、関係性はとても親密でフラットなものになっていた。すべては彼女の人柄による。

 私の方が4歳年上だけど、WISHに加入したのは笙胡の方が4年先。

 もちろん彼女は現役のアイドルで私は事務所のマネージャー。私としてはきちんとそこをわきまえ失礼の無いような態度を心掛けてはいたが、デコボコが補い合うような形でフラットな関係を築いていけるような気がしていた。


 実は笙胡を担当するようになってから、例の「3ちゃんねる」を覗いてみたのだ。

 褒められた行為でないことは百も承知していたが、接すれば接するほど彼女が人気下位の理由が分からなかった。パフォーマンスはグループトップレベル。屈託のないフラットな性格。真面目で頑張り屋。

 今まで目立った場所に立つ機会がなかったとは言え、彼女のそうした特質は流石にオタクたちにも伝わっているだろう。そんな憤慨の気持ちも込めて「池田笙胡スレ」を覗いていたのだ。


 スレッドを読んでみても彼女の不人気の理由はほとんど分からなかった。

 彼女のパフォーマンス力、アンダーメンバーとしての貢献度、真面目で屈託のない性格はそれなりに伝わっており、誰も彼女の不人気の理由を掴めていないようだった。

 一つだけ「先輩面して後輩をイジメているんじゃないか?」という書き込みがあった。どう考えても根拠のない、いかにも匿名掲示板らしい無責任な発言だったが、それでも私はそのことが気になっていた。

 でもこの1週間彼女に密着してそんな噂は何のいわれもないデタラメであることを確信した。そもそも一オタクが、なぜスタッフの私ですら知らない裏側まで知っているというのだろうか? そんな発言に少しでも心動かされた自分を反省した。


「ね、麻衣さんが何考えているか当ててあげよっか? 『何で池田笙胡はこれだけ頑張ってても人気が出ないんだろうか?』ってことでしょ?」


 私が次の言葉を探していると、笙胡は突然の豪速球を放ってきた。


「いやいやいや! 何でそんなこと言うんですか? そんなことないですよ!」


 私は顔を真っ赤にして否定したが、その必死さは笙胡の指摘が図星であることを証明してしまっていた。


「良いんだよ、自分でも分かってるから。……私って正直ちょっとルックス的に微妙でしょ? だからあんまり人気出ないのもしょうがないと思ってるよ。自分のことは自分が一番分かってるんだからさ」


 笙胡はそう言うと少し自嘲気味に笑った。

 だけどその発言は私にはまったく意味の分からないものだった。


「え、笙胡さん? それ本気で言ってます? 全然そんなことないですよ?」


 全然的外れとしか思えない発言だった。

 肩まであるミルクティー色の髪をポニーテールに結んだ姿が彼女のトレードマークだった。それはちょっと中性的というか、キリリとした表情の彼女にとても似合っていた。それに幼少期からダンスに取り組んできた彼女は引き締まったスタイルも抜群。どこから見ても彼女は国民的アイドルWISHに相応しいだけのルックスを持っている。

 それなのに彼女は本気でルックスがコンプレックスのようだった。

 自分のことは自分が一番分からないものなのかもしれない。


「あのね、麻衣さん。私ももちろんWISHに入るまでは自分が一番可愛いと思って生きてきたよ? でもさこのグループに入って周りの子が皆自分よりも断然可愛いんだもん。ホント嫌になっちゃうよね。ってか今こうして麻衣さんの隣に並んでるのも正直嫌だもん」


 私の視線に笙胡は口を尖らせて応えた。

 そうなのだった。

 私も超絶美少女の小田嶋麻衣として転生してきてしまっていたのだった。そこには私を転生させた天使ちゃんの思惑があったようだ。だから転生してきた当初JK時の私はこの恵まれた容姿を生かしWISHにメンバーとして加入する算段だったのだが、まさかの男性恐怖症が発覚して断念したのだった。

 今はマネージャーとしてなるべく目立たない恰好とメイクを心掛けているが、メンバーからは時々こうした言い方をされる。


「ねぇ、でも私まだまだWISHを辞めるつもりはないからね。こんな恵まれた環境で自分が居られるなんて夢みたいな毎日だしさ……それにまだまだやり切ったなんて思ってないからね」


 話の流れとして弱音を続けるかに思われた笙胡だったが、力強い前向きな言葉が聞けて私はとても嬉しかった。

 彼女に向かって私も大きく頷く。


「わかりました。私も笙胡さんを全力でサポートします!」


 彼女のために私も全力を尽くしたい。素直にそう思えた。



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