55話 ケンカ

「……ね、でもさ、近藤さんが言ってることはホントに可能なのかな? 元の幕末の世界に戻るっていってもさ、要はケットシーちゃんの魔力頼みなわけでしょ? しかもこっちの世界からモンスターたちを引き連れて向こうの世界に行くってなったら、かなりケットシーちゃんの負担も大きくなりそうだけど……」


 はるぴよの疑問に答えたのは当人のケットシーちゃんだった。

 黒猫姿のケットシーちゃんがこっちを振り返って、やれやれという仕草をした姿はこのシリアスな事態とは程遠い可愛さだった。


「……まあ、大変ですけど出来なくはないと思いますよ。別の世界に連れてくるのはかなり魔力の消耗も大きいですけど、元の世界に戻るのはそれに比べれば負担も少ないですから。魂が元の世界ってことを記憶しているんですよね。……高次のモンスターたちの中には逆に別の世界に転移する能力を自分で持ってる子たちもいますしね……」


 何となくケットシーちゃんの言葉は歯切れの悪いものだった。


「でもさ、ケットシーちゃんとしてはそんなことしたくないんでしょ?」


「……まあ、そうですね。私は皆さんを、沖田さんの魂を救ってあげたくて思わずこっちの世界に連れてきてしまっただけで、まさか元の幕末の世界を侵略するなんてことは想像もしてませんでしたからねぇ……でも皆さんの意見がそれで一致するなら仕方ないと思います。勝手に連れてきてしまった私の責任もあるので協力は……」

「おい、近藤さん!いい加減にしろよ!!!」


 ケットシーちゃんの言葉を遮ったのは土方だった。その目には氷の炎が燃えていた。


「あのな、今さらそんなことして何になるんだよ! それで薩長のヤツらを叩き出して、万が一幕府を再興出来たとしてもだな、訳の分からぬ怪物連中を仰々しく連れて行って、それで民心は安定するのかよ!? いい加減目を覚ませよ!」


「なんだと、歳! お前こそいい加減にしろよ! ワシがどれだけ隊士皆のためを思って、こちらの世界で先行して戦ってきたのか分からぬのか?」


 売り言葉に買い言葉。土方の言葉に顔を真っ赤にし、近藤もそれに応えて前に出てくる。


「今さらワシらに出来ることと言えば、ワシらの恨みをすすぐことしかないだろうが! 薩長の連中には宿敵として恨まれ、その恨みを買うように仕向けてきた公儀の上の連中にはトカゲの尻尾切りのように切り捨てられ、残ったのはワシら新撰組の無念だけだ! その無念を晴らすためには幕末むこうに戻って弔い合戦をやるしかないだろうが! 先に死んでいった隊士たちのためにもワシらに出来るのはそれしかないのだ!」


「はぁ? 何を寝惚けたことを言ってんだよ、この岩頭! アンタは頭の中身まで石みたいにカチコチに固まっちまったんじゃなえのかよ? 一回頭を冷やせ、このスカタンが!」


「なぜお前こそ分からぬのだ、歳! 京に上ってからのお前はいつもそうだ。多摩にいるころはいつも道場主であるワシのことを『近藤さん、近藤さん!』といつも立ててくれたではないか? さかしらぶっていつの間にかずいぶんと変わっちまったなぁ、歳よ!」


 近藤と土方のやり合いを聞いていたはるぴよにとって意外だったのは、そばで聞いている沖田と斎藤の反応だった。どちらもどこか他人事のような顔に見えたからだ。

 はるぴよは隣にいた沖田にそっと尋ねてみた。


「……沖田さんは、近藤さんの話を聞いてどう思うんですか?」


「いやぁ、どうにも突飛な話でしてね……もちろん向こうの世界に無念が残っているというのはたしかなんですけどねぇ。でもそれよりも、近藤さんと土方さんがお互いあんなに不満を溜めていたのが意外ですよ、私は。最近の近藤さんは……最近って言っても元の世界での話ですけどね……前よりも鷹揚おうように細かいことを気にしなくなって、それで『いよいよ幕臣としての貫禄が出てきた』なんて隊士たちの間でも評判になってたくらいですからね」

「あの2人にしかわからぬものがあるんだろう。……俺たちは古くから2人を知っているし、あの2人だから自分の身を預けて一緒に京に上って新撰組なんていうものをやった。でも、大きくなってゆく新撰組の局長として求められる姿について、2人には食い違いがあったんじゃないのか?」


 斎藤一が沖田に同調する。やはり芯の芯の部分は近藤と土方にしかわかり合えない部分があるということなのだろう。


「そうじゃねえ! そうじゃねえだろ、近藤さん!!!」


 再び土方が大きな声を出した。


「なあ……俺たちが京に上って、新撰組を結成した時、俺たちの心はどうだったか、思い出してみろよ?」


「……あの頃の気持ちを忘れた時など一時もないわ! 武士になりたいという一心だった。そして晴れて武士となった時、このご恩に報いるために一生を捧げると誓ったものだ。……だが時勢の中で公儀も変わってしまった! 君が君たらざる時、臣が臣たる必要はないのだ!」


「そうじゃねえだろ! なら俺たちはなぜ武士になりたいと思ったんだよ! 多摩の単なる剣術屋が武士なんていうものにこだわっていたんだよ!? 民心を安定させたい、この乱世を終わらせるために少しでも尽力したいっていう純粋な気持ちがあったんじゃねえのかよ? 俺たちは単に飾りとして、自分たちの出世の証として武士になりたかったわけじゃねえだろ? そんなことも忘れちまったのかよ! この大馬鹿野郎!」


 土方は一歩踏み込み、素手で近藤に殴り掛かった。

 ガキッ! っと大きな金属音がしたように思えた。近藤は土方の右拳をあえて受けたのだ。その大きなアゴがみるみるうちに赤く腫れ上がる。


「……歳よ、拳とはずいぶんと生温なまぬるいやり方じゃねえかよ。それが局長だったワシへのせめてもの敬意か? あ?」


 対する近藤も左足を踏み込みパンチを出した。

 だが近藤の拳は土方の顎ではなく腹を捉えた。土方の身体が一瞬くの字に折れ曲がる。


「……クソ、腹を狙ってくるとは卑怯だぜ、近藤さん……」


「ふ、何を言ってる、歳? 俺たちに卑怯もクソもないだろう? 勝つためには手段を選ばない、狙った敵を倒すためにならどんな陰険な手段も使う。それがお前の始めた新撰組のやり方じゃねえのかよ?」


「……たしかにな、違いねえや」


 折れ曲がっていた土方がすぐさま立ち上がる。


「っていうかな、忘れてたぜ。 俺も近藤さんも剣術屋だ。拳のやり合いなんて俺たちに相応しくねえよなぁ?」


 そういうと土方は腰から愛刀の和泉守兼定いずみのかみかねさだを抜き払った。


「……嬉しいぜ、歳。そうだよなぁ。俺たちの喧嘩は剣でのやり合いだよな? いくら言葉を交わしたってそんなことより、剣で語り合った方が俺たちには早いよなぁ」


 近藤も愛刀の長曾根虎徹ながそねこてつを抜き払う。

 不思議なことに……はるぴよには丸で理解が出来なくて、むしろ恐怖を覚えるほどだったのだが……虎徹を抜き払った近藤の顔には笑みがあった。

 それは狂気でも残酷さでもなく、純粋な喜びの笑みにはるぴよには見えた。


「来いよ、歳!」

「うるせえ、言われるまでもねえ!」


 ガキーン!

 すぐさま剣戟けんげきの鋭い金属音と、地面を蹴る鈍い音が辺りに響き渡る。


「あ、え、ちょっ、ちょっとちょっとお2人とも! ここは新宿の路上ですよ! ……ちょ、沖田さん、斎藤さん見てないで止めてくださいよ! ここはダンジョンの中じゃないんですから、まずいですって!!!」


「いやぁ、2人とも強情っぱりだからねぇ、一回始まっちゃたら外野は止められないよ」

「まあな、そもそも剣士が腰から刀を抜くってのは、それだけの覚悟をもってのことだしな」


 慌てる様子のない沖田と斎藤にはるぴよは大いに腹を立てた。


「あ、ちょちょちょ、スマホで撮らないで下さ~い! ……あ、実は、これ映画の撮影なんですよ!!! すぐ終わるので!!! はい! ちょっとだけお待ち下さいね!」


 突然始まった剣戟に、新宿を歩く人たちが好奇の視線を向けていた。

 スマホを取り出して構え始めた人にはるぴよが近付いて強引に撮影を止めさせる。

 だがはるぴよの言葉に反して近藤と土方の闘いはまだまだ続きそうな様子だった。


「ちょっ! ちょっと、ケットシーちゃん! 何とかしてって!」


 はるぴよが本気で困ってケットシーちゃんに哀願の視線を送る。


「……仕方ないですね。月光窓帷ルナティックカーテン! ……これで一応外界とは隔絶しておきましたよ……」


 猫姿のケットシーちゃんが短い腕(前足?)をちまちまと振って魔法を唱えている姿は、どこか滑稽で愛らしかった。



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