56話 仲裁と打算

 ケットシーちゃんの月光窓帷ルナティックカーテンによって、何とか新宿を歩く人々の視線を遮ったが、近藤と土方の斬り合いは始まっていた。


〈ヤバ! ガチの斬り合いじゃん!〉

〈は? 別にダンジョンで剣を振るう冒険者なんてよく目にするだろ?〉

〈そんなレベルじゃねえだろ! 見てわかんねえのかよ? この2人の斬り合いが如何にレベルが高いか! お前ダンジョン攻略者の配信見るのに向いてないって!〉

〈何より、古くからの親友の2人が、紆余曲折複雑な感情を抱きながら斬り合うってのが良いよねぇ、泣けるよ、うんうん〉




「……ちょっと2人とも~、やめて下さいよ~、って非力な私じゃ最強クラスの2人を全然止められないよぉ~」


 ケットシーちゃんの魔法によって外界と隔絶された中での戦闘となってから、はるぴよは方針を一転させた。

 行きがかり上2人を止めるフリは続けていたが、2人の戦闘を動画として撮影することに専念し始めたのだ。


(……は? 同接20万人!? こんな数字、トップ配信者の配信でも見たことないんだけど!!!)


 今まで見たこともない視聴者数にカメラを持つ手も震えそうになったが、そこは何とか持ち前の理性と打算コンピューターで撮影に専念する。

 そして頭の中ではこの短時間でどれだけの広告収入が入るかを計算し始めた。




「……やるじゃねえかよ、歳。……多摩の芋道場で修行に明け暮れていた頃を思い出すぜ」


「……修行に明け暮れていたなんて良い風に言うんじゃねえよ。お互い他にやることもなかっただけだろ。……しかしアンタも局長なんていう地位に満足して、太刀筋も鈍っているかと思っていたが、どうしてどうして中々鋭いじゃねえかよ。ちいとばかし見直したぜ、近藤さん!」


 お互い肩で息をして、満身創痍になりながらも、その表情は明らかに喜びに満ちていた。


「まったく、男ってのはどうしてこうも幼稚なんでしょうねぇ? いくつになっても喧嘩喧嘩……それしか命を燃やせるものがないんですかねぇ、斎藤さん?」


「君がそれを言うのかね、沖田君? まあ我々、剣に生きてきた者は剣に殉じてゆくしかないんだろうな。ここはお互い死力を尽くして闘うしかないだろう、後にわだかまりを残さないためにもな。……それにしても長いな。流石に致命的になりそうな太刀も幾つか入っているように見えるが……おい、小娘?」


「は、はい? ……なんですか?」


 斎藤に呼び掛けられて、はるぴよはビクリとする。カメラを構えた手が震えそうになるのを何とか止める。


「さっきから、時々2人を何か光の輪が包んでいるように見受けられるのだが……あれは何かわかるか?」


「光の輪ですか? ……さあ、なんですかねぇ、ここはケットシーちゃんの魔法の効力の範囲内ですからねぇ? 私には何とも……」

「光の輪ですか? この場全体じゃなくて2人を包んでるんですかぁ? それなら回復魔法ヒールだと思いますよぉ、斎藤さん! 私には全然見えないんですど、流石斎藤さんは目が良いんですね!」


 隣にいたえまそんが悪気もなく、ただただ沖田と斎藤に対する純粋な好意で口を挟んだ。


「…回復魔法ヒールだと? お前の得意な魔法と言えば回復魔法だったはずだが、小娘……どういうつもりだ?」


「……さ、さあ、回復魔法ヒールですか? ケットシーちゃんのルナティックカーテンにはそういう効果もあるんですかねぇ……」


 なおもようとしたはるぴよだったが、ケットシーちゃんは魔法を使ってだいぶ疲れたのか、床に寝転がってツヤツヤの黒毛を舌で毛繕いしている最中だった。

 どう見てもそんなことは出来そうになかった。それでも青い瞳は2人の様子を心配そうに見守っている。

 斎藤が再び一睨みすると、観念してはるぴよは白状して逆ギレし始めた。


「……そうですよ! 私が時々お2人に回復魔法をかけていましたよ!」


「なぜそんなことをする? 2人を回復させるのなら完全に決着がついてからにすれば良いではないか?」


「……だってぇ! 同接20万ですよ! しかも2人の斬り合いが始まってからはさらに増えていってるんですよ! ちょっとでも長く2人の戦闘を映しておきたいじゃないですかぁ!!!」


〈は? 最低すぎるだろ、コイツ!〉

〈流石はるぴよ! 期待を裏切らないwww〉

〈新撰組の近藤と土方っていうトップ2人に真剣で斬り合いをさせておいて、自分は視聴者数を確保して少しでも多くの広告収入を確保しようとする正真正銘のクズwww〉

〈いや、でもクズもここまで突き詰めればむしろ立派なんじゃね?〉

〈わかる。自分がダンジョン攻略者ダンジョンに潜入して配信を届けるっていうスタイルも限界があるからな。むしろはるぴよみたいに有力な冒険者をプロデュースして収益につなげるっていうのは新しい方法かもな〉

〈にしてもだなwww〉


 生配信をしていることはわかっていたが斎藤に睨まれて思わず本音をもらしたはるぴよに、やんややんやとコメントが飛んで来る。


「あのぉ、はるぴよさん? そろそろ月光窓帷ルナティックカーテンの効果が切れますけどぉ……」


 毛繕いをしながら少し体力も回復したのかケットシーちゃんは、すっくと4本の脚で立ちあがってはるぴよに告げた。


「あ、え、ウソ、マジで!?」


 はるぴよは焦った。

 もしここで新宿の人々に斬り合っている近藤と土方の姿を晒してしまえば、大騒動になって警察や何やかんやが来てしまうかもしれない。そうなってしまえば当然配信どころではないだろう。

 はるぴよの打算コンピューターが再び高速演算を始めた。



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