54話 近藤の思惑
「そうだ、そしてワシが100階層を超えたころケットシー殿から報告を受けたのだ。歳たちもこの新宿フルシアンテに来ている、ということをな」
ケットシーちゃんの言葉が一段落すると近藤が再び話し始めた。
やはりそうだった。3人がこちらの世界に来ていたことを近藤はケットシーちゃんを通して先に知っていたのだ。
「え、でもさ、土方さん、沖田さん、斎藤さんの3人は一塊になってこっちの世界に来たわけでしょ? で、近藤さんだけ仲間外れになってこっちの世界に来たのはどうしてなのかしら? こっちの世界に来る時期も近藤さんの方が早かったってことになるでしょ?」
ドヤ顔の近藤に水を差したのははるぴよだった。
「……近藤さんは所詮裏切り者だからな。最後の最後で裏切った人間と、最後まで公儀に忠節を尽くした俺たちとじゃあ魂の格ってやつが違うんじゃねえのか? あ?」
土方の言葉は茶化しているようでもあり、真剣にケンカを売っているようでもあった。
流石に近藤も目を剥く。
「あ! いえ! その! 近藤さんはあわや刑死というところにまで至る、という特殊な経験をされたので、やはり怨恨の感情がとても強かったのです。だからこそ向こうの世界を早く離れ、こちらの世界に魂が早く定着したのかもしれません」
ケットシーちゃんがやや焦ったようにフォローを入れる。
本来であればケットシーちゃん自身も4人をまとめてこちらの世界に送り届けたかったであろうが、やはり張本人とはいえ彼女(?)の思惑通りにすべてが進むというわけでもないようだった。ケットシーちゃんの能力も万能ではないのだろう。
「ともかく私は、こちらの世界に最初に来た近藤さんに協力することにしました。遅れている沖田さん、土方さん、斎藤さんのことも気掛かりでしたが、こちらの世界に招いた私には責任がありますから……。そうすると近藤さんはみるみる内に実力を発揮し、どんどんダンジョンを攻略していったのです。近藤さんほどハイペースでフロアを攻略していった冒険者は私が見る限り初めてですよ!」
200階層のフロアマスターであるケットシーちゃんがそう言うだけに、その実力は計り知れないものだ。そして近藤とほとんど匹敵する実力であろう3人の新撰組と自分がパーティーを組んできたことに、はるぴよは改めて畏怖を感じるのであった。
「……え、じゃあさ、その後で私が3人と出会ってパーティーを組むことになったのもケットシーちゃんの超能力的なこと? 数多いるダンジョン冒険者の中で私が特別に選ばれたってことですよね!?」
テンションの上がったはるぴよは(黒猫姿の)ケットシーちゃんに思わず詰め寄った。
もしかしたら自分もケットシーちゃんに才能ある冒険者として見込まれたがゆえに、3人と引き合わせられたのかもしれない……という気がしたからだ。
「えっと……はるぴよさんが沖田さん、土方さん、斎藤さんとエンカウントしたのは……本当に単なる偶然でした。なんか、すいません。そもそも3人のこちらの世界への登場の時期も場所も私の予想とは違ったものでしたから……あ、えっと、はるぴよさんも良くここまで皆さんを導いてくれましたね! ありがとうございます!」
本当に単なる偶然、という単語が出た瞬間はるぴよはあからさまに肩を落としたので、ケットシーちゃんはフォローを入れた。まったく、人ですらない黒猫ちゃんに気を遣わせるなんて、はるぴよさんは大人とは思えないですねぇ。
きゃっきゃうふふ……といった雰囲気になりかけたのを壊したのは土方だった。
切れ長の目がカッと見開き、低い声が響く。
「もういい……御託はもういいんだよ! いい加減はっきりさせろ近藤さん! アンタが俺たちに再び接触してきた理由をきちんと聞かせろ!」
「なんだ歳、覚えてねえのかよ? さっき52話の後半で言ったじゃねえかよ。元の世界に戻り、ワシを慕うこっちの世界の連中を率いて薩長の連中を中心とした明治新政府とやらをぶっ潰すのだ! とな。……言ったろう? 100階層には街が広がっている。こっちの人間ども……まあ半獣半人みたいな連中もいるし、何なら知能の高い物の怪たちもそれに混ざってくるかもしれんが、それこそ好都合だ。……想像してみろよ、歳! 幕府を倒して平和に倦み切った薩長の連中の元に異形の怪物を率いた俺たちが突如現れて宣戦布告するんだ! 慌てふためくヤツらの顔が見てみたくはないか? え?」
「…………」
土方は目を閉じて返事をしなかった。
近藤がさらに続ける。
「歳だって向こうの世界に未練がないわけがないだろうがよ? 俺たちはまだまだ戦える状態にあった。いや、普通に考えれば俺たちが負けるはずのない戦いばかりだった! なのに、上の連中の不甲斐なさのせいで俺たちは敗軍の将と罵られ、誹りを受けてきたんだ! それに……総司だって斎藤君だって、自分の剣を存分に振るえたとは思っていないだろう?」
近藤が今度は沖田と斎藤の方に問いかけた。
「……まあ、どうせ死ぬなら、最後まで戦って散りたかった、ですかね」
斎藤が遠くを見つめながら腰の佩刀を撫でる。
「私なんて、戦場ではなく病魔でほぼほぼ死にかけてましたからね、ははは」
沖田は自らの境遇を笑ってみせた。
やはり皆向こうの世界に未練を残しているのだろう。返事をしなかった土方も、幕末の世に未練があるがゆえに近藤の言葉を強く否定出来なかったということだ。
「ワシはな、もちろん薩長の連中に対して怒っている。あわや打ち首にされそうだったあの屈辱を忘れはしない。……だがヤツらは戦場で相見えた正当な敵だ。戦は時の武運だ。ワシらとヤツらの立場がそのまま逆転していた運命も有り得たわけで、そういった意味では対等な立場だ。だから憎しみもあるが、それはスッキリとしたものだ。……だがな、ヤツらとは比べ物にならない卑怯な連中がまだ存在しているのだ! そいつらのことをワシは死んでも許せないのだ!」
近藤の四角い大きな顔が、興奮のためさらに赤黒く膨張しているかのようだった。
「……それはな、旧幕府の人間でありながら組織の下の人間である俺たちを捨て駒のように切り捨てて、自分たちはのうのうと明治新政府に入っている人間だ! そんなヤツらのために俺たち新撰組は捨て駒にされ屈辱を味わったのだ! 皆も許せんだろう!?」
「……へえ、そんな人たちがいるんですか……」
普段は柔和な笑顔を崩さない沖田が目を細めて反応した。
土方と斎藤は二、三度まばたきをしただけで表情を変えなかったが、それでもその言葉は彼らの感情を揺さぶっているようだった。
「……ね、えまそん? 近藤さんの言っているような人たちなんて本当にいたの? 裏切り者ってこと?」
4人の新撰組の空気があまりに緊迫してしまったので、はるぴよは隣にいるえまそんにそっと尋ねた。
「う~ん、まあそうねぇ。明治新政府はもちろん西側の薩長出身者が多くを占めたんだけど、旧幕府軍から新政府の役職に流れた人間もそれなりにいたわね。……まあでも裏切り者って言っちゃうのは少し違うと思うけどねぇ。……それと近藤さんが一番怒っているのは最後の将軍徳川慶喜さんのことだと思うわ。幕府の最高権力者である将軍なのに彼が一番戦意がなくて、不可解な行動ばかりを取った……って言われているから。まあ慶喜さん自身は新政府の中枢に入ることはなかったんだけどね」
えまそんの説明は視聴者にも伝えられていた。
やはり歴オタであるえまそんは、そうした流れについてもきちんと理解しているようだ。はるぴよ1人では事態を完全には理解出来なかっただろう。
そんなはるぴよのある種の安心とは正反対のように、近藤の語気はさらに激しいものとなっていた。
「つまりワシらは都合の良いように利用されて切り捨てられたんだ! その無念は皆同じだろう?武士としての雪辱を晴らすためにどうすれば良いのか、ワシは必死に考えたのだ。……皆と一緒にこちらで一軍を結成し、それを率いて向こうの世界に戻り一戦ブチかます。……ワシの出した答えはそれだ。皆の無念を晴らす場を作ってやるのが局長としての最後の務めだとワシは考えたのだ!」
どうあっても4人で向こうの世界に戻り、一戦を仕掛けようという胎のようだ。
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