53話 ケットシーちゃん
「ワシのこの世界での協力者なら、お主らももう会っておるぞ?」
そう言った近藤の視線の先にいたのは……ケットシーちゃんだった!
その場の皆からの注目を浴びて、ケットシーちゃんの大きな黒い瞳が恥ずかしそうに揺れる。
「…………」
ケットシーちゃんは何も言わずに黙ってコクリと頷いた。
「やっぱり……そうなのね。ケット・シーって猫の妖精のことだものね。コメントを送ってきたアンチの中から私はランダムでケットシーちゃんのことを選んで今回の動画の企画にしたつもりだったけど……もしかしてそれも偶然じゃないってことなのかな?」
いまだ事態を把握しきれていない土方・沖田・斎藤、えまそんの4人に対してはるぴよの反応は速かった。いや、反応というよりも自慢の打算コンピューターはすでにこの事態を予測していたということなのだろう。
「え、待って……ケットシーちゃんは猫の妖怪ってこと? そう言えばよく見ると、私が
素直に驚きの声を上げた沖田に対して、土方・斎藤はじっとケットシーちゃんを見つめていた。彼らもまだ事態を把握は出来ていないのだろうが、それを素直に出せる沖田ほど善良な人間でないということだ。
「はい……実は私は、沖田さんの言う通り、あの時の黒猫なのです」
そう言うとケットシーちゃんは突然奇妙な行動を始めた。
口からモクモクと白煙を出して、その煙が周囲を包んだところでケットシーちゃんはクルリと宙返りを決めた。
そして着地を決めた時そこにいたのは少女の姿をしたケットシーちゃんではなく、一匹の黒猫だった。普通のイエネコより少し大きく中型犬くらいの大きさ、全身がツヤツヤの黒い毛で覆われているけれど胸元だけが白い被毛に覆われている、可愛い黒猫ちゃんだった。
突然の異様な事態ではあったが、普段ダンジョンでモンスターたちを見慣れている冒険者から見ればそこまで奇異なこととは映らなかったようだ。土方たちも落ち着いていた。
「はるぴよさんの予想通り、そして近藤さんの言う通り、近藤さんのダンジョン攻略に協力したのは私なんです……」
ケットシーちゃんは姿を変えていたが、その声は今までと変わらずに聞こえてきた。でもどこかその声は苦しそうでも悲しそうでもあった。
「なんで? なんで近藤さんに協力したの? っていうかケットシーちゃん1人が協力するだけでそんなに簡単にダンジョン攻略って出来るものなの?」
「あ、はい……実は元々私はこっちの世界の住人なんです。いや、人っていうのは違うかもしれないですけど……皆さんと会うまでは200階層のフロアマスターをしていました。あ、してましたっていうか一応今もそうではあるんですけど……」
「え、200階層のフロアマスターなの!? じゃあ何でそんなケットシーちゃんがわざわざ幕末の世界に来たの?」
突然のケットシーちゃんの告白に流石のはるぴよも驚きを隠せなかった。
「え~っとですね……まあ私は暇を持て余して、時々色々な世界にふらっと遊びに出かけていたんですよ。フロアマスターなんて言っても実際やることないですからねぇ……。それで、元々皆さんのいらっしゃったいわゆる幕末の世界にも時々出向いていたんです。大抵はすぐに飽きてまた違う世界に行ってしまうんですけど、でも皆さんのことはその以前から少し気になっていたんですよね……」
「おい、何だと? 俺たちをこっちの世界に引きずり込んだ時より、さらに前に会っていたってことか?」
土方が血相を変えてケットシーちゃんに詰め寄った。でも今のケットシーちゃんは完全に猫の身体になっているから土方のその行動はとても滑稽だった。
「あ、はい。そうなんです。皆さんは京都の
「……あ、え、私?」
突如名前を出された沖田はワンテンポ遅れての反応だった。
「そうです! いつもギラギラしている他の隊士の方たちとアナタはどこか違っていた。空をボーっと眺めていることもあったし、近所の子供たちともよく遊んでいた。それで私はアナタに興味を持ったんです! アナタも私と目が合うと近寄ってきて優しく撫でてくれました」
「……そういえば、そんなこともありましたかねぇ。懐かしい……。そうか、そうか。ケットシーちゃんはあの時よく寄ってきてくれた、あの黒猫ちゃんだったんですねぇ」
昔を懐かしむ沖田の瞳はひどく優しかった。
沖田の中でもその光景は美しい思い出なのだろう。
「……コイツは根っからの人間嫌いでな。子供みたいなところが未だに抜けない。何かあると隊士たちとの関わりを避けて、ガキや犬猫とばかりじゃれ合っているのはそのせいだろうな」
土方が沖田を見て言った言葉は、腐そうとしているようにも聞こえたがどこか優しさが滲んでいた。沖田には心を開いた身内にしか見せない素顔がある、ということなのだろう。
「そうです、そしてその時に感じたんです。沖田さんの中にある仲間の方々を思う強い気持ちに。……それからも私は時々はこちらの世界と幕末の世界とを行き来していたのですが、混乱の中で皆さんの居場所は見失ってしまいました。……だけど沖田さんのあの掌の温もりのことはなぜか忘れられなかったのです」
「ま、あの後は色々ありましたからねぇ!」
沖田はやれやれと手の平を空に向けて肩をすくめた。
政変によって新撰組は京都を追われ、鳥羽伏見の戦い以降東に逃げてきたのは歴史が示す通りだ。
ケットシーちゃんが再び話し始めた。黒猫の姿の彼女(?)から人の言葉が聞こえてくるというのは不思議な光景だった。
「だけど何とか皆さんの情報を仕入れて、江戸の方に逃げてきていることがわかったんです! 私の根城であるこの新宿フルシアンテの近くに沖田さんがいることがわかった時は嬉しかったですとも! ……だけどようやく見つけて再会した沖田さんは病気のために今にも命運が付きそうでした! 思わず私は自分の能力を使いこちらのダンジョンの世界に沖田さんを連れてきたのです!」
「……ほう」
土方が細い目を光らせてケットシーちゃんを見た。
そんなことが出来るのか? と言わんばかりではあったが、まあ現実に土方本人もこっちの世界に来てしまっている以上信じるも信じないもないだろう。
「沖田さんをだけでなく土方さん、斎藤さん、そして近藤さん……離れていても皆さんの魂は強く惹かれ合っていました。それぞれ微妙に立場は違うとはいえ苦しい状況にある皆さんを引き離すことは私には出来なかった……。それで思い切って皆さんをこちらの世界にお連れしたんです」
はるぴよは声も出ずに驚いていた。
すべての原因はこの黒猫……ケットシーちゃんだったのだ!
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