51話 黒猫
「別れ際に言っていたよなぁ、歳。『薩長の野郎どもはそんなに甘くねえ。
近藤の言葉は続いていた。
土方や斎藤たちと袂を分かち新政府軍に投降した近藤だったが、やはりその正体が新撰組局長だということはすぐに露見したようだ。
「で、散々薩長のヤツらにいたぶられて、いよいよ打ち首になろうかというところだったんだがな」
「……だから言ったろうが……」
さっきまでの激しい口論の雰囲気は少し和らぎ、土方の近藤に対する言葉には哀れみの色が濃かった。
「ね、えまそん……。新政府軍って明治政府なんでしょ? ってことは新しい政府を作って新しい日本を作っていかなきゃいけない時期なんだからさ、過去の争いは水に流して降参してきた近藤さんも含めて一致団結していけば良かったんじゃないの?」
シリアスな空気を壊すことは分かっていたが、はるぴよは口を挟まざるを得なかった。昔からはるぴよは自分の理解出来ないことをそのままにしておくことが不可能だったのだ。
「……王政復古の大号令だろうが明治維新だろうが、そんな急に仲良しこよしにはなれねえよ。昨日まで俺たちは殺し合っていたんだ。しかも長州の中枢となっている古株の志士たちにとって俺たち新撰組なんて殺しても殺したりないくらいの敵だろうな」
はるぴよの問いに答えたのは土方だった。
「……どういうこと?」
「京での俺たちの仕事はな、浮浪を斬ることだ。それがすべてだったと言って良い。天下の京の治安を乱す怪しい存在は問答無用で斬り捨てる。その中で圧倒的に多かったのは長州の連中だ。長州者とは斬り捨てるべき存在だったんだよ、俺たちにとってはな。……むろん向こうからしてみれば、俺たちは革命の同志を散々斬り殺してきた仇だ。その新撰組の親玉ともなれば殺しても殺したりない存在だろうがよ」
土方の乾いた笑い混じりの説明で、はるぴよはようやくお互いの関係性を少し理解した。
「ま、そんなわけでいよいよワシも潮時か、といよいよ死を悟った時だったんだがな……ふとその場にいた薩長の連中の視線が一瞬だけワシから外れたんだよ。そこには一匹の黒猫が迷い込んでおってな……その黄金色の瞳と目が合ったと思った瞬間、ワシは一瞬にして意識に
「…………黒猫だと? おい、総司!」
近藤をこちらの世界に招いた黒猫というワードに土方はピンときたようだ。
そしてそれは側にいた沖田総司も同じだった。
「はいはい、私が元の世界で最後に会ったのも黒猫ちゃんでしたねぇ。私は労咳(結核)の療養のために多摩の実家に戻っていたんですけど、自分でも日に日に弱っていくのがわかってですねぇ。もうそろそろ私も潮時かと思っていた時に庭先にふらっと現れたのが一匹の黒猫ちゃんでした。最後にその艶々の毛並みに触れてみたいなと思ってなんとか寝床から這い出たんですよ。で、その身体に手を伸ばした時に私も眼が合ってですね……気付いたら土方さん、斎藤さんと一緒に倒れてたってことですよ」
「黒猫ちゃんが、こっちの世界に来るきっかけだったってこと? ってことは土方さん、斎藤さんも?」
はるぴよの言葉に土方は激しく首を振った。
「俺と斎藤は一緒にいた! まだまだ東北に流れて行って再起を図るつもりだった。薩長のヤツらには一泡吹かせてやらなきゃならんからな。で、近藤さんと別れたすぐ後に俺たちも気付くとこっちの世界に来て総司と合流していたんだが……でも俺たちは黒猫なんざ知らんぞ!」
何に怒っているのかよく分からないが、土方は強い口調で言葉を放った。
土方もまた自分の理解出来ないうちに事態が進んでゆくのが耐え難いタイプなのかもしれない。
「いやな、土方さん。実は俺たちも会ってたんだよ。黒猫さんに」
それまで口をきかず、判明してゆく衝撃的事実にも一切表情を変えなかった斎藤一がニヤリと微笑みながら初めて言葉を発した。
「は? 何だと?」
「近藤さんと別れた次の日の朝だな。俺たちの陣内を一匹の黒猫が横切っていったんだよ」
「そんなこと……知らんぞ!」
土方は意地になったように目を剝く。
「『黒猫や 朝霧濡れる 雫かな』俺の句帳にしっかりと書いてあるんだよ」
懐から取り出した何やら小汚いノートのようなものを見ながら、斎藤は勝ち誇るように言った。
「流石、斎藤さんは詩人ですねぇ……近藤さんとの今生の別れの涙が朝霧となって流れるわけですねぇ……うんうん沁みます!」
沖田が斎藤の詠んだ句を聴いてしきりに頷くが、その顔は本当に感動しているのか、小馬鹿にしているのか微妙なところだった。
「……ち、ったく、まんまと俺たちまで猫っころに一杯食わされたってことか……。おい、近藤さんよぉ! アンタはこのことを知ってたのかよ!?」
土方は事実を知って苛立ったというよりも、近藤が判明してゆく事実を目の前にしても、慌てず全てを知っていたかのような表情でいることが気に入らないようだ。
「くくく、当たり前だろう。土方君。私は新撰組の局長であるからな。君たちはもう少し尊敬の念をもって私に接するべきなのだぞ?」
近藤がニヤリとした顔は、彼が3人に対してまだ明かしていない秘密を保持しているという優越感によるものなのだろう。
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