49話 真打登場
沖田は例の人懐っこい笑顔でケットシーちゃんに寄っていき、頭をポンポンと軽く叩いた。
実に屈託のないその仕草は、打算のない親愛の表れでしかなかった。
「……べ、別にそんなこと言われなくても、わかってるし……」
必死で虚勢を張り続けようとするケットシーちゃんだったが、その頬はみるみる紅く染まってゆく。
〈は? ケットシーちゃんクソ可愛いんだが?〉
〈決めた! 俺ケットシーちゃんに推し変する!〉
〈何だよ、一撃必殺ツンデレ純朴少女かよ! ……沖田総司め、許せん!〉
〈ば~か、許せんって沖田と喧嘩して勝てるのかよ? お前は北辰一刀流免許皆伝かよ! ってか仮にそうでも勝てないんだけどなwww〉
〈おいおい、お前らは沖田に嫉妬してないでむしろ感謝すべきだろ? お前らが沖田の代わりにケットシーちゃんと接してあのクソ可愛いハニカミ笑顔を引き出せたのか? 天地がひっくり返っても無理だよな? 沖田総司だからあの笑顔を引き出せたんだろうが!〉
突然恋愛リアリティショーに切り替わったかのようなコメント欄だった。
それは女性視聴者側も同様だった。
〈は? 何あの小娘? 沖田キュンに頭ポンされるなんて100年早いんだけど?〉
〈マジでそれ! ってか単に沖田キュンに近付きたくって出しゃばって来たんじゃないの、あの女。シニチェクのファンなんて本当かしらね?〉
〈まあまあ、良いじゃないのよ。若い子の可愛い顔が見られただけでおばさんは幸せよ!〉
そんなコメント欄の狂乱っぷりなどつゆ知らず、沖田はマイペースに続けた。
「そうだ! ケットシーちゃんもはるぴよちゃんのことを監視してれば良いんだよ! すぐは難しいかもしれないけれど、またいずれシニチェク君とはコラボすると思うしさ。その時に思いっきりシニチェク君のことを応援してあげてよ。古くからのファンが応援し続けてくれていることほど頼もしいことはないからね! ね、そうですよね、土方さん、斎藤さん?」
眠そうな眼でやり取りを眺めていた土方と斎藤だったが、目を輝かせて振り返った沖田には弱いようで何とかフォローの言葉を紡いだ。
「……お、おう、そうだな。まあ、地盤がある、後ろ盾となる人間がいるってのは再起のためには必須条件だろうな。……俺たちが鳥羽伏見で負けて江戸に帰ってきて、それから決戦も出来ずに江戸を追われて……それでも流山まで来てもう一度やり直そうと思えたのは日野のみんなが居てくれたから、それだけでなく江戸の庶民のみんなの支援があったからだしな。……表立っては旧幕府軍を応援出来ない人間も多かったはずだが、それでも物資や資金の援助を多くの人々がしてくれた。まあ、もちろん薩長を主導とした新政府に対する不信感が大きかったってのも勿論あるだろうがな」
斎藤は土方の言葉に大きくうなずくだけで賛同の意を示した。
かなり話を広げた土方に比べて明らかに低コストな賛同の仕方だったが、まあそれでもないよりはあった方が良かったのだろう。
(これだ!)
有耶無耶とよくわからない方向に話が転がったところで、はるぴよの打算コンピューターがエンターキーを叩いた。
「そうなのよ、ケットシーちゃん!シニチェクのファンも多くが離れていった今、再起したシニチェクとわたしたちを繋げる人はそれほど多くないと思うわ。それが出来るのは本当のファンだけだと思うんだけど……果たしてケットシーちゃんにそれが出来るかしら?」
「は? 言われなくてもしっかり監視しておくんだから!シニチェクが復活してくるまで、アンタたちも無様な姿を晒したら承知しないんだからね!」
ビシッとケットシーちゃんがはるぴよを指さしたところで、一件落着の雰囲気だった。
はるぴよが当初目論んでいた、激しい論戦によって視聴者の興味を惹いてさらなる拡散を……という目論見からはいくぶん外れたが、結果的には新選組の魅力と度量、そしてケットシーちゃんの瑞々しい魅力によって視聴者には心地良い配信となったことだろう。
これでまた次回ダンジョン攻略配信に戻れば、元来の戦闘力という彼らの最大の魅力が引き立つはずである。結果的には良い息抜き動画になったであろう……そう判断しはるぴよが配信を締めにかかろうとした時のことである。
1人の男が音もなく入って来た。
「小娘よ、あっさり懐柔されてどうする? まあやはり小娘では何の役にも立たんかったか……」
「……
顎の角ばった如何にも強情そうな顔付きの武士だった。
一早く気付いたのはえまそんだった。
「何で、アンタが……ここにいるんだよ……」
えまそんの推測が正しかったことは、それに続く土方の言葉が物語っていた。
土方が見慣れたはずの近藤の姿を認識するのに時間がかかったのは、こんな所に彼がいるはずもないという先入観が強かったからだろう。
外部の人間であるえまそんの方がフラットに近藤を認識できていたということだ。
「……よぉ、歳。それに総司も斎藤君も久しぶりだな」
近藤勇の3人の旧友に向けた笑顔は少しバツの悪そうなものであった。
「……お久しぶりですね、近藤さん。……お元気そうで何よりです」
沖田の言葉は丁寧なものだったが、その笑顔には拭えない警戒心がありありと表れていた。突如現れたかつての自分たちの首領を信用するには幾分時間が必要なのだろう。
「……ホントにアンタなのかい、近藤さん? たしかに俺の目には近藤勇にしか見えないが……」
斎藤はもっとはっきりと不信感を示し、懐から煙草を取り出して火を点けた。
それは自身の落ち着きを保つための彼なりのルーティンなのだろう。
「そうだよ3人とも。俺こそが正真正銘、新撰組局長の近藤勇さ。局長の顔を忘れるとはいささか士道不覚悟なのではないかね? 諸君」
近藤の冗談めかした言葉にも3人は押し黙るばかりだった。
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